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2026年3月下旬



3月20日 金曜日 朝から雨が降っていたけれど…

 久しぶりに夜更かしをした翌朝は、さすがに眠かったのです。テーブルに箸や小鉢を運んで、ご飯をレンジでチーンしている間に、女将が味噌汁をよそって焼いた魚を皿に載せてくれた。今日の魚はほっけ。冷蔵庫に入れておくと少し塩辛くなるのです。美味しくいただいて食後のお茶をもらったら、亭主はもう眠くなって寝室に行くのでした。1時間ほど眠ったらもうプールに行く時間になったので、慌ててコーヒーを飲み干して車に乗り込むのです。

 スポーツクラブの更衣室はいつもより空いていて、プールもひとコースに二人ほどしか泳いでいないのでした。ゆっくりと背泳ぎだけを泳いでいる小母さんの後から、距離を置いてこちらもゆっくりと泳ぎ始める。今朝は顔も洗う暇がなかったので、ここで初めて目が覚めるのです。すぐに追いついてしまうから、25m泳いだらしばらく休んで今度は平泳ぎでゆっくりと泳ぐ。それでも他に人がいないのですぐに200mも進んでしまうから、15分ほどでプールを出る。 

 もう少し泳ぎたかったけれど、程々にしておいたほうが好いと、更衣室に戻って着替えたら、地階のスーパーに寄って冷凍餃子を三種類、冷凍のたこ焼きを二つも買って家に帰るのでした。コンビニで買う冷凍食品はやはり割高だからです。昼は寒いのでサンマー麺と餃子にした。大きな鍋に麺を茹でる湯を沸かし、中華鍋とフライパンを用意して、前と後ろのコンロを使うのでした。同時に三種類の調理をして10分ほどで美味しい昼飯が出来上がるのです。

 昼食後は昼寝をしようとベッドに横になったけれど眠ることができない。仕方がないから書斎に入ってブログの続きを打ち込むのでした。ところが途中から買ったばかりのパソコンの具合が悪くなったから慌てました。どうもネットに繋がらなくなってしまったらしいのです。配線をやり直しても直らないので、ルーターを調べてみたけれど起動しているし、それ以上のことは自分ではどうしようもないのです。夕方になって大相撲を観ているだけなのでした。

 4時半を回ったので、晩酌の支度をしてウインナーソーセージを2本、冷凍のたこ焼きを三つレンジでチーンして酒の肴にする。中入り後になって厨房の女将もテレビを観ている。古いテレビよりも画面が大きくなったので、文字まではっきりと見えると喜んでいたのです。ピーマンとじゃこの炒め物が出て、茶わん蒸しが出たら、今日はあとは納豆だけ。それでも腹はいっぱいになるから、取り敢えず十分なのでした。パソコンは明日にでも業者に連絡しよう。


3月21日 土曜日 朝から業者が来て色々調べてくれたけれど…

 昨夜は9時前に床について、今朝は6時まで眠ったから十分過ぎるほどの睡眠時間なのでした。何がよかったのかわからないのが面白い。パソコンがネットに繋がらずに心配だったにもかかわらず、自分ではどうにも仕方がないと思っていたから、ぐっすりと眠れたのだろうか。朝方は涼しくなると言っていたけれど、薄着で寝たのが好かったのか判らないのです。新聞を取りに玄関を出れば、日の出前の北寄りの空が赤く燃えるようなのでした。

 朝食を終えて、さっそくセキュリティーの会社に電話をすれば、10時前には係員が来て、ルーターの様子を見てくれました。「うちの機器は何でもないのですけれど、ネット回線の会社に聞いてもらうしかありません」と言うので、今度はネット回線の会社に電話をすれば、折り返し係員から電話が入る。電話でルーターの状態を話せば、切り替えのスイッチが下に降りているのが判って、上にあげて再起動したらすべて繋がったのでひと安心なのでした。

 パソコンもタブレットもすべて復旧して、無事にブログも書けるようになったので亭主は大喜びなのです。年を取ると年々進化する機械のことは何もわからないから困る。業者の来ている間にピザの生地を捏ねて、オーブンで発酵させていたのですが、取り出してみたら焦げていたので、散歩から帰ってきた女将に言えば、「何度で発酵させたの ? 40度なんですよ」「220度で20分」と答えれば烈火のごとく叱られたのでした。レシピを見ながらやっていたのに大失敗。

 仕方ないから昼はピザではなく、ソース焼きそばを10分で作るのでした。耐熱のボールもラップが焦げて使えなくなったから、午後からもう一度買いに行くことになる。慣れていないことは、片手間では出来ないのだと痛感するのでした。仕方がないので午後一番でショッピングモールに出掛け、耐熱ボールを買い求める。今度は生地を捏ねやすくするために、一回り大きなボールを買うことにしました。ついでに西館の魚屋で今夜のおかずに刺身を買って帰える。

 帰りは女将は2km近い距離を歩いて帰るのでした。来る時は、中学校の彼岸桜を観て歩いたし、庚申塚の脇にある桜並木も見て通ったから、女将も満足だったでしょう。亭主は駐車場から裏道を抜けて、こぶしの花が今は盛りと咲いているのを写真に撮っておきました。広いショッピングモールを東館から西館まで歩いたから、スマホの万歩計は1600歩になっていました。最低目標の3000歩にはまだ少し足りないから、夕刻までに少し散歩をしないといけない。

 ブログの打ち込みが一段落したところで、女将が紅茶を入れてくれました。二人で甘夏を食べてチョコレートをかじり、紅茶を飲むのです。それから亭主は靴を履いて西の道の階段を降り、調整池に向かったのですが、午前中に散歩した女将が言っていたように桜並木にはまったく花が咲いていなかった。公園の近くで水木通に出てから、直進して早く咲くはずのどんぐり公園の桜も見に行ったけれど、葉は出ているもののまだ花は咲いていないのでした。

 今日は暖かかったので、夕食はショッピングモールの魚屋で買った刺身の盛り合わせで、その前の酒の肴はたこ焼きと枝豆。女将がテーブルに着いた時には、刺身の他に冷凍の鶏のから揚げをチーンして、ゆでたてのホウレン草が付いたのです。テレビの大相撲は優勝のかかる一番があって、期待したのだけれど大関に負けた。しかし、結びの一番で横綱が負けたので優勝が決定するのでした。今日も朝から一度も眠らずに一日が過ぎたから、明日が心配です。


3月22日 日曜日 今日も朝から晴れて暖かくなりそう…

 昨夜は10時半に床について3時半に目覚める。しばらくコーヒーを飲んでテレビを見ていたら、5時半にはまた眠くなって7時前に再び目が覚めた。今日はお袋様と女将とを車に乗せて、隣町のスーパーまで買い物に出かける日なのです。朝食の準備も小鉢や果物をテーブルに運び、女将がベーコンエッグを作るのを待って、朝食を始めるでした。薄い日差しが出たけれど、雲がかかっているようで、すっきりとは晴れないのです。

 連休の最終日だからか、スーパーも空いていて、駐車場も一番店の近くに止めることができたのです。野菜と果物に魚や肉をみつくろって、30分ほどで店を出ることができました。お袋様を家まで送り、家に帰って買ってきた食材を、女将と手分けして冷蔵庫に収納する。女将はすぐに午前中の散歩に出掛け、亭主はしばらく休んだら、昨日失敗したピザの生地を捏ね始める。捏ねあがったころに女将が帰ってきて、今日は40℃で発酵させる。

 20分発酵させたら、よく中の空気を出して、生地を二つに分けて、伸し棒で丸い形に伸していく。だいたいの形が整ったら、オーブンの天板に二つ並べて載せ、ケチャップを塗ったら具材を並べて最後にモッツァレラチーズを一杯に振りかけて、今度はいよいよ220℃で20分焼くのです。オーブンは自動のタイマーでオフになるので、焼きあがるまでは他のことをしていられる。女将はナイフとフォークをテーブルに並べ、亭主は一服している。

 ピザが焼きあがると厨房に香ばしい香りが漂う。出来上がりまで約1時間かかるけれど、途中のオーブンを使う20分ずつは、他のことをしていられるから、暇な老人にはもってこいの調理なのです。子供が小さなころは、女将もパンを作ったりいろいろなオーブン料理をやったものだけれど、二人だけでは買って食べたほうが安上がりなのです。でも、あれほどパンの好きだった女将ももっぱらご飯を食べるようになり、オーブンを使わなくなった。

 満足な昼飯を食べたら、亭主は寝室に入ってベッドに横になるのでした。すぐに眠りに落ちて、1時間ほど眠ったらもう1時半になっていた。女将は厨房でニンジンや大根を刻んで、なますを作っていたのです。スポーツクラブの予約の時間が迫って、無事に予約を済ませたら、女将が甘夏と紅茶を出してくれました。亭主はしばらくテレビで、スターウォーズの映画を見ていたのですが、少し散歩に行こうと思って女将を誘ったのです。

 珍しく二人で小竹の部落の中を歩いていけば、途中、雪柳が真っ白に咲いているお宅があったので写真に撮っておいたのです。あまり行ったことのない山の中の道を歩いたりして、見覚えのある家の前の道に出るまで、1時間近く歩いたのでした。家に戻ればスマホの万歩計は4600歩になっていました。4時をとうに過ぎていたからテレビで相撲の中継を見る。女将も厨房のテレビで相撲を見ている。今夜はポークステーキとポテトサラダで一献。

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2026年3月中旬



3月10日 火曜日 朝からとても冷たい風が吹いていました…

 夕べも9時には床に就いて、例によって1時には目を覚まし、コーヒーを飲んで4時過ぎにまた床に入る。例年と同じように、確定申告の書類の記入が上手くいかず、気になって仕方がないのです。国税局の入力フォームが上手く理解できないというか、白色申告の入力フォームがないのです。一通り入力して印刷するけれど、例年それでは駄目で、もう一度作り直しているのです。一年前の事だから、もう忘れてしまっているから始末に負えないのです。

 朝食を終えて添付する書類を用意したところで、昼の支度を始めたから、今日もまた午後に続きをやってみようと思うのですが、先が見えないので参ってしまう。冷蔵庫に残った食料は、麺類はもううどんしかなかったので、油揚げと蒲鉾、肉とシメジ、白菜と餅と小松菜を入れて、力うどんを作るつもりでした。蕎麦汁が残っていたから、削り節で出汁を取って蕎麦汁を薄め、砂糖を加えて食べやすくする。コンビニで買った小籠包を添えて簡単な昼飯です。

 昼飯を終える頃には外は雨で散歩にも出られない。何とかもう一度、確定申告の申請書を作り直してみようと、昼寝も出来ずに机に向かうのでした。去年の日記を読み直してみたら、やはり作成コーナーの最初の選択が間違っていたと書いてある。今年はその部分はクリアしたけれど、印刷しても青色申告決算書しか出て来ないのでまだ問題があるのです。コーヒーを淹れてもう一度ゆっくりと挑戦してみたい。年を取ると読み間違えもあったりするから…。

 青色申告用の決算書と支出内訳書とを印刷したら、添付書類を張り付けて、取りあえずは提出に行ってこようと、市の中央公民館まで行ってみることにしました。空いていたので並ばずに書類を提出したら、確定申告書の表紙がないと言われて受け取ってもらえなかったのです。すぐに家に戻って調べなおしたら、税金の明細が乗っている確定申告書の入力が出来て、印刷して次の機会を待つことにする。後は青色申告の決算書をどうするのかが問題なのです。

 大相撲も中入り後が始まってしまったので、取りあえず今日のところはこれでお終いにして、明日もう一度国税専用のダイヤルへ電話してみようと思うのです。酒の肴は鳥の手羽先のスモークで、今日は鍋だと女将が言うから、先に焼酎と炭酸と氷を入れたグラスを用意して、テレビで相撲を見ながら一杯飲んでいた。グラスに二杯ほど飲んだらもう酔いが回って好い気持ちになる。今日も早めに床に就くのだろうかと、妙な心配をすることになったのです。



3月11日 水曜日 今朝は一番冷えたのでは…

 午前5時半の東の空は、もう明るくなっていました。随分と夜明けが早くなったのです。隣のお花畑には真っ白に霜が降りて、駐車場の車のフロントガラスも凍っていたから、今朝は相当な寒さだったのです。夕べはパソコンで確定申告の書類を、長いこと作っていたので、頭が冴えて眠れなかった。夜の12時まで煙草を沢山吸って起きていたから、朝は5時半までぐっすりと眠ったのです。煙草が切れたので、窓の氷を溶かした車でコンビにまで出掛けて行く。

 空は青く澄んでいる。しばらく振りの晴天なのでした。家に帰ればじき7時で、電気炊飯器のタイマーが切れてご飯が炊きあがる。女将はまだ起き出して来ないけれど、亭主は野菜を盛り漬けた小鉢をテーブルに並べ、苺を洗って蔕を取るのです。魚焼き器をタイマーで温めておけば、女将が起き出してきて味噌汁を作り始める。亭主は炊飯器の蓋を開けてご飯を盛り付けるのでした。鮭が焼き上がって二人で揃ってテーブルにつき、朝ご飯の時間なのです。

 夕べはちょっと寝不足なので、食後は1時間ほど横になってひと眠り。洗面と着替えを済ませたら、プールに行く用意をしてテーブルに座る。夕べ眠れずに『ギリシア悲劇』第6巻の『アンドロマケー』を読み終えたから、出掛ける時間までその解説を読んでいた。解説を読んでも判りづらい人物構成なのでした。少し早めに家を出たら、スポーツクラブにも早く着いてロッカールームで着替える。一番のりでプールに入り、50mを歩いてから泳ぎ始めるのでした。

 水曜日はスポーツクラブの休み明けだからか、ひとコースに6人も入って泳げたものではない。隣のコースに移って4人で泳いでも、すぐに前の親父様に追いついてしまうから、10時20分になったらプールを出て、帰りは地階のスーパーに寄って買い物をするのです。今日の昼と夕食と明日の朝の分の食料がないからと、女将に言われたように肉と魚を買って帰るのでした。昼食はモヤシラーメンと餃子にしたので、時間もかからずに簡単に作れるのです。

 昼食を終えたら、やはり確定申告のことが気になっていたので、国税専用ダイヤルに電話をして、疑問点を尋ねてみるのでした。すると、ネットの説明がないから解らなかったけれど、白色申告の場合は、確定申告書と収支内訳表だけ提出すれば好いのだと言うことが解ってほっとした。昼寝もせずに、早速、提出場所の中央公民館まで出掛けて行くのでした。「確かに、お預かりしました」と言われて、晴れて帰宅するのでした。家に帰ってやっと昼寝が出来た。

 3時半には女将が帰るからと思って、2時半になったらベッドに横になって昼寝を始めたのです。ところが女将は3時20分には家に戻って来たので、コンコンと寝室の窓を叩く音がしたと思ったら、「お父さん、玄関が開かないんだけど」と女将の声がする。違う場所の鍵を閉めてしまったらしい。急いで起き出して玄関を開けるのでした。懸案の確定申告が終わって亭主もほっとして油断をしたらしい。女将はヨーグルトを食べ、亭主も一緒に甘夏を食べた。

 夜は亭主がプールの帰りに買ってきた厚手のポークだったから、酒の肴には枝豆と白菜のキムチを用意しました。ワイングラスに氷を入れて炭酸と焼酎を用意して、テレビで大相撲を観ながら一杯飲み始めるのです。今月は最大の懸案事項が確定申告だったので、これが終われば、後は墓参りと床屋と病院に薬をもらいに行くだけ。月水金とプールに通い、庭の草取りをして、『ギリシア神話』を読み続けるばかりなのです。少し暖かくなれば身体も自然と動くかな。


3月12日 木曜日 朝から晴れたりくもったりで…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は4時に目が覚めました。7時間の睡眠だから理想的です。酒を沢山飲んだわけでもなく、やはり、確定申告を終えて、胸の中に心配事がなくなったのが一番の原因だと思うのです。6時まで『アンドロマケー』り解説を読んだり、新聞を読んだり、コーヒーを飲んだりしていたのですが、急に眠くなってまた少しの時間眠ったら、頭もすっきりしました。7時から小鉢を盛り付け、ご飯をよそって、女将が味噌汁を作るのを待つ。

 洗面と着替えを済ませて玄関を出れば、太陽はもう随分と高く昇っていました。先ほどまで青空が広がっていたと思ったら、もう雲が出ているから、「今日は晴れ」という天気予報が信じられない。冬の頃とは違って、太陽が東の空の地平線近くを動くのではなく、真上に昇っているのがよく判るのです。朝はまだ寒いけれども、確実に暖かな春が来ると思えるのでした。今日は女将が食器洗いと洗濯物干しを終えたら、隣町のスーパーに買い物に行く予定です。

 9時15分になったら女将の手も空いたので、二人で隣町のスーパーに出掛けて行く。途中、最近完成した特別養護老人ホームが立派な姿を見せていた。団地の近所にも幾つかあるけれど、そんなに需要があるのだろうか。まだ亭主たちの年齢ではあまり必要を感じないけれど、年を取っても人の手を借りないで暮らしたいものです。いつも行くスーパーは比較的空いていた。一番乗りで入ったお客が出ていくから、店舗の近くの駐車場も空きが出て停められた。

 店の前に出ているエニシダやホロニア・ぴなータという花を、女将が「綺麗だわ」と眺めているので「買って帰れば」と亭主が言うのです。店の中に入って、まずは果物、野菜を、次に肉や魚を見て歩くのです。女将がメモした食料を手分けして買ったら、花の鉢と一緒に車に運んで、家に帰るのでした。まだ10時過ぎだったので、亭主は厨房に入って買ってきた挽肉と焼売の皮と、冷蔵庫から出した玉葱を刻んで、調味料と片栗を入れ、焼売の皮で包んでいく。

 女将は「散歩に出掛けてくる」と言って外に出た。亭主はそのまま厨房で昼の支度を始めるのでした。今日はスパゲッティー・ミートソースにトンカツを載せて、野菜が足りないといつも言われるので、ブロッコリーを茹でて、茄子とトマトを大蒜で炒めて付け合わせにしたのです。亭主は松茸のお吸い物にとろろ昆布を入れて、スープにして飲むのでした。午後は風がなければ庭の草取りをしようと女将に入ってあるけれど、まずはスポーツクラブの予約がある。

 昼を食べ終えたら少しゆっくりと休んで、寝室でベッドに横になっていたら、もう女将が亭主を起こしに来た。2時5分だとばかり思っていたら、1時30分が予約の時間なのでした。30分しか眠れなかった。紅茶を入れて二人で飲んだら、いよいよ南側の庭の草取りにかかるのでした。風はないはずなのに家と家との間を吹き抜けるものだから結構寒いのです。女将には陽の当たる東側の庭の草取りをしてもらう。30分ほどやって2mほど進み、寒くて終わりにする。

 女将のマイナンバーカードの申込書がやっと届いたので、亭主の分と合わせて二人で申込書を記入する。更にネットでアクセスして受け取りの日にちを予約しなければならないから面倒なのでした。4時を過ぎたから、亭主は厨房に入って挽肉の残りを焼売の皮の残りで包んでいく。晩酌の肴となる雲呑揚げなのです。大相撲を観ながら、グラスに氷を入れて焼酎と炭酸を用意する。雲呑揚げを食べ終える頃には、茶碗蒸しが出て鰯の蒲焼きが出来上がるのでした。



3月13日 金曜日 久し振りに居間の掃除機をかけた朝…

 夕べも9時前に床に就いて3時前に目が覚めた。それ以上眠れそうになかったので、起き出して居間の部屋でコーヒーを淹れるのでした。2時間ほどテレビを見ていたけれど、やはり眠り足りなくてまた床に入るのでしたが、今度は1時間ほどで目覚めてしまう。燃やせるゴミを集積場に運んで、新聞を取ったらテーブルでさっと読み始める。朝食の用意をし始めたら女将が起き出して来て厨房に入るのでした。箸や小鉢をテーブルに運んで二人の朝食が始まる。

 朝食を終えたら洗面と着替えを済ませて、今日は久し振りに居間の掃除機がけに精を出す亭主。広さもさることながら、二人しか暮らしていないのに、随分と埃が溜まるものなのです。女将にカウンターを拭いてもらって、少しは綺麗になったのだろうとひと休み。今日はプールへ行く日だったから、出掛ける用意をしてテーブルの椅子に座って一服しているのでした。車外温度は8℃だったから、それほど寒くはないのかと思って車を走らせました。

 プールは金曜日が割と空いている日だったけれど、今日は後から随分と沢山人が入ってきました。初心者コースが6人になったので隣のゆっくり泳ぐコースへ移って泳いでいたら、こちらも前の親父様が渋滞を引き起こしている。亭主は少し休んで前との距離が出来たらまた泳ぎ出すのです。10時20分になったらプールを出て、今日はどこにも寄らずに家に帰るのでした。昼は五目あんかけの焼きそばで、肉を使わずに野菜たっぷり、イカとエビと卵がタンパク質。

 午後は亭主が昼寝をしている間に、女将はスポーツクラブに出掛けて行きました。1時間ほどで目が覚めて、インターホーンのお知らせを見れば、誰か尋ねてきたらしい。玄関を出て郵便受けを覗いたら、去年、庭の手入れや移植をしてもらった地元の業者から、庭の年間管理の案内が入っていた。こちらで頼んでおいたものだったので、早速、記入して明日にでも投函しておくことにしよう。女将の帰ってくる前に、亭主も散歩に出掛けて行くのでした。

 外は思ったよりも寒く、風が冷たいのでした。このところ車で出掛けることが多く、散歩にも出ない日が続いたので、昨日は体重が2kgも増えていたから、要注意なのです。やはりプールも月水金の週三日では足りないのかも知れない。折角、火木土日と女将と一緒に行動が出来るから好かったと思っていたけれど、少し考えた方が好いかも知れない。今日はお袋様の住むマンションを通り抜けて、調整池の周りを巡るように、家々の間を通って2000歩ほど歩いた。

 ちょうど小学生達が下校する時間で、中央通りの歩道は子ども達で溢れていました。立ち止まったり、話し込んだり、子供の移動には随分と時間がかかるのです。それでも、停止の歩く速さよりも早く彼等は何処かへ消えていく。やっと家の見える坂道に辿り着いて西の小径の階段を昇れば、もう我が家はすぐそこなのです。玄関を開ければ女将が帰って来ていて、甘夏の入れ物を開いてヨーグルトを食べていました。亭主は甘夏を一房もらって書斎に入る。

 暖房を入れたままで出掛けたから、居間の部屋から続く書斎も暖かかった。ブログの写真をパソコンに取り込んだら、夕食前の時間までの記事を書いていくのです。4時半になったら、ワイングラスに氷を入れて、タンサンと焼酎を用意し、コンビニで買って来たつまみの「鳥の炭火焼き」をレンジでチーンしして、一杯飲み始めるのでした。女将は厨房で昨日の雲呑揚げの残りを揚げてくれた。鶏肉が思ったよりも量があって、常夜鍋が出る前に満腹になる。


3月14日 土曜日 馬酔木の花も膨らんできました… 

 夕べも9時前に床に就いて、昨日と同じように3時過ぎには目が覚めました。良い習慣が付いたとは思うのだけれど、もう少し眠ってから目覚めたい。コーヒーを飲んで一服するのですが、6時前にはまた眠くなって床に入り、7時前にもう一度目覚めて朝食の用意をする。女将が起き出して来て、煮魚と味噌汁を用意するから、亭主は小鉢と苺を盛り付けて、出来上がった料理をテーブルに運ぶ。最後に茄子焼きが仕上がって、今日の朝食が始まるのでした。

 朝日が昇っているけれど、天気予報ほど晴れてはいない。薄陽が差して風もあるから、まだ春の陽射しとはいかないようなのです。今日は昨日来た植栽管理の申し込みを、あらかじめ料金を払って完了しなければならないから、朝のうちにコンビニに行って振り込んでこようと思っている。剪定、芝刈、除草、草刈、ゴミ処理を含めて38,500円だから、女将も頼んでいいと言うので、申し込みに行こうと思う。夏を過ぎると老いた自分の手には負えなくなるのです。

 問題はコンビニに行くのに歩いて行こうか、車で行って帰りにガソリンを入れてこようかと迷っていることなのです。今日は他に何もないから、歩くのが一番健康には好いと思うのだけれど、往復すると2km以上あるから、ちょっと躊躇われるのです。昨日はプールにも行ったし、散歩にも出たからか、夜の計量では1kg近く減っていたのです。ちょっと寒いのを我慢して歩いて行かなくてはならないと、自分に思い込ませておこうと考えている。

 果たして、歩いてコンビにまで出掛けて行けば、風は冷たくてセーターを着込んでくれば好かったと後悔する。みずき通りを下っていくと遙か彼方に中央通りが見える。車で来ればすぐなのにやはり歩いてではかなり時間がかかるのです。30分ほどかかってやっとコンビニに辿り着いて、用を済ませたらまた来た道を戻るのでした。みずき通り二本ほど左の道を通れば、家まで近いのに気が付いて、公園の前の道を歩けば、少しからだが暖まったのか汗ばんできた。

 家に帰ればスマホの万歩計は4600歩を表示していた。往復約1時間かかった計算なのです。向かいのサツマイモ農園はカレー屋のキッチンカーが出て美味しそうだったので、女将に昼はあそこで買って来ようと言えば「自分で作るのが面倒になったの?」と言われて自尊心が傷ついたから、昼はカレーを作って食べることにした。肉は使わずに海老やイカにウインナソーセージまで入れて、残り物はすべて使うという徹底ぶりで、結構、美味しいカレーが出来た。

 食後は身体が暖まって眠くなったので1時間ほど昼寝をする。起きたらもう女将が美容院に出掛ける時間なのでした。冷蔵に女将が剥いてくれた甘夏が入っていたので少しだけ食べる。後はチョコレートを食べて、テレビでやっていた『コーストバスターズ』の映画を観るのでした。女将が美容院から帰って来て、二人で紅茶を飲みながらチョコレートを食べる。女将はこの時間にヨーグルトを食べるのが習慣だ。まだ3時半だからブログを書いて時間を潰す。

 時計が4時を回って大相撲が始まったら、亭主はワイングラスに氷を入れて、焼酎や炭酸を用意する。コンビニで買ってきた「こてっちゃん」をレンジで温め、女将にモヤシを塩コショウで炒めてもらうのです。今日のメインは白菜とツナの煮物だったけれど、亭主の分は少しにしてもらい、女将が納豆を食べると言うので、亭主も同じく納豆で酒を飲むのでした。明日はお袋様と女将と一緒に買い物に行く日だから、今夜も早く眠ることにしよう。


3月15日 日曜日 暖かな晴れた朝でした…

 夕べも9時半には床に就いてすぐに眠ることが出来ました。しかし、やはり6時間近く眠ると目が覚めてしまい、3時には居間の部屋でコーヒーを淹れて飲んでいる。また眠くなったら寝れば好い、朝ご飯の時間には間に合うだろうと、テレビを点けてぼうっとしているのです。5時になったら玄関から外に出て新聞を取りに行く。さあっと読み終えたらもう眠くなるので、また床に入るのでした。目覚めれば6時半で、起き出して朝飯の用意をするのです。

 朝食を食べ終えたら、買い物に出掛けるまでの時間また『ギリシア神話』を読み始める。『ヘカベー』もトロイア戦争でギリシア軍に負けたトロイアの王妃で、奴隷としてギリシアに連れて行かれる話なのですが、戦乱の絶えない時代に高貴な女性たちが被った悲劇は『トロイアの女(たち)』として、日本でも何度も上演されている。亭主も確か学生時代に観に行って白石加代子という俳優を知った。その元がエウリピデスの悲劇だったのだとやっと腑に落ちた。

 昼食は昨日の残りでカツを買って帰ってカレーにしたのです。昼の用意は簡単。今日は暖かかったから、午後から女将と代わる代わる庭に出て、草取りをした。ところが、亭主の座って草取りをしていたキャンプ用の椅子が、古くて壊れていまい、庭に腰をついたまま動けなくなり、部屋の中にいた女将を呼ぶ始末。身体が硬くなって一人では起き上がれなかったのです。やはり、寝室の大きな机を廃棄して柔軟をする場所を確保した方が好さそうなのでした。

 今日はWBCの日本とベネズエラの試合をやっているはずなのに、どのチャンネルを回しても放映していない。女将が言うにはネット配信だけしかしないとかで、意味のよくわからない亭主は、金儲けの道具にスポーツイベントが使われているのだろうと思って、そのままにしておいたのです。後で結果だけをネットで見たら、日本が負けていたのでがっかりした。時間が有効に使えたから好いと考えるのでした。女将が買い物に出掛けて、亭主も近所を散歩する。

 小さなイヌノフグリが枯れ草の中から花を広げて気持ちよさそうなのでした。向かいの畑には菜の花が咲き乱れて、もう春だという気分になるのです。家に帰れば女将が帰っていて、ヨーグルトを食べていました。4時を過ぎたので、そろそろ晩酌の支度をしなければと思うのですが、今週は酒が随分と残っている。酒の肴は何にしようかと考えるのも楽しみで、冷凍のお好み焼きでも解凍して食べようか。夜のテレビは日曜日だからあまり面白いものがない。唯一大相撲だけが、楽しみにして観られる番組なのです。


3月16日 月曜日 プールから帰ったら暑すぎて…

 夕べは10時半に床に就いたら、今朝は5時前に目が覚めました。このくらいの睡眠時間が一番いいのかも知れないと、コーヒーを沸かして飲むのです。しかし、5時半になったらまた眠くなって、ベッドに横になればすぐに眠りに落ちたから、もう少し続けて寝ていれば好かったと思う。7時前に起き出して、朝食の用意を手伝う。小鉢に盛り付けるものが少し足りなかったから、亭主が肉とモヤシを炒めて小皿に盛って、苺の皿と一緒にテーブルに運ぶのでした。

 食事が終わって燃やせるゴミを集積場に運んだ帰りに、昨日、女将と二人で草取りを終えた南の庭を見れば、綺麗になっていて気持ちが好いのです。葉を虫だか鳥だかに食われたブロッコリーも新しい目が出て、ブロッコリーの形をした小さな芽が出ているのです。ホウレン草だか小松菜だか忘れたけれど、小さな葉物が元気に育っているから嬉しい。前の家から移植して、枯れてしまったかと思っていた雪柳にも、新芽が伸びて春の勢いが感じられるのでした。

 プールに向かって中央通りを走って、立体駐車場に着けば今日は連絡通路のある三階の駐車場はもう満車と表示が出ていた。二階は中央通りからは入れない。四階まで車で昇ってエレベーターで三階に出る。ロッカールームでいつも来ている老人と挨拶を交わして、「毎日来ているんですか?」尋ねれば「月水金だけですよ」と亭主と同じなので二人で笑う。「1600m、1マイルを泳いでいるんですけれど、やはり三日でも疲れますね」と言うのでした。

 プールの老人に話したように、亭主は20分でプールを出てどこにも寄らずに家に帰る。今日は気温も高いのか、身体が熱くて仕様がなかった。女将はじっとしていると寒いと言うから、昼はサンマー麺と餃子にしたのだけれど、亭主は汗をかきながら食べるのです。40円ほどのちぢれ麺を二つ買って、鶏ガラスープの素と塩と醤油と砂糖で味付けをして食べれば、炒めた肉と野菜の味も出て、とても美味しいから安上がりなのです。既製の袋麺は三つ入りなのです。

 午後は亭主が昼寝をしている間に女将はスポーツクラブに行き、昼寝から目覚めた亭主がテレビの映画を観ていたら、女将が帰ってきました。夕飯は何にするのかと女将に聞けば、まだ考えていないというものだから、亭主はショッピングモールに酒を買いに出掛けながら、夕飯のおかずを見て歩いたのです。暖かいから刺身にしようかとも思ったけれど、魚屋で刺身を見たら生きが良く、値段が高いものばかりで、寿司にした方が安上がりと買って帰るのでした。

 久し振りに寿司を食べるから、女将も夕飯の支度がないので楽なのです。女将は松茸のお吸い物を作って、亭主はワイングラスに氷を入れて晩酌の用意をしたら、テレビの大相撲を観ながら夕食なのでした。明日はマイナンバーカードをもらうために、わざわざ20分も車を走らせて市役所に行かなければならない。手続きが大変なのは、やはりお役所仕事と言うほかはない。お袋様がもうもらったと言うから、手続きをして車に乗せて行った弟も大変だったと思うのでした。天気も好く暖かくなると言うからちょっとしたドライブ。


3月17日 火曜日 昼間は晴れると言うけれど曇って寒い朝…

 夕べは10時に床に入って、今朝は5時前に目覚めました。理想的な睡眠なので、朝から新聞を読んだり、ニュースを見たり、朝食の支度をし始めたりして、時間が過ぎていくのでした。女将もいつもより早く厨房に入って、味噌汁を作り、ししゃもを焼いてくれたので、今朝は7時にはもう朝食を始められたのです。市役所の予約の時間に着くためには、9時には家を出なければならず、洗濯やいろいろの準備に追われるので、早く起きてくれたらしいのです。

 申し込んだ時間の40分近くも前に家を出たのに、途中で工事のために片側通行で酷い渋滞にあった。ハラハラしながら市役所に着いたのが5分前で、行ったことのない奥の庁舎の地下まで降りて、受付を済ませば他に誰もいないのです。慌てることはなかった。書類と身分証明書を出して椅子に座って待っていたら、奥の席に通されて、本人確認をされ、パソコンで暗証番号を入力しなければならない。女将にも出来ないことなので亭主が全部打ち込んでやる。

 やっとカードをもらって外に出れば、市役所の大きな桜を今日は剪定する日らしく、業者が満開の枝を落としていた。でもいま咲いているのはソメイヨシノではない。早咲きの彼岸桜なのだろうか。帰りにお袋様に電話をして木曜日は雨だと言うので、今日か明日にでも墓参りに行こうと言えば、今日は洗濯を沢山したから行けないと言うので、明日の午前中に墓参にいくことになる。帰り道にいつものスーパーがあるので、花を買って帰るのでした。

 昼はスパゲッティー・ナポリタンを用意した。トマトとピーマンを帰り道のスーパーで買って、亭主が茄子や玉葱、ウインナを刻んで、大蒜を入れてフライパンで温め、茹でたスパゲッティーを入れてもう一度炒め直す。野菜も結構入っているので、女将も満足そうに食べていた。午後は女将がお習字で、亭主は腹が一杯になったら急に眠気が襲ってきたので、逆らわずにベッドに横になればすぐに眠りに落ちたのです。目覚めたら1時間半ほど眠っていたのです。

 女将のスポーツクラブの予約の時間までまだ30分以上あるから、中学校の桜が気になって車に乗って近くのローソンに停めて、そこから少し歩いて桜を見に行くのでした。今が満開の時期で、ソメイヨシノよりもいつも早く咲くのです。中学校の体育館の裏手をずっと道路に沿って咲いているから、実に見事なのでした。一足先に春が来た気分で、朝のうち曇っていた空も青空が広がって、陽が差しているので桜はとても綺麗なのです。しばらく歩いて眺めていた。

 帰りは車を停めたコンビニに寄って、酒の肴に冷凍のモツ焼きとお好み焼きを買い、車に乗って家に向かえば携帯の呼び出し音が鳴る。「何処にいるの?」と女将が言うので「今帰っているところだよ」と応えるのでした。女将の仕事の邪魔をしてはいけないからと声をかけてこなかったのです。家に着いて紅茶を入れてもらいながら、スマホの写真を見せれば「綺麗に咲いているわね」と言う。それにしても毎年思うのですが、この桜は何という桜なのか…。

 無事に女将のスポーツクラブの予約を取り終え、亭主は今日撮った写真をパソコンに取り込んでブログを書き始める。桜の写真は沢山撮ったけれど、どれを載せるかを選ぶのが難しいのです。咲き始めと後の花では色合いも違うから面白い。女将が郵便局に出掛けている間に、亭主はモツ焼きを温め、白菜のキムチを小皿に盛って、晩酌の支度を始めるのでした。テレビでは大相撲が始まっているから、晩の食事のすき焼きが出来るまで、ゆっくりと飲んでいた。


3月18日 水曜日 暖かい陽射しの中、墓参りも楽でした…

 暖かい朝でした。夕べは10時に床に就いて、3時に目が覚め、5時にまた眠って6時半にまた起きる。合わせれば7時間近くの睡眠が取れているけれど、もう少し続けて眠りたいものです。一度目が覚めるてもすぐにまた眠れることもあるのですが、今日は目が冴えてしまってすぐには眠れずに、コーヒーを淹れて飲むことになる。女将が起きてくる前に、小鉢や小皿を用意して、朝食の支度を手伝うのでした。ご飯一膳には多すぎるくらいのおかずなのです。

 天気予報では終日曇りということなのでしたが、朝のうちは陽が差して風もなく、とても暖かかったのです。お袋様に電話をして、車で迎えに行き、無事に墓参りを済ませる。墓に供える花は昨日のうちに6束買っておいたから、草取りに少し時間を取られたけれども、これで3月はもう何も行事がないと思うとほっとするのです。昔は家から歩いてお墓まで来たものだけれど、今は皆、年を取ったので車で来てしまう。他の墓所にも随分と花が生けられていた。

 霊園の本堂も綺麗に屋根の色が塗り替えられ、青空の覗く今日の空に映えているのでした。10時にはお袋様を送って家に戻り、女将はすぐに散歩に出掛ける。亭主は昼の支度にはまだ早いから、『ギリシア悲劇』の次の作品『ヒケディデス』を読み始めるのでした。その前の『ヘカベー』は朝まだ暗いうちにうちに読み終えたのです。古代ギリシア神話に伝えられるトロイア戦争は、100年後にギリシアの悲劇作家たちが、これを題材として扱ったのものなのです。

 キリスト教以前の紀元前の話なのに、現代の文化・芸術にも大きな影響を与えているから大変なものなのです。翻訳で2500年後の今読んでいても、人間の持つ様々な情念が見事に描かれているのですね。当時の文献を翻訳した人々にしても、古来の研究をすべて調べ尽くして、今日の文章を書いたのだから驚くべき博識なのです。昼はソース焼きそばと小籠包。11時から作り始めて、15分ほどで出来上がり、小籠包は冷凍物をチーンしただけなのでした。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、寝室に入ってベッドに横になる。すぐに眠くなって1時間ほど昼寝をしました。午前中に行けなかったプールに行こうと、支度をして家を出れば空は曇って天気予報通りになったのです。水曜日の午後にはプールへ行ったことがないから、混んでいるのかと心配したけれど、なんとひとコースに一人しかいない空きようで、背泳ぎから始めてゆっくりと泳ぐことが出来ました。2時15分からはエアロ何とかで混み始める。

 家に帰ってコーヒーを沸かして飲んでいたら、女将が帰ってきました。夕方になって次女から電話が入り、家族全員が元気でやっている様子なのでした。こちらの様子も心配してくれて、お婆ちゃんも元気かと尋ねてくれた。今年は味噌を15kgも仕込んだと言うから大したものなのです。4時半を過ぎて、亭主は例によってワイングラスに氷を入れて、今日はキムチとこてっちゃんで一杯飲み始めるのでした。大相撲を見ながら一日の終わりを楽しむのです。



3月19日 木曜日 新しいパソコンとテレビを買って…

 使っていたパソコンにウィルスに感染したので、これを機会に新しいノートパソコンを買ったのです。ついでに厨房で女将の見るテレビのリモコン受信が長いこと利かなくなっていたから、テレビも買ったのでした。テレビは家に帰ってすぐにセッティングを終え、夕方から大相撲を見ることができました。食事を終えて、テレビを見る間もなく、今度は新しいノートパソコンを使い始めるのでしたが、新しい機器だから、使い方がよくわからないのでした。
 キーボードに慣れるところから始まって、スタート画面にブログを入力するためのボタンを設定し、メールを見るためのボタンを設定して、なんとかこの画面まではたどり着いたのです。ところが、スマホで撮った写真を保存するフォルダの作り方が解らない。今まではデスクトップだったので、マウスの操作でフォルダを作れたのに、ノートパソコンではどうやるかがまだわからないのです。当分この状態が続きそうで、ブログをご覧にっている方には申し訳ないけれど、もう少しお待ちください。夜中に起きだして続きの作業。

 朝から雨の降る一日なのでした。朝食を終えて、女将が洗濯と朝の食器洗いとが終わったところで、亭主は洗面と着替えを済ませ、プラごみを集積場まで持っていくのです。今日は二人ともスポーツクラブはお休みにする日なので、隣町のスーパーまで買い物に出かけることにしていた。最近は、一週間分をまとめて買っておくのではなく、週に二回は買い物に出かけるようにしているのです。生鮮食料品を保存するのに、そのほうが好いと思うからなのでした。

 国道はいつになく道が混んでいましたが、スーパーの駐車場は、開店と同時に来たお客が帰る時間だったから、うまく店の入口の近くに車を止められて、二人で手分けして必要なものを買いそろえるのでした。家に帰ればまだ10時前だったから、買った食材を冷蔵庫に収納したら、雨もあがったので女将は散歩に出かける。亭主はテーブルの椅子に座ってギリシア悲劇の続きを読むのでした。11時になったら、厨房に入って昼食の支度を始めるのです。

 今日はスパゲッティー・カルボナーラにとんかつを載せて、コーンクリームスープを付けた。野菜はミニトマトとブロッコリーだけなのでした。食事を終えて亭主は書斎に入って、午前中に撮った写真をパソコンに取り込み、ブログを書く準備をしていたのです。気分転換にネットのニュース記事を読んでいたら、いきなり画面に警告音ともに「ウィルスに感染しました」と表示が出て、インターネット操作がロックされてしまったから慌てたのです。

 画面に現れたマイクロソフトのサポートデスクに電話を掛けて、事情を話せばどうも銀行口座の話ばかり尋ねられるので、おかしいと思って「銀行に連絡して出金を止めてもらう」と言えば、相手は電話を切るのでした。これはもしかしたら詐欺なのかもしれない。女将に話せば、テレビでそんな話をやっていたと言う。いずれにせよ、15年も使ったパソコンは乗っ取られたようなので、すぐに修復はではないと思い、新しく買い替えることにしたのです。

 これで冒頭の文章にやっと繋がったのです。安全に前のパソコンのデータを新しいパソコンに移したり、まだまだやることが沢山あるけれど、取り敢えずはここまでにしておく。夕食を食べながらテレビで大相撲を観る。今夜はスーパーから買って帰ったイワシの蒲焼で、出来上がるまでキムチと鶏の手羽先の燻製とを肴に晩酌を始めているのでした。もう夜明け前で、今日はプールに行かなくてはならないから、少し眠ったほうがいいだろうと思うのです。

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2026年3月上旬



3月1日 日曜日 朝から暖かく青空が広がって…

 夕べも9時に床に就いて、今朝は5時半に目が覚めた。十分に8時間は眠ったはずなのに、寝起きが悪かったのです。部屋の室温は16℃だったから、そのぐらいが眠るのにはちょうどいいのかも知れない。コーヒーを淹れて新聞を取りに玄関を出れば、外はまだ薄暗いのでした。新聞を読み終えて6時半になれば、そろそろ日の出の時間です。もう一度外に出て日の出の写真を撮った。女将の現れる前に小鉢の盛り付けを終えて、レンジで温めるのでした。

 鰺の開きが焼き上がる前に、ご飯をチーンして女将がよそう味噌汁と共にテーブルまで運び、鰺を載せた皿を運んだら朝食の支度は調った。少し前と違って、日の経った味も塩辛くない。保存の技術も日進月歩で進化しているのかも知れない。隣町のスーパーが今日一日限りの安売りだという広告が入って、女将と二人でお袋様に連絡をして、明日ではなく今日買い物に行った方が好いだろうと言うことになる。食後に電話を掛けて、9時半に迎えに行くことに…。

 思った通り隣町のスーパーは、少し手前から道路も渋滞するほどの混みようなのでした。月の初めでポイントも倍になるとかで、お客はそんなことをよく知っているから、広い駐車場も満配なのでした。亭主も長く通っている客の一人だから、最初のお客が帰った時間帯を狙って出掛けたので、店の入り口に近い場所に車を停めることが出来たのです。中は人でごった返していましたが、女将と二人で手分けして食材を選び、お袋様の手伝いもする亭主なのでした。

 家に帰ってもまだ10時過ぎで、女将は食材を冷蔵庫に移したら、「散歩に行って来ます」と玄関を出るのでした。一休みした亭主は厨房に入って、鍋を出して水を汲み、昼の用意をし始める。今日は安売りのトンカツを買って帰ったので、スパゲッティー・ミートソースにトンカツを載せて、ボリュウム満点の昼食なのでした。二枚入りのパックの半分を更に半分ずつに切って、二人の皿に載せたらまだ温かくて美味しいことこの上なし。満足な昼飯なのでした。

 昼を終えれば女将は買い物に出掛け、亭主は寝室に入って少しだけ昼寝をする。目覚めればまだ2時過ぎだから、女将が剥いて冷蔵庫に入れておいてくれた酸っぱい甘夏を一切れ食べて水を飲むのでした。『ギリシア神話』の次の作品は『ヒッポリュトス』で、女神のアプロディーテーが登場するからどんな話なのかが楽しみです。でも、またしても沢山のカタカナの名前が登場して、誰が誰だか判らなくなってしまい、疲れたので本を閉じるのでした。

 女将が買い物から帰ってきたので、今度は亭主が散歩に出る。近くでもいいから少し歩かないと夕飯が美味しく食べられないから、西の小径の階段を降りて公園の手前まで行って左に折れる。これでみずき通りに出るのです。後は坂道を登っていけばバス通りに出るのです。途中の庭の広いお宅には紅梅や白梅が咲き乱れて、春が来ていることを知らせているのでした。わずか700mほどだけれど、家に帰ったら身体が暑くなったので、今日はやはり暖かいのでした。

 家に帰れば4時半近くになっていて、女将が厨房に入って夕食の支度をしていました。キュウリの酢の物やホウレン草を茹でて、南瓜の煮物まで作ってあったから、亭主は小鉢を出して盛り付けてテーブルまで運ぶのでした。グラスに氷を入れて炭酸を冷蔵庫から持って来て、晩酌の用意をして最後のカツ煮が出来上がるのを待つのです。これは女将がご飯を食べたい時間にならないと出来上がらないから、しばし本を開いて『ヒッポリュトス』の続きを読む。


3月2日 月曜日 朝だけは暖房を入れる日々…

 夕べは9時半に床に就いて今朝は4時前に目が覚めた。6時間では少し眠り足りなかったけれど、コーヒーを飲んで新聞を読み終えたら、5時半にはまた床に横になるのでした。そして1時間ほど眠ったから、眠った時間の帳尻は合うのですが、朝のご飯の支度に終われて、ゆっくりと考える暇がなかったのです。亭主がすべての小皿や椀をテーブルに運び終えたところで、女将が焼いていた鰯の蒲焼きが出来上がり、二人で無事に朝食の食卓に着くことができた。

 腹が減っていたからかあっという間に食べ終えて、「ああ、美味しかった」と言う亭主を、女将が笑って見ている。食事前に燃やせるゴミは集積場に持って行ったし、少し眠っても好いだろうと寝室に入ってベットに横になれば、すぐに眠りに落ちるのでした。1時間ほど眠ったら、もうプールに行く時間になって、支度をして車に乗り込むのです。ぽつりぽつりと雨まで降りだして、天候は悪くなるばかりなのです。しっかりと前を見て、写真を撮る暇もなかった。

 月曜日の午前中のプールは始めてだったから、急いで着替えてプールに行けば、やけに大勢の人たちがシャワーに並んでいる。今日もアクアビクスかなにかがあるのだそうな。歩くコースは30名ほどいて、亭主は先頭で歩き終えて隣のコースに移ったのです。ところがどのコースも4人も入っていて、100mを泳ぐのに10分もかかるほど大渋滞なのでした。折角来たのだからとめげずに20分間泳いだ。家に帰って女将には焼きうどん、亭主は蕎麦を茹でてとろろ蕎麦。

 別々の食事を作るのはちょっと時間がかかるけれど、女将のリクエストが焼きうどんだったから、調理人としての亭主は一つ一つでも十分に美味しく作れなければならないという自負があった。キャベツとニンジンに肉を入れて炒め、冷凍の海老とイカを水で戻して入れるだけだから、隣の火口で別の鍋に湯を沸かしてうどんを茹でたら、フライパンに入れてソースで味つけするだけなのです。そのあと湯を沸かした鍋で蕎麦を茹でれば、はい出来上がりのです。

 午後の昼寝を1時間ほどしたら、女将はもうスポーツクラブに出掛けていました。亭主は紅茶を淹れてチョコレートをかじりながら『ギリシア悲劇』の『ヒッポリュトス』の続きを読む。いよいよ第五巻を最後まで読み終えて、この戯曲を日本語に翻訳した人の知識と苦労とを思うのでした。2500年も前のギリシア語を読み解くことから始まって、当時の時代背景を理解することの大変さを想像するのでした。解説を読むとそれが尚更判るから凄いのです。

 女将が帰ってくる前にと、コンビニに煙草を買いに出掛けたついでに、晩酌の肴になる食べ物を買ってきた。最近、買って美味しかったのは鳥の手羽先の燻製なのでした。香り豊かで味も好く、6本入りで300円台だから、手頃な値段なのです。女将の作る常夜鍋が出来るまで、焼酎の炭酸割りを飲みながら肴を食べて第五巻の解説を読み始めれば、解説者の知識の凄さに驚かされる。パソコンで調べたら、京大の先生で権威だった人なのだとか。頭が下がる。


3月3日 火曜日 ひな祭りも遠い昔の記憶になって…

 夕べは11時に床に就いて、今朝は5時過ぎに目が覚めました。6時間も眠れば十分だとは思うけれど、もう少し眠り続けられるともっと身体の調子も好くなりそうな気がするのです。外のまだ暗いうちに新聞を取りに出れば、まだ雨は降りだしていなかった。最近ははっきり見えない目でもなんとか活字を追う習慣ができたのか、新聞も細かな所までよく読んでいる。でも、解らないことだらけで、自分の知っている世界が狭いことを痛感しているのでした。

 隣のお花畑に植えた種が芽を出して、どんどん伸びていく様を毎日見ているから、自分の家の狭い庭に植えた野菜の生育よりも、雑草が伸び広がる方が早いのに驚いている。ブロッコリーの葉はほとんど虫に食われて、ホウレン草や小松菜はもう枯れているらしい。長ネギだけが順調に育っているけれど、スナップエンドウや絹さやは地面に倒れたままなので、晴れ間が出たら手入れをしなければと思っているのです。今朝も朝食の支度は抜かりなく皿を運ぶ。

 春は綠の食べ物が多いけれど、苺の赤があることで食卓の彩りが変わるから嬉しい。イギリス産という鯖は脂があって柔らかく美味しいのです。炊いたばかりのご飯もなかなかの味で、来週辺りにはまた米を買わなければならないと女将が言う。食後のお茶をもらってひと休みしたら、寝室に入ってひと眠りするのでした。1時間ほど眠ったら、洗面を済ませて今日は外に出ないからジャージ姿のままでいる。松平千秋氏の『アルケースティス』解説を読み終える。

 亭主も若い頃に傾倒していた福田恆存氏のエリオット詩劇の解説を引用して解説文を終えている。小林秀雄や中村光夫など当時の知識人の著作を思い出しながら、『ギリシア悲劇』が後世に与えた影響の広さを思い知るのでした。『ギリシア神話』についての書物も買って読んだ亭主も、もう昔のことだからと引っ越しのどさくさで廃棄してしまったらしい。記憶は何時の間にか途絶えているから、逆に新しく読むのがもの珍しくもあるのかも知れない。

 昼の支度をする時間になって、女将にラーメンで好いかと尋ねた亭主は、肉とモヤシと白菜、シナチク、シメジ、ホウレン草と冷蔵庫に残っていた野菜類を入れて、あんかけの醤油味にして見たのです。塩と砂糖と醤油と鶏ガラスープの素とで味つけをする。餃子もあったのですが、最近はそんなに沢山食べられない。暖かいのが好いのでした。外は雨で室温は18℃まで下がってきた。そろそろ暖房を入れないと鼻水が垂れてくるから嫌になるのです。

 午後の昼寝は1時間。「お願いします」と言う女将の声で目が覚めるのでした。スポーツクラブの予約の時間で、居間の部屋に行けば女将が紅茶を入れてくれる。チョコレートを食べながら「夜は何にしましょうかね」と女将が言う。午前中に大根と鶏肉を煮ているのを知っていたから、「ししゃもと大根ではどうだ」と亭主が応える。雨で散歩にも出られないから、今日はあまり食べられない。無事に予約を取り終えて、女将はまた習字の続きで部屋に戻った。

 夕食までの時間をまた解説を読み始めた亭主。『メーディア』の解説を読んでいたら、習字を終えた女将がやって来て、「パゾリーニの『女王メディア』という映画を観たことがあるわ」と言う。「有名な女優が主演だったと思うけれど」と言うので調べて見ればマリア・カラスなのでした。何十年も前の記憶だから、ストーリーも覚えていないと言うけれど、ギリシア悲劇の物語であるのに間違いない。スマホやパソコンの検索機能でいろいろな繋がりを知るのでした。

 4時半を過ぎたので、亭主は小鉢に女将の作った煮物や酢の物を盛り付けて、酒の肴にキムチを盛ってテーブルに運んでおく。グラスに氷を入れて焼酎と炭酸を用意すれば、もう最初の一杯が飲めるから、読みかけの解説は後回しになる。それにしても若い時代に今のスマホやパソコンがあったら、名前しか知らないホメロスの『オデッセイア』も読んでいたかも知れないと、悔やまれてならないのでした。いや、今からでも遅くはないかな。ししゃもと小松菜の胡麻和えが出て、二人の夕食が始まるのでした。


3月4日 水曜日 日中の気温が高いので朝の寒さも何とか…

 夕べは11時前に床に入って、今朝は6時に目が覚めました。7時間の睡眠だから目標どおりで快適な目覚めです。コーヒーのお湯を沸かしながら居間の部屋のブラインドを上げ、玄関を出て新聞を取ってくる。コーヒーを淹れて今日は新聞を読まずにテレビの映画を見始める。女将が起き出してくる前に箸を用意して、高野豆腐やカボチャの煮物やキュウリの酢の物を小鉢に盛り付け、苺を小皿に盛ってテーブルに運ぶ。『ワイルドキャッツ』は何度見ても面白い。

 朝食を食べ終えてお茶をもらったら、プールへ行く支度をして二杯目のコーヒーを飲む。いつも駐車場が一杯なので、今日は少し早めに家を出るのでした。果たしてロッカールームには20分も前について、人もいないのでゆっくりと着替えて体操をしたり、血圧や体重を量って通路が開くのを待つのです。4人目にシャワーを浴びたら、歩くコースに一番で入って50mを歩く。そしてゆっくりと泳ぐコースで泳ぎ始める。今日は20分ほど泳げたので好かった。

 帰りに地階のスーパーに寄って、苺や八朔、伸ばし海老や炭酸などを買って家に戻るのでした。女将に天麩羅と蕎麦で好いのか聞いて、すぐに昼の支度を始める。室温は19℃だったけれど、暖房を入れなくても寒くはなかった。海老とかき揚げと椎茸の天麩羅を揚げて、亭主は1.5人分の蕎麦を茹でてスルスルッと食べる。食べ慣れてくるとやはり冷凍の蕎麦では物足りなくなるのでした。後一回は蕎麦を打つだけ粉があるので、次は自分で蕎麦を打とうと思う。

 午後は女将がスポーツクラブに出掛け、亭主は満腹の腹を抱えて寝室で昼寝をする。今日は2時間近く眠って、目覚めれば午前中に取った出汁の片付け。一番出汁を使った蕎麦汁も二番出汁も、蕎麦屋をやっていた時に比べれば少しの量で好いから楽ちんなのです。二番出汁は毎日の味噌汁に使って、一番出汁の残りは茶碗蒸しに使うのです。女将が帰ってきたので、亭主はコンビニに墓地の管理料を支払いに行く。我が家と女将の家との二軒分だから大変です。

 午前中とは違って青い空が広がっているのが嬉しい。気温もそこそこ上がっているので気持ちが好いのですが、まだ家の中は暖房を入れなくては薄ら寒い。女将の剥いてくれた甘夏を食べて、すっかり目が覚めたら、洗濯物を箪笥にしまわなければならなかった。午後だけ陽の当たる寝室は、大きな座り机を置いてあるので狭く感じる。これを捨ててしまえばこの場所でストレッチが出来ると、女将にも言われている。古いコンポも居間のカウンターに移そうか。

 なんだかんだとやっているうちに、4時半になるのでした。亭主は晩酌の用意をして、「こてっちゃん」をレンジにかける。『メディア』の解説の続きを読みながら夕飯前の一杯を飲んで、モツの煮込みを箸で摘むのでした。解らないカタカナの言葉はスマホのGoogleで検索する。先月のスマホ代が高かったのはそのせいかと女将に話せば、「使っている時間が長ければ、それに応じて取られるんじゃないの」と言う。Wi-Fiだから少しは違うと思うのですけれど…。

 外の景色が夕日に染まって、向かいの森の景色が綺麗なのです。プールの帰りに広島産の牡蛎の冷凍と椎茸を買ってきたので、今夜は牡蛎フライと茶碗蒸しなのでした。キャベツは亭主があらかじめ刻んで水で洗っておいた。思ったよりも早く出来上がったので驚いた。「いままではいつも少しの油で揚げていたけれど、こっちに移ってからは天麩羅鍋が大きいので、沢山の油で揚げるからカリッと焦げないで仕上がりました」と女将が言う。久し振りの牡蛎フライ。


3月5日 木曜日 朝から青空が広がり、天気は好いのだけれど…


 夕べは、折角買ったばかりの自撮り棒を写真の好きな姪にやってしまったので、もう一度買うほどは使わないからスマホを手に持って写真を撮る練習をしてみました。今日の女将と出掛ける梅見のためです。この後、9時から何度も見ている『センター・オブ・ジ・アース』の映画を見て、目が冴えてしまったのでその続編を見ているうちに、突然眠気が襲ってきて床に就いたのでした。5時間ほど眠って寒さで目が覚めて、まだ早いからと6時まで床にいた。

 6時半になれば東の森の影から朝日が上り、天気予報通りに今日は快晴だと安心したけれど、風は北風でかなり冷たいのでした。今日はプラゴミを集積場に持って行く日だったから、寒い風の中を西の小径の階段を降りて運んで行く。6時半になったら、まずは箸をテーブルに置いて、煮物を小鉢に盛り付けてレンジで温める。大きな苺を小皿に載せていたら、女将が現れて味噌汁を作り始める。亭主は「冷蔵庫のモヤシをつかってください」と言うのでしたが…。

 どうも見当たらない。「もうなにも残っていないわよ」と女将が言うので、「夢で見たのかな?」と半分使ったモヤシの袋を取り上げた自分、そのリアルな場面を思い出す。朝の短いうたた寝の時に、もう朝食の準備の夢を見ている自分がおかしかった。昨日、出汁を取ったばかりの二番出汁を使って作った味噌汁は、最高の味なのでした。銀ダラの煮付けも身が厚くて柔らかくとても美味しい。今朝も美味しい朝食をありがとうございますと言って、食器を下げる。

 女将が洗濯物を干し終えたら、夕べ話していたとおりに桜の城址公園まで出掛けて行きました。今日は女将も亭主もスポーツクラブはお休みなのです。梅を見に行こうと言って出て来たのですが、梅はほとんど散り終えて、盛りの過ぎた河津桜や早い時期に咲くオオヒガンザクラの花がとても綺麗なのでした。家からは約30分、広い公園の中を歩いて30分ほどの時間なのです。帰りはいつも行く隣町のスーパーに寄って、食材を買って帰るのでした。

 家に帰ればちょうど昼飯の支度をする時間で、買って帰ったミニトマトやトンカツを加えて、スパゲッティーのカルボナーラを作るのです。ベーコンが残っていたので玉葱のスライスと炒めて、今日はソースを加えてフライパンで茹でたスパゲッティーを一緒に炒める。「いつも塩辛いと思っていたけれど、玉葱が入って味がまろやかになったわ」と女将も喜んでくれた。女将よりも多めに食べた亭主は満腹になって、お茶をもらったらもうすぐに寝室で昼寝です。

 1時間ほど眠って目覚めれば、女将はまた買い物に出掛けていたのです。亭主は城址公園で3800歩も歩いたけれど、彼女は歩き足りなかったらしい。しばらく『ギリシア神話』の『ヘラクレスのこどもたち』の解説部分を読んでいた亭主も、女将が帰ってきたら紅茶を一緒に飲んで甘夏を食べたら、近所の散歩に出掛けたのです。どこへ行こうかと悩んだけれど、一番近そうな小竹の竹林を抜けるコースを選んだ。こちらの方が寒いのか、遅い紅梅が満開でした。

 家に帰ってスマホの万歩計を見れば、結局、今日は5500歩も歩いてしまったのに驚いた。どおりで少し足の筋肉が痛い。城址公園の池に繋がる長い坂道を上り下りしたのが効いたようです。4時半を過ぎていたので、ワイングラスに氷を入れて、焼酎と炭酸を用意する。肴は白菜のキムチだけ。夜は鰯の蒲焼き丼だからと、少しカロリーを減らしたのです。昼も目一杯食べたから、今日は体重が増えていそうで怖い。明日のプールで少し多めに泳ごう。



3月6日 金曜日 確定申告書の提出期限が迫って…

 今朝も7時間の睡眠から目覚めて、朝食前に燃やせるゴミを集積所まで運んで行く亭主。確定申告の期限が迫っているのが気にかかるけれど、今年は去年の蕎麦屋廃業までの申告になるから、何とか間に合うだろうと思っているのです。解らないのは廃業日以降の収入をどう取り扱うのかだけれど、年金の源泉徴収書などは1年分で送られて来るから、そのまま添付するしかないのだろう。多少、税金が取られても、今回で終わりだからそれで好しとしたいのです。

 向かいのサツマイモ農園の後ろの畑には、うっすらと霜が降りているではありませんか。今朝は気温が下がると言っていたから、地表は氷点下になったのだろうか。真っ白になっているのは、紛れもなく霜なのでした。朝日が昇っているせいか、寝間着のジャージ姿でも寒さを感じなかった。家に戻って朝食の支度を手伝えば、今朝はご飯も炊けているし、味噌汁を作ってししゃもを焼くだけだからそれほど時間がかからない。今日は大きな苺を二つ盛り付けた。

 朝食を食べ終えたら、洗面と着替えを済ませ、プールの支度をしたら居間のテーブルの椅子に座って、二杯目の珈琲を飲むのです。今日のお昼はソース焼きそばと言うことになっているから、女将にはスポーツクラブの下の階にある市役所の出張所に行って、確定申告の申請書をここで出せるかと聞いてくると伝える。家を出るまでの30分ほどの時間は、また『ギリシア悲劇』の解説の続きを読んでいる。最後までは読み終わらずに家を出てプールに向かうのです。

 朝は晴れていた空はもう曇って、早くでたから駐車場はまだ連絡通路のある3階に停められたのです。連絡通路に歩き出そうとしたら、後ろから「お早うございます」と声をかけられた。振り向けば近所の『親父の料理教室』に通っているご主人なのでした。「お早うございます。まだ少し寒いですね」と挨拶をすれば、もう隣にいた奥様と話をしている。蕎麦屋開業の折に、招待状を差し上げていないのに、隣の奥様から聞いて来たから好く覚えているのでした。

 市役所の出張所に寄って確定申告の申請書を出せるのかと聞いたら、「ここでは市民税・県民税の申告しか出来ないのです」と言われた。やはり例年通り佐倉市の公民館まで行かなければならない。プールはロッカールームに早く着きすぎて、着替えたら体重や血圧を測って準備運動をしたら、プールへの入り口が開くまで待たなければならなかった。それでも3番目にシャワーを浴びて50mをゆっくりと歩き、今日は混んでいたので速く泳ぐコースで15分間泳いだ。

 家に帰れば女将は奥の部屋でマットを敷いてストレッチをしていた。少し休んでから厨房に入って、キャベツやニンジン、肉と焼きそばの面を冷蔵庫から取り出して、炒める準備をするのでした。11時を過ぎた頃に女将が現れて、箸や紅ショウガや青海苔を出してくれる。最初にフライパンにニンジンとキャベツを敷いたら、バラ肉を切って上に載せ、1カップだけ水を入れて蓋をする。肉の色が変わってきたらソースをかけてしばらくかき混ぜて出来上がりです。

 食後の昼寝は1時間。女将はその間にスポーツクラブに出掛けたのです。今日三杯目のコーヒーを飲みながら、午後の散歩のことを考える。でも、1時半からは映画チャンネルのSFの『アトランティス』の映画が始まるので、BSの『帰らざる河』とどちらを見ようかと悩むのでした。ロバート・ミッチャムとマリリン・モンローの取り合わせも捨てられず、結局、両方代わる代わるに観てしまった。近所へ散歩に出たのはそれからなのでした。

 向かいのサツマイモ農園の左手にある畑に、菜の花が随分と沢山咲き始めたから、近くに寄って写真を撮っておいた。それから西の小径の階段を下って、いつも同じでは面白くないからと、今日は三本目の角を曲がって長い坂道を下るのでした。途中、白木蓮の咲き始めたお宅があって、道路に枝が飛び出していたから、写真を撮らせてもらうのでした。春はどんどん駆け足でやってくるといった感じなのですね。夕方になって陽も差してきたから嬉しいのでした。

 家に帰れば4時半になったので、亭主はワイングラスに氷を入れて、炭酸を持ってテーブルの席に着く。黒伊佐錦は床の隅に置きっぱなしなのです。鶏手羽のスモークをレンジでチーンして、これを肴にまずは一杯。女将がやって来て一つつまんでみるけれど、「しょっぱいわね。ベーコンと一緒だわ」と素っ気ない。『ギリシア神話』のエウリピィデスの解説を読み終えたところで、牡蛎フライのご馳走が出て来た。女将は焼売で蒸かしたキャベツが甘くて美味しい。


3月7日 土曜日 朝から暖かな陽射しが心地よい…

 夕べはなんと8時半に床に就いてしまった。早く眠れば寝られるものだと感心するのでしたが、案の定、夜中の12時過ぎには目が覚めてしまいました。コーヒーを飲んではまた眠れなくなるかと思って、白湯を沸かしてコーヒーカップで飲んで煙草を吸うのでした。それでも眠くならないので、結局、何度も見ているデンゼル・ワシントンの『イコライザー』を観て、3時を過ぎてからもう一度床に入るのでした。目覚めれば7時で、朝食の用意を手伝うのです。

 お茶をもらってひと休みしたら、ひと眠りしようとベッドに横になるけれど、どうも眠れそうにない。プールへ行かないとすることがすぐには見つからないので、お袋様のところに行って、今週の買い物は、また日曜日にしようと話してこようと、女将と話をすれば「お彼岸の墓参りの日にちも決めてきてね」と言われて、女将が休みの木曜日にすることにした。お袋様はちょうど掃除を終えてお茶を飲もうとしていたところで、陽当たりが好いから眠くなる。

 バス通りの昔酒屋だったお宅に咲く桜が見事なのでした。家の窓からはただピンクに見えるから、紅梅かと思っていたけれど、近くで樹皮をみればまさしく桜の木なのです。青空にピンクが映えてとても綺麗なのでした。昼の支度をしなければとお袋様の家から帰ったたら、女将は散歩に出ていた。今日は温かいから蕎麦出好いだろうと、大鍋に湯を沸かして天麩羅を揚げる準備をする。海老と椎茸と少しだけニンジンと玉葱を切って掻き揚げにするのでした。

 昼食を食べ終えたら、お茶をもらってひと休み。女将は買い物に出掛け、亭主は寝室に入って午後の昼寝をするのです。1時間ほど眠ったら、いよいよ確定申告の申請書作成の準備に入ります。去年の7月までの決算書から、最も金額の多い取引先の値段を並べ替えて、印刷しておくのです。この作業がまた大変で、同じ取引先の名前と金額をコピーして張り付ける作業を繰り返し、上位4社の合計金額を出しておきます。画面を睨み続けるので目が痛くなります。

 一区切り着いたのが4時過ぎで、もう散歩に行く時間はありませんでした。女将に声をかけて国道沿いの酒屋まで酒を買いに行く。一週間に一本の割合で一升瓶の「黒伊佐錦」を買って来るのです。二本溜まった空瓶を持って行くと10円の払い戻しがある。今日は土曜日なのに店は空いていました。家に戻って晩酌の準備をするのでした。今日の肴はコンビニで買っておいた「こてっちゃん」少し甘いけれど歯ごたえが好いので、何日かおきに食べている。

 夕食は常夜鍋だというので、小さなコンロと小さな鍋と器を用意しておくのです。モツの煮込みを肴に一杯飲み始めるのですが、テレビを見るのではなく、『ギリシア悲劇』の第6巻を読み始めるのでした。エウリピデスの悲劇が続き、この間の最初は『アンドロマケー』。全集に付いている月報に秋山駿氏が書いていたので、まずは月報から読み始めた。2500年以上も昔なのに、近代の文学が扱う人間の課題がほとんど描かれていると驚嘆の文章が載っていた。

 グラスに二杯目を注ぐ頃には、常夜鍋の準備も整い、女将も座って夕食の時間が始まるのです。明日からはまた寒くなるのだという話を二人でした。ハクモクレンの花が開き始めるのを初めて見たと言う話をして、いつも開ききった花しか見ていないから綺麗なのに驚いたと言うのです。明日の朝は鯖を食べなければと、冷蔵庫にある古い物から食べる話をする。亭主は昼はまたスパゲッティーにして、たまにはミートソースにしてみようかと話すのでした。


3月8日 日曜日 朝から風は強かったけれど暖かな陽射しで…

 今朝は6時間の睡眠で目が覚め、4時過ぎから起き出してコーヒーを淹れて飲むのでした。新聞を取りに玄関を出れば、風は冷たくかなり強い。それでも東の森の彼方から太陽が昇れば、暖かな陽射しが満ちあふれ、寒さを忘れさせるからやはり春なのだと感じるのでした。新聞の見出しだけ読んで、詳しく読みたい物があまりなかったので、テレビのニュースを点けて見ていた。女将が厨房に現れたら、朝食の用意を手伝ってテーブルに小鉢類を並べるのです。

 朝食が終わってお茶をもらったら、亭主はすぐに寝室に入ってひと眠りする。眠ったかどうかも覚えていないけれど1時間ほど経って起き上がれば、洗面と着替えを済ますのでした。今日はお袋様と女将と隣町のスーパーに買い物に行く予定なので、早め早めに準備をして、いつでも出掛けられるようにしておくのです。カウンターの隅に、昨日女将がもらって来たという小さなミモザの花が飾られていました。こんな品種もあるのかと可愛らしく思うのです。

 風は冷たかったけれど陽射しは暖かく、隣町のスーパーも寒い風のせいか、いつもの日曜日に比べて人が少なかったのです。駐車場に車を停めて、お袋様と女将とで中に入れば、果物や野菜はさすがに安い。鮭も今日まで一切れ100円なので、家計にも優しいのでした。女将のメモに従って、二人で食材を捜して籠の中に入れていくのです。お袋様も一週間分の買い物と、随分と買い込んでいる。彼女の荷物を亭主が車まで運んで、帰路につくのでした。

 1時間もかからずに買い物を終えたから、お袋様を家まで送って帰っても、まだ10時前なのでした。食材を冷蔵庫に収納したら、女将は散歩に出掛けるのです。亭主は『何がジェーンに起こったか』と言う60年代のモノクロ映画を見始める。演技派女優の姉妹役がどちらも名演技で、ハラハラドキドキさせる作りなのが素晴らしかった。途中、昼食の用意で厨房に入ったけれども、テレビは点けたままで最後まで観たのです。久し振りのナポリタンは美味しかった。

 お茶をもらってひと休みしたら、亭主は寝室に入って午後の昼寝をする。1時間ほどで目を覚まして女将のスポーツクラブの予約を取るのでした。二人で甘夏を食べて紅茶を飲んだら、女将はヨーグルトを食べていた。少し経ってから女将は散歩がてら、「やっぱり卵が足りなくなるから」とまた買い物に出掛けるのです。亭主は書斎に入って確定申告に必要な書類を探し始める。年金の源泉徴収票や地震保険の控除証明書など、机の引き出しに入っているのでした。

 沢山の書類を片付けて、明日はいよいよ申請書の記入ができる。金曜日が提出の最終期限だから、何とか間に合うだろうと思うのです。一段落ついて夜の酒の肴は何にしようかと考えたら、今日、ナポリタンに使ったウインナソーセージはそのままチーンして食べられるし、白菜のキムチは皿に出せばすぐ食べられる。4時半を過ぎて女将が厨房に入ったら、ワイングラスに氷を入れて、焼酎と炭酸を用意して飲み始めるのでした。夜はししゃもと茶碗蒸しでした。



3月9日 月曜日 室温13度の寒い朝でした…

 夕べは9時に床に就いて、やはり夜中の1時には目が覚める。もう一度眠ろうとしたけれど、寝られそうにないので居間の部屋に行ってコーヒーを淹れるのでした。でも、早く寝たから朝まではまだ時間があるからと、『ギリシア悲劇』の続きを読み始めるのです。『アンドロマケー』はこれまでのエウリピデスの作品よりも、登場人物の台詞が長くて、読んでいるうちに誰の言葉だったかと、ページを戻って確認するほどなのです。人物関係はより複雑なのです。

 4時前にはもう一度床に就いて、7時前に目が覚めた。浅い眠りだったのか、沢山の夢を見て、亡くなった父との会話も出来たし、昔の同僚から電話がかかって、今空港に着いたからこれから伺うと言われるしで、目まぐるしいのでした。女将がいつもよりも遅く起き出して来て、「夕べはよく眠れたかい?」と尋ねれば「ぐっすり眠ったのでちょっと遅くなっちゃった」と言うのです。小鉢に食材や苺を盛り付けて、煮魚や味噌汁と一緒にテーブルに運ぶ。

 「今日はゴミの日だから、ここのゴミを持って言ってくださいね」と女将に言われて、西の小径の階段を降りて集積場まで運んで行くのです。珍しく近所の奥さんと顔を合わせて、挨拶を交わすのでした。高校生の娘さんを車で駅まで送って行くらしかった。今日は風も冷たく、雲も多かったのでした。南側の庭の雑草もかなり伸びてきている。もう少し暖かくならないと草取りは出来そうにない。今日も明日も寒くなると言うから、やはり彼岸までなのかと思う。

 洗面と着替えを済ませてプールへ行く準備をしたら、時間までまた『アンドロマケー』の続きを読んでいた。車に乗り込めば外気温は6℃と最近にしてはかなり寒い。空は時折陽が差して青空が覗くのでした。駐車場の配線工事は一階に移り、二階は早い時間なのにもう一杯なのでした。もう一度一階に戻って、外の平地に車を停めて連絡通路の下を通ってスポーツクラブのある建物まで歩くのでした。今日のプールも水中エアロのせいか、かなり込んでいました。

 今日は少し長い時間泳いだので、どこにも寄らずに家に帰った。昼は野菜あんかけラーメンにすることになっていたので、材料を調理台に用意したら、大鍋に麺を茹でるお湯を沸かし、中華鍋を取り出して温めておおくのです。白菜とピーマン、椎茸を切っただけで肉は女将が大根と煮るつもりで切ってある鶏肉を半分入れて、モヤシを加えて中華鍋で炒め、水溶き片栗でとろみを付ける。後ろのコンロでは餃子を焼いて、前のコンロでラーメンを作ったのです。
 午後は1時間ほど昼寝をして、女将の帰るまでテレビで映画を観ていました。すぐには確定申告の書類の作成には入れなかったのです。女将も帰ってやっと書類の作成に取りかかったけれど、収支内訳書まで書類を作成したところで、ぴたりと止まってしまう。白色申告の作成はこのコーナーでは出来ないのです。毎年どうしていたのか、収支内訳書だけ印刷して夕食になるのです。大相撲も始まってしまうし、取りあえずテーブルに皿を運んで飲み始める。

 


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2026年2月下旬



2月20日 金曜日 薄陽が差して寒さも和らいできたか… 

 燃やせるゴミの袋を集積所に運んで、西の小径から駐車場を眺めれば、朝日の昇る時間に東の空は雲に覆われていました。天気予報では氷点下の気温と言っていたけれども、隣の畑には霜は降りていなかった。夕べは9時半に床に就いたのは好かったが、12時半には目が覚めてしまう。居間の部屋はかなり気温が下がっていたので、珍しくストーブを点けて暖まったのです。『スパルタカス』という映画が始まっていたので、最後まで観てからまた床に入ったのです。

 再び目が覚めればもう6時過ぎで、女将が厨房に入る前に箸や小鉢をテーブルに運び、朝食の支度を手伝うのでした。夕べの鰤の照り焼きが一つしかなかったので、卵の出汁焼きが出て朝飯の時間となりました。朝は腹が減っているから美味しく戴いて、お茶をもらったら洗面と着替えを済ませてもうひと眠りする。9時前には目が覚めて、プールへ行く準備をして煙草を一服。今週も水木金と三日続けて泳ぐのでした。月曜日も泳いだから今週はもう四日も泳ぐ。

 9時半前に「今日は随分と早いわね」と女将に言われて家を出たけれど、立体駐車場の四階まで車で上って、長い廊下を歩き、エレベターとエスカレーターを乗り継いで、スポーツクラブの入り口に辿り着いたのは9時40分なのでした。金曜日はいつもロッカールームは空いているのでしたが、プールはいつも来るメンバーで一杯なのでした。今日も15分ほど泳いでプールサイドに上がるのです。着替えて家に帰れば10時40分なのでした。厨房に入る前に一服です。

 郵便物が幾つも届いていたから、よく見てみると先日出したはずのマイナンバーカードの申請書のうち、女将の申請書が送り返されてきていた。顔の写真が大きすぎて余白が少ないと言うのでした。自分で撮るのではなく、お袋様も撮ったというスーパーの証明書写真の撮影機で撮ってくるように女将に言うのでした。その他に請求書の入った封筒以外に、しばらく会っていない画家の従弟から年賀状の返信が届いていた。近々新作を出すという知らせなのでした。

 UNICEFから届いた感謝状は”shibata-san Thank you for 20years”と書いた板を子供が持っている写真でした。20年前の自分はやっと管理職になった頃で、我が家の子ども達もそれぞれに所帯を持って暮らし、気持ちにも余裕があったのだろうか。今になって思えば、愛犬ペコや愛猫小次郎がいた時代も、それほど昔のことではないのに何か随分と昔のような気がするのです。パソコンに入力した写真の日付が唯一の記憶の頼りで、記録に撮っておくのは大切だと思う。

 4時を過ぎて女将は厨房から自分の部屋に引っ込んでしまう。亭主は晩酌の準備をするにはまだ早すぎると、パソコンに入っている昔の写真を見て懐かしさに浸っている。4時半になったら、もう好いだろうと、今日買ってきたローソンの「こてっちゃん」と昨日ショッピングモールで買った「ごくうま」というキムチを冷蔵庫から取り出して、焼酎の炭酸割りの準備を始めるのでした。皿を使わないから好いのだけれど、何かちょっと風情がないのです。

 亭主が最初の一杯を飲み終わる頃に、厨房に戻った女将が大根と人参の鱠を出してくれた。そして今夕のメインディッシュには、亭主の作った焼売とキャベツの蒸したものが出る。キャベツが殊の外甘いのには驚いた。明日の予定を女将と話して、午前中に隣町のスーパーに行くので、プールには行けないのが判った。無理をすれば午後には行けるのかも知れないけれど、無理をして行くようなものではない。とにかく晴れて暖かくなるらしいのが嬉しいのです。


2月21日 土曜日 昨日よりは雲の少ない朝なのでした…


 夕べは9時半前に床に就いて、今朝は6時前に目が覚めました。床の中で起き上がる準備をして、やっと立ち上がるのです。居間の部屋の暖房を入れ、ブラインドを上げれば、日の出前でしたが空は明るく、青空が随分と覗いている。西の空は雲がないから、今日は晴れるという予報は的中しそうなのです。テレビも点けずに椅子に座って、コーヒーを飲みながら目覚めの一服をすれば、よく眠れたという安堵感が今日の活力を産むのでした。

 起き抜けに玄関を出て取りに行った新聞の広告を見て、女将と買い物に行くスーパーの様子を窺うのです。7時20分前になったら、テーブルに箸を並べて、冷蔵庫にあるタッパに入った食材を、レンジでチーンして小鉢に盛り付け始める。お腹に優しい野菜ばかりなので、美味しく頂けそうなのです。女将が厨房に入って味噌汁を作り、魚焼き器を温める。亭主は味噌汁の椀をテーブルに運んで、ご飯と鮭の皿を運び、女将が席に着くの待つのでした。

 食事を終えてお茶をもらい、ひと休みしたら、亭主は食卓の椅子に座ったまま『エーレクトラー』の続きを読み始める。饒舌な言葉の流れに何時の間にか引き込まれて、ストーリーを追いかけるのでした。洗濯を終えて新聞を読み終えた女将がやって来て、買い物に出掛ける支度をし始めたから、亭主も読書を切り上げて車の鍵を持つ。隣町のスーパーは暖かくなったからかやっと通常の土曜日の混み具合になっていた。しかし品物は少しずつ値上がりしている。

 家に帰って女将は散歩に出掛け、亭主は厨房に入って昼の支度をするのでした。女将は冷たい蕎麦が食べたくないらしいので、ちくわとインゲンの天麩羅を揚げたら、蒲鉾を切って小松菜や葱を加えて、最後に卵を落とした温かい鍋焼きうどんにしてやったのです。亭主は冷凍の蕎麦を二人前茹でて冷たい蕎麦汁で食べるのでした。久し振りに蕎麦は上手かったけれど、山葵がないのでちょっと物足りない。買い物の際にメモをしていかなかったのが好くなかった。

 亭主が午後の昼寝をしている間に、女将は美容院に出掛けて行った。1時間ほどして目が覚めてコーヒーを飲みながらチョコレートをつまみ、『エーレクトラー』を最後まで読み終える。弟が父を殺した母と後の夫を殺して、無事に復習を終えるのですが、殺戮の時代とは言え何とも言えない気分なのでした。ギリシア悲劇の大半はこうした時代の有り様を反映したものなのだろうか。午後の2時半を回って、亭主はやっとプールに行くことにしたのです。

 土曜日の午後は初めてだったけれど、午前中と違って子ども達の水泳教室が多く、泳げるコースはひとコースだけなのでした。歩いているコースに数人いたから、その後について歩き始めれば、途中から隣の泳ぐコースに入って行く人もいる。ほとんどが女性だけれど、今日は若い女性もいました。溺れるような恰好でバタフライをやっている人もいれば、25m泳いで歩くコースに戻る人もいる。そんな中を15分ほど泳いで、早々にプールを退場するのでした。

 家に帰れば4時過ぎに女将も帰って、亭主は晩酌の支度を始めるのです。モヤシと刻みベーコンを炒めてコショウをかけ、ゆっくりと飲み始めていたら、女将が厨房に入って茹でたブロッコリーと煮豚の厚切りを出してくれた。塩味が付いているから柔らかく煮えた煮豚は、それだけでも美味しいのでした。二人でテレビでオリンピックのハイライトを観て、フィギアスケートの演技を女将の解説入りで堪能するのでした。今週は6日のうち5日も泳いだから、やはり少し疲れたような気がする。行ける時に行くのは好くないのか。


2月22日 日曜日 朝は畑に霜が降りるほど寒かった…

 昨夜は9時半に就寝して、今朝は4時半に起床。朝の寝室の気温は13℃なのでした。外に出てみれば、隣の畑には真っ白に霜が降りていました。今日はプールをお休みするつもりだったから、コーヒーを飲みながら、新聞を広げてゆっくりと読む。そして、6時半になったらテーブルに箸を並べ、小鉢にイチゴや鱠、小松菜などを盛り付け、とろろ芋をすっておく。味噌汁まで作っておきました。女将が起き出して来て、魚を焼いてくれたのです。

 寒い朝の空気が日の出と共に暖まって、向かいの畑は朝靄になっていました。今日も晴れて青空が広がりそう。朝と昼との気温差が激しいので、朝は居間の部屋もストーブを焚いて、エアコンの暖房まで入れておいたのです。朝食はいつもより15分ほど早く始まったのですが、食べ終わる時間はあまり変わらず、お茶をもらって一服したら、亭主は寝室に入ってひと眠りするのでした。7時間も眠ったのに、寒いからか身体が暖まるとまた眠くなるのです。

 1時間ほど眠って女将が洗濯物を干し終えた頃、亭主は洗面と着替えを済ませる。外は陽が差して暖かいから、女将は散歩に出掛けてしまう。亭主はもう少しじっとしていたいけれど、家の中では薄ら寒いので、駐車場の車の脇に、前の家からもって来た古い椅子を出して、日向ぼっこをするのでした。15分ほど陽に当たっていたら身体が温かくなって、動く元気が沸いてきたから、厨房に入って昼の支度を始めるのです。今日のメニューはピザマルゲリータです。

 強力粉にドライイーストを入れて、塩少々にオリーブ油大さじ一杯を加え捏ねて行くのですが、これが一番面倒。耐熱ボールが小さすぎて両手で捏ねられないから、蕎麦打ちの時とは勝手が違う。やっと生地が馴染んできたら丸くしつらえて、ラップをして20分オーブンで40℃で発酵させる。時間のある年寄りにはこれがちょうど好くって、その間に材料を切ったり、皿を用意したりで切るので有り難い。膨らんできた生地を半分に分けて伸し棒で伸していく。

 二人だから二つ作った生地に、ベーコン、トマト、ブナシメジに茹でたインゲンを載せたら、モッツサレラチーズを100g振りかけて220℃でまた20分焼くのです。女将が奥の部屋からやって来て、フォークやスープの用意をしてくれた。ピザの焼ける好い匂いが部屋中にしてきたら、間もなく完成なのでした。熱々のピザを女将と二人で美味しいと言いながら頬張るのです。塩コショウを忘れたから、後から振りかける。亭主はタバスコを忘れない。至福の一時です。

 満足な昼飯の後はまたしても昼寝をする亭主。今日はプールも行かずに「寝て曜日」なのでした。2時前に目覚めて、テレビの映画で50年以上前に上映された『ハリーとトント』という猫と老人の話でした。女将に言ったら知っていた。「今日はニャーニャーで猫の日なのよ」と言う。女将がマイナンバーカードに張る写真を撮りに、一番近くのスーパーに行くと言うから、車で送って行って写真を撮るところまで付き合うのでした。帰りは彼女は歩いて帰る。

 一時期は曇り空になってどうなるのかと思ったけれど、午後はまた晴れて青空が広がったのです。沢山洗濯した洗濯物も好く乾いたのだと言う。今日は本当に温かい。また横になれば眠れそうなのでしたが、さすがに夜が眠れなくなると思って我慢するのでした。女将は撮ってきた写真を申請書に張って、投函しにまたポストのある所まで歩いていった。4時を過ぎたら亭主はそろそろ晩酌の支度を始めるのです。白菜のキムチとこてっちゃんで一杯飲むつもり。

 今日はあまり動かなかったから、腹も減っていなかったけれど、身体は十分に休めたのです。薬をもらうために病院の予約をとり、火曜日の夕方が空いていたので受付を済ませる。ネットでの申し込みだからとても便利なのです。明日は天皇誕生日で休日だけれど、お袋様と朝の買い物に出掛けなければならない。我が家の買い物は何があるのか、女将がメモしてくれるのを待つ。今夜は面白いテレビもないから、また早めに床に入ることにしようか。


2月23日 月曜日 風は強いけれど、今朝はとても暖かく…

 夕べは9時半に床に就いて、3時半に目が覚めた。一日中ゆっくりとしていて、身体も疲れていなかったからか、6時間の睡眠で目覚めたのは、久し振りなのでした。新聞を取りに玄関を出れば、雨も少し降ったようで、道路や駐車場が濡れて妙に暖かくて驚いた。テーブルの椅子に座ってコーヒーを飲みながら新聞を読んで、5時過ぎにはまた眠れそうなので寝室に入り、ベットに横になればそのまま6時半まで眠ることが出来ました。これで頭もすっきりです。

 女将が起き出してくる前に、昨日と同じに小鉢を盛り付けレンジにかけて、焚けたご飯を茶碗に盛ってテーブルにつけば、女将が味噌汁を運んでくれた。これで二人の朝食は始められる。7時10分過ぎなのでした。樺太ししゃもは卵がびっしりと詰まってとても美味しい。女将は頭の部分を残すのですが、亭主は頭からかぶりつくのです。小さな頃からの習慣なのでしょうか。骨のある魚でも、身欠き鰊やししゃもはそのまま食べられるのです。

 朝食は10分ほどで終わってしまうけれど、お茶をもらって一服すれば、もう眠くなるから、パソコンに向かって今朝の写真を取り込んでおくのです。洗面と着替えを済ませ、今日は朝から暖かいから薄手の長袖に薄手の長ズボンをはいて、ジャンバーを引っかけてお袋様を迎えに行く。農産物直売所はいつになく混んでいて、駐車場は満杯だし、開店前に行列が出来ているのでした。こんなに混むのは初めてだから、お袋様と二人で車の中で開店を待つ。

 地元で採れた苺と小松菜、ホウレン草、ニンジンなどを買って、隣町のスーパーへ行くのです。暖かい休日なのに随分と空いていて女将にメモしてもらった食材の他に、鯛のサクや白菜のキムチ、少し高くなったけれど鰯を買って家に帰るのでした。昼の支度には早すぎるからと、先にラーメンを作って煮豚を載せて食べておく。それからカレー炒飯を二人分作って、女将と昼食にするのでした。両方同時に作れなくもないけれど、麺がのびても美味しくない。

 食後はひと休みしたら昼寝も出来たけれど、テーブルの椅子に座って『ギリシア悲劇』の次の一篇『ピロクテーテス』を読み始めました。冒頭からオデュッセウスが登場して、何の話だろうと思えば先を読みたくなる。あまりにも沢山のカタカナの人名が出て来て、調べるのにも疲れて庭の草取りに出たのです。暖かくなったらやろうと思っていたことで、草がまだ小さなうちは根も張っていないので簡単に抜けるから、少しだけれど水道の周りを綺麗にした。

 目的もなく散歩に出るよりも、この草取りは正解なのでした。再びテーブルの椅子に座って『ピロクテーテス』を読み続ける亭主。女将が剥いてくれた甘夏を食べて、いろいろ調べているうちに、オデュッセウスとユリシーズが同じなのは、ギリシア語とラテン語の違いだと判れば、ゼウスとジュピターも同じなのだと知って驚いたのです。読むのに疲れて寝室で昼寝をすれば、1時間もしないうちに目が覚めるのでした。4時を過ぎているのにまだ腹が減らない。

 昼を珍しく思いっきり食べたから、酒も欲しいとは感じなかったのです。女将のペースで夕食の時間となり、5時半には常夜鍋とインゲンの胡麻和えで夕食を食べるのでした。今日の強風は春一番だったというニュースを聞いて、これからは暖かくなるばかりだと思うと、身体を動かさなければいけないと思う。明日は午前中に月に一度の床屋に出掛けて、夕方には予約の取れた医者に行って薬をもらわなければ。今夜はどのように眠りに就くのだろうかと考える。


2月24日 火曜日 薄明かりのような日の出で…

 夕べは9時に床に就いて、やはり1時半に目覚めてしまった。もう少し眠ろうと思っても、やはり眠れずに起き出して居間に行く。コーヒーを淹れてテレビを点けるけれど、何も面白い物をやっていない。仕方がないからテーブルの椅子に座って、『ピロクテーテス』の続きを読めば、眠くなったからまた寝室でベットに横になるけれど、やはり眠れない。居間に戻ってまた続きを読み始めて、とうとうソホクレスの巻をとても面白く読み終えるのでした。

 6時10分前だったから、食事の準備にはまだ時間があると、またベッドに横になれば今度はちょっとだけ眠れたのです。1時間ほど眠ったら目が覚めて、無事に朝食の支度を始められました。小鉢を盛り付けてレンジでチーンして、テーブルに運ぶ。女将が鰯の蒲焼きと味噌汁を作っているので、それが出来上がってまたテーブルに運ぶのです。とても美味しく朝食を食べ終えて、少し眠くなるけれど、洗面と着替えを済ませて床屋に行く準備をするのでした。

 薄陽は差していたけれど曇り空で、気温が高いのがせめてもの救い。8時半前に家を出て、床屋には開店時間前に着いたけれど、もうお客が入っていた。表の駐車場に車が停まっていたので、裏の駐車場に車を停めれば、ちょうど奥さんがマスターを送ってきたところらしく、挨拶をすれば「今向こうの店から道具を取ってくるから」と言って息子さんを乗せて向こうの店に帰ったのでした。普段は長男と奥さんとでやっているのですが、混むとこちらに来てくれる。

 裏庭の梅と柚子を眺めて店に入れば、奥さんが来てくれるとマスターに伝えると「ああ、助かった」と言う返事。10分ほど椅子に座って待っただけで奥さんがやって来て、坊主頭にしたお客の髭を剃り始める。亭主は初めから最後までマスターに刈ってもらい、10時前には仕上がるのでした。ずっと奥さんのおしゃべりを聞かされていたマスターも亭主もほっとして別れるのです。家に帰っても昼の支度をするにはまだ早いから、コンビニに寄って用事を済ませる。

 コーヒーを淹れてひと休みして、11時前に鍋に湯を沸かし始め、天麩羅鍋に油を満たして、蕎麦を作る準備をするのでした。今日の天麩羅は伸ばし海老と蕗の薹の天麩羅で、いつも胃が凭れるほどで多いから、少しにしておくのです。女将がキュウリとワカメの酢の物を作って小鉢に盛り付けてくれました。茹でた蕎麦には海苔を切って載せ、ほろ苦い蕗の薹の天麩羅が春を感じさせるのでした。満腹になったら眠くなって、昨日の寝不足から2時間近くも眠った。
 女将のスポーツクラブの予約があったので、2時前には起こされて居間の部屋に行くのでした。甘夏の剥いてくれたのを食べて、酸っぱさが頭をすっきりとさせる。後は夕刻に医者に行って薬をもらうだけだったから、予約の時間まで厨房に入って昼の天麩羅の支度をそのままにしておいたから、ニンジンと舞茸と蕗の薹の天麩羅を揚げておく。4時になったら医者に出掛けて、自分の番号を待つのでしたが、思ったよりも早く処方箋を出してもらえたのです。

 4時半には薬局で薬をもらって家に帰る。女将が厨房に入って夜の支度をしているところでした。今夜は昨日買っておいた鯛を切って刺身にしたら、先ほど揚げておいた天麩羅を添えて純粋な日本食なのでした。とても懐かしく美味しい夕食を戴いた。『ギリシア悲劇』の5巻目は、いよいよエウリピデスの作品になった。ソホクレスやアンティキュロスよりも現存する作品が多いのだと言うが、全14巻の全集だからまだまだ先が長い。だいぶカタカナの人名にも慣れて、劇中のコロスがコーラスの語源だと言うことも知った。


2月25日 水曜日 久し振りの纏まった雨で大地が潤う…

 夕べは9時眠ったのに今朝は6時過ぎまで寝ていた。何が好かったのか判らないけれど、これだけ眠れれば言うことはない。一度、目が覚めて時計を見たら4時半だったけれど、それでも7時間以上一気に眠れている。こんな早くに起き出しても仕方がないと、また眠ったのが好かったのでしょう。部屋の気温と湿度が眠るのにはちょうど好い具合だったのかも知れない。コーヒーを一杯、淹れて飲んだら、燃やせるゴミの袋を傘を差しながら集積場に持って行く。

 庭の野菜にも恵みの雨が降りかかっている。雑草が伸び始めているから、これは早い時期に抜いておく必要がありそうです。暖かくなれば時間はあるのだから、少しずつ草取り作業を始めようと思うのでした。7時前に女将が厨房に入ったから、亭主も箸を並べて、小鉢に盛り付けた野菜類をチーンして、最後に苺を盛り付けてテーブルに運ぶ。魚が焼き上がってご飯を運べば、女将が味噌汁を持ってテーブルにつくのです。脂の乗ったイギリス産の鯖が美味しい。

 今日はプールに出掛ける日なので、早めに洗面と着替えを済ませて、9時半には家を出る。連絡通路のある3階はまだ工事中だったから、4階まで車で昇ってエレベーターで3階に降りて、まだ開店時間前の大型店舗の通路を端から端まで歩き、またエレベーターでスポーツクラブのある4階まで上がる。これがとても面倒だから、元気がなければ通えない。それでも雨のせいかロッカールームはいつもより空いているのでした。プールもまだかなり空いていた。

 50mを歩いても隣のコースはまだ人がいなかったので、背泳ぎで25m、平泳ぎで25mといった具合に泳ぎ続けられた。わずか5分で200mも泳げたから今日は素晴らしいと思っていたら、そんなことが長続きするはずもなく、亭主よりも明らかに年配の男性達が入って来て、立ち止まったり泳いだりしている。5分でプールを出るのも身体が暖まらないから、人と人との合間をみてまた泳ぎ出す亭主。隣のコースでも泳げる女性が同じように渋滞につかまっていた。

 15分ほどでプールを出て、来た道を駐車場まで戻り、家に帰ればまだ昼食の支度には早すぎる時間なのでした。まだ暖かかったから昼はスパゲッティー・カルボナーラにすることにした。鍋に湯を沸かし、トマトや小松菜を用意して、ゆで豚を切っておく。ソースを温め、スパゲッティーがゆで上がったら皿に載せてソースをかけるだけで、はい出来上がりの簡単な昼食なのでした。女将もこの雨だから午後のスポーツクラブは亭主に送ってもらうと決めたらしい。

 雨は一段と激しくなって、12時20分になったら女将をスポーツクラブの入り口の一階まで送って行く。立体駐車場からの連絡通路の下で彼女を降ろして、亭主は家に戻るのでした。女将の教室が終わるのは3時近くだから、それまでゆっくりと出来る。夕べは沢山眠ったから、昼寝をする事は出来ない。テレビでも見て寛ごうとBSを点ければ、オードリー・ヘプバーンの『昼下がりの情事』という映画をやっていたので見始めたのですが、最後まで観られなかった。

 そろそろ電話がかかってくる頃だとスマホを持ったら、着信のバイブが震えた。呼び出し音が鳴らないから変だなと思って電話に出れば「やっと繋がったわ。もう終わっているんですけれど」と女将の声。急いで迎えに行けば「5、6回電話しても出ないから、傘もお金も持っていないし、どうしようかと思ったわ」と笑って言うのでした。何故かマナーモードになっていたという事情を説明して、激しくなった雨の中を家に戻るのでした。きっと昼寝をしているのだと思っていたとか。お詫びの印に夜は亭主が鍋焼きうどんを作る。


2月26日 木曜日 今日の午前中は女将と買い物に…

 雨こそ止んだものの、空は雲に覆われて暗い朝なのでした。夕べも9時半には床に就いたけれど、やはり3時前には目が覚めてしまいました。昨日のようにまだ眠れるかと思ったけれど、目が冴えてしまったので居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む。そして『アルケースティス』を読み終えるまで黙々と読書をするのでした。有名なヘラクレスも登場して、夫の代わりに死んだアルケースティスを生き返らせるというストーリーですが、後半が少し雑な感じがした。

 7時前に女将が厨房に入ったので、亭主は小鉢に三種類の野菜を盛り付け、レンジで温めてテーブルまで運ぶ。冷凍してあるご飯をチーンしている間に苺を運び、女将が味噌汁を作って椀によそったのをまたテーブルへ。今日も日本人らしい朝食でお腹には優しい。女将と買い物に行く日だから、早めに洗面と着替えを済ませて、亭主はスタンバイしておくのです。洗濯物を干し終えたら、女将が家の鍵を閉めて、二人で隣町のスーパーに出掛けるのでした。

 駐車場はいつになく混んでいて、開店と同時にきたお客が出た後の場所を探して車を停める。女将が籠を入れたカートを押して、亭主が品物を入れて行くのです。一つ110円の甘夏を4つ、500円の苺のパックを一つ入れて、1本50円のキュウリを2本、98円のホウレン草を二束、小松菜も買っておく。それから魚と肉とを見繕い、昼の五目焼きそばの食材を揃え、チョコレートと菓子を籠に入れる。ビニール袋二つで6000円の買い物なのでした。最近は随分と高い。

 家に帰って食材を冷蔵庫にしまったら、女将は散歩に出掛けていく。亭主はテーブルの椅子に座ってデューラーの美術文庫を広げるけれど、あまり面白くない。知らない作家であるのと横文字の名前が『ギリシア悲劇』で食傷気味なのでした。窓の外を見れば、バス通りの向こうに紅白の梅が綺麗に咲いているのが見える。草履に履き替えてセーターのまま近くまで行って写真に撮ってきた。やっと紅梅の色がはっきりとして来たのがよく判るのでした。

 午後はプールに行こうかとも思ったけれど、先週はそれが失敗で週末に疲れが出たから、家でじっとしていた。『ギリシア悲劇』はエウリピデスの次の作品『メーディア』を読み始める。余り外に出ないのもどうかと思って、コンビにまで煙草を買いに、歩いて行くか車で行くかと迷ったけれど、冷たい風の吹く中を片道1km以上も歩くのはどうかと思ってやはり車で出掛けたのです。ついでに鳥の手羽先の燻製や牛の縞腸の塩焼きなど新しい商品を買って帰る。

 4時を過ぎたので買って帰った鳥の手羽先の燻製を温めて、晩酌の支度をする亭主。昼間「グラタンを食べたい?」と言っていた女将は、グラタンのレシピ帳を出して仕込みに入っている。亭主はペンネがまだパスタの引き出しに残っているのを知っていたから、グラタンの器と下に敷く木製の敷板を用意してやる。手羽先の燻製は香り豊かでなかなか美味しく、最初の一杯はこれで飲み終えるのでした。デューラーの美術文庫を読み終える。グラタンが焼けるまでには少し時間がかかったけれど、久し振りの料理で美味しかった。


2月27日 金曜日 また曇りの朝で気分が滅入るけれど…

 夕べは9時半に床に就いて、今朝は6時に目が覚める。9時間近く眠ってもまだ眠り足りない気がするのは、春の暖かい陽気のせいなのだろうか。居間の部屋の西の窓から見える隣の畑も、何の花だか判らないけれど、種を蒔いたところから出た芽が大きく育っている。雑草を含めて植物の生育が盛んな時期になったのでしょう。コーヒーを淹れて煙草を一服したら、テーブルの椅子に座ったまま、女将の起きてくる前に『メーディア』の続きを少し読む。

 7時前になったら三種類の小鉢に野菜を盛り付け、電子レンジで二つずつ1分間温めてテーブルに運ぶ。苺を運んだら、厨房に入った女将の作る料理をまた運んで食卓の準備をするのです。今朝も美味しく食事が摂れて、お茶をもらって食後の休憩に入るのです。窓の外には菜の花の咲いた向かいの畑が見えます。去年の種がこぼれて咲いたものなのでしょうけれど、春の到来を知らせる黄色い花がとても優しく思えるのでした。少しだけ陽が差しているのが好い。

 玄関の脇にあるあせびの木が花のつぼみを沢山つけて、これから段々とつぼみが膨らんでくるところ。プールに行く前の亭主は、開いていた本を閉じて、このブログを書いている。今日もこれから泳ぐのかと思うと、心が躍るのです。やはりまだ身体を動かしていないと面白くない年齢なのか。金曜日は比較的空いているから、他人のことを気にしないで、一人でゆっくりと泳ぎたいもの。風は少し冷たいけれど、昨日よりは随分と暖かなのでした。

 中央通りを走る頃にはもう陽射しはなかった。立体駐車場の3階はまだ工事中なのでした。4階まで昇って出口近くの空いた場所に車を停めて、また迷路のようなエレベーターと廊下とエスカレーターなどを幾つも乗り継いで、ロッカールームに着けばまだ9時40分なのでした。ゆっくりと着替えて準備運動をしてプールに降りていく。やはり金曜日は空いていました。でも常連さんは同じ顔ぶれでどのコースにもつっかえてしまう親父様がいるから大変なのです。

 帰りに地階のスーパーで、夜のおかずにと鮪の柵と蛸を買い、冷凍の海老、イカ、蕎麦などを買って家に帰る。今日はだいぶ暖かいので、女将にも刺身で好いと言われた。昼は肉うどんと肉蕎麦を茹でて、ジャガイモとホウレン草、長ネギに肉を入れて食べました。亭主はこれだけでは足りないから、本当は餅も入れたかったのだけれど、火に通すタイミングが合わずに七味でごまかしたのです。夕食の刺身が今から楽しみで、女将もワカメを買って来ると言う。

 午後は昼寝から目覚めて、テレビで西部劇映画の傑作の一つだといわれる『赤い河』をやっていたので3時過ぎまで観るのでした。主役のジョン・ウェインは子どもの頃から父が好きだった俳優で、よく一緒に映画館に観に連れて行ってもらったものでした。北海道の育ての親の広い農場で裸馬に乗って走る父親を、亭主は幼い頃に見ていたから、西部劇が身近なものに思えたのかも知れない。3時過ぎに女将が帰って、二人で紅茶を飲んでチョコレートを食べる。

 外は雨も止んで曇ってはいたけれど、暖かな午後なのでした。草履を履いて高層マンションの見える場所まで歩いて、自宅の写真を撮って帰った。帰りに近所の奥さんが娘さんの授業参観の帰りだといって、母娘で一緒に帰って来たので挨拶を交わす。一番下の娘さんはもう小学校1年生になったのだとか。お父さんが大きいので、1年生にしては随分と大きいのでした。我が家の建物が建ててもう13年目になるから、年月の経つのは早いものです。

 夕食の支度で女将が厨房に入る前に、亭主はグラスと氷と炭酸を冷蔵庫から取り出して、晩酌の用意をするのでした。こてっちゃんをレンジで温め、キムチのパックを取り出して、さあ一杯飲み始めようかと思ったら、女将が鮪を切り始めるのでこれで好いのかと尋ねられ、厨房に行けば随分と量があるのでした。蛸は明日でも好いからと言えば、鮪も賞味期限は明日だからと、蛸と合わせて少しずつ食べることにしたのです。これが大正解で豪華な夕食になる。

 買ってきたワカメが30円ほど高いのを買ったら、肉厚で水で戻しても立派なのでした。亭主が大根の皮剥きをして細い溝のカッターで切ってやったら、水で洗えば美味しそうなつまが出来た。さて一杯飲み始めようかと焼酎の残りを見たら、今夜の夕食にはちょっと足りなそうなので、車を出して国道沿いの酒屋まで買いに行く。家に帰れば女将はもう刺身を造っていたから、一度に沢山の食べ物がテーブルに並んだのです。こてっちゃんもキムチも後回しで、美味しい蛸と鮪の刺身に舌鼓を打つのでした。明日は土曜日、今日よりも暖かくなると言うから、また蕎麦が食べられるのです。


2月28日 土曜日 空は曇っているけれど暖かい朝です…

 

 『メーディア』も昨日のうちに読み終えて、夜中に目が覚めた夕べは『ヘラクレスの子ども達』を読み始めた。明け方になってまたひと眠りして、6時過ぎには起き出して朝食のおかずの用意を始める亭主なのでした。女将が厨房に入って昨日の刺身の残りで、鮨飯に鮪と蛸を切って載せてくれた。味噌汁は玉葱のスライスで、朝からとても美味しいご馳走なのでした。暖房をちょっと入れただけなのに、もう23度もあるからかなり暖かい朝なのでした。

 朝食を終えたら、寝室に入ってひと眠りする亭主。部屋の温度は18℃で、心地よい眠りに誘われる。やはり夜に眠れなかった分は、この時間に眠ったから2時間近くも眠ってしまったのです。目覚めればもう10時で昼の支度を始める時間なので、一日が短く感じる。昼はラーメンの残りと冷蔵庫に残った具材を使って、五目あんかけラーメンにしました。女将と二人で汗をかきながら食べて、お茶をもらってひと休みです。これではいけないと午後は散歩に出る。 

 みずき通りを下って歩いてコンビニまで行こうと思ったのです。約1.2kmもあるから今の亭主にはこれが限界という距離で、途中で止めるわけにも行かず、だるい右足を意識的に上に上げながら歩くのでした。やっと中央通りまで出て、そこからは真っ直ぐな広い道を歩くのですが、帰りが大丈夫だろうかと心配になるのです。休み休み行けば何とかなるだろうと、途中で立ち止まりながら歩き続けるのでした。目的の煙草を買っていよいよ帰り道なのです。

 帰る頃には日も高くなってジリジリと暑い太陽が照りつける。薄いタイツをはいてきたけれど、もう汗でびっしょりなのでした。帰り道は大通りではなく、少し裏の道を通って出来るだけ家の影で陽の当たらない通りを歩く。白梅が綺麗なお宅もあって気持ちが紛れるのでした。歩いても歩いてもなかなか家までは遠いのです。やっといつもの近所の散歩道に出て、あそこを曲がればもう家の下に出るなどと、自分を励ましながら歩き続けるのでした。

 黄色いミモザの花が咲いているお宅の前を左に曲がって、もう一度右に折れればもう家の下で、西の小径の階段を上がれば我が家に辿り着くのでした。上半身も下着まで汗びしょで、急いで着替えればもうジャージとノースリーブの下着になって、女将に「熱くて堪らない」と好いながら水を飲むのでした。しばらく休憩したら今度はやはりノースリーブでは涼しくなって、上にジャージの上着を羽織って寝室で30分ほど昼寝をするのです。室温は20℃なのでした。

 買い物から帰った女将が紅茶を入れてくれた。甘夏を少し囓って二人で「午後のつまみ」を食べる。万歩計を見ればちょうど5000歩なのでした。足が悪い分、歩幅が50cmぐらいしか取れないのです。向かいのサツマイモ農園では、種芋の植え付けをしているらしく、大勢の学生さんらしい若者たちが手伝いに来ていた。ビニールハウスが三つになったから人でもいるのでしょう。風が少し強くなったけれど、この書斎もまだ22℃もあるから、随分と暖かいのです。

 読みかけていた『ギリシア悲劇』は『ヒッポリュトス』の一篇に入る。4時半になったので、晩酌の支度を始める亭主。女将が菜の花を買ってきてくれたから、茹でて辛子醤油で食べるのです。ほろ苦さは春の知らせ。亭主の買ってきた牛のホルモンは分量が少なすぎて、あまり美味しくなかった。最後に樺太ししゃもと蛸が出て来て、今日の夕食も美味しいものばかりなのでした。夕陽を浴びた森と夕焼け雲を眺めながら、今日も終わるのかと杯を傾ける。

 向かいのサツマイモ農園は、種芋の植え付けを終えて若い人たちが皆帰っていく。この週末で三つのハウスに種芋を植え付けるのでしょう。息子の同級生だったお隣の奥さんが犬の散歩に出て、こちらを見て頭を下げるから、亭主は手を振ってこれに応える。女将と二人でいろいろ話しながら、夕食の時間は過ぎていく。明日の日曜日も暖かくなると言うから、二人で庭の草取りをしようと言うことになった。昼はやっと蕎麦を食べられるのかと楽しみにしている。

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2026年2月中旬



2月10日 火曜日 まだ寒く、雲の多い朝なのでした…

 雪がすっかり消えた畑に今朝はまっ白な霜が降りていました。紙ゴミの袋を持って駐車場に立った亭主は、この数日に起きた出来事がまるで夢のように思えてならなかったのです。夕べは10時半に床に就いて、今朝は6時半に目覚めたから睡眠は十分。それでも途中寒さで目が覚めるけれど、特にトイレで起きるわけでもない。やはり部屋の温度が下がって、寒さで夜に目が覚めるらしいのです。身体の疲れ具合や飲んだ酒の量や腹の減り具合など原因はいろいろ。

 女将が起き出して来て厨房に入ったら、亭主は箸や小鉢をテーブルに運び、最後にご飯や味噌汁をカウンター越しに受け取って、朝食の支度が終わるのです。今朝は大きな苺が一つデザートに出て、完熟の美味しさを味わうのでした。今日の予定を二人で話して、亭主が煙草を買いに行くついでに昨日書いたマイナンバーカードの申請書を投函してくることになる。お袋様のところに女将が去年の味噌を届けるのはいつになるのか、明日は雨が降るというから心配。

 コンビニから帰る頃には、空はすっかり雲に覆われて、晴れと言う予報もこれまでかと思われたのです。家に戻って女将が散歩に出るのと一緒に家を出て、亭主も散歩がてらお袋様に味噌を届けに行ったのです。暖房の入った部屋に入れば、汗ばむほどの暖かさで、さすがはマンションは暖かいと思うのでした。今日はマイナンバーカードの申請書を投函しに行ったという話をすれば、彼女も弟に言われて既に手続きを済ませたのだそうな。これで安心なのでした。

 昼の時間に家に戻れば、スマホにはちょうど2000歩の表示が出ていた。女将はもう帰っていて、亭主は厨房に入って久し振りにカレー炒飯を作る準備を始めるのでした。肉の賞味期限が切れていると言うので、慌てて使い切る有様。今週は味噌造りがあったりで、先週に買った食材を使い切れていないのです。買ってあったラーメンスープの素とモヤシと肉を使ってスープも作る。卵を散らして紅ショウガを載せ、麺類ばかりの昼食にも少し変化があって好かった。

 昼食後の午後は昼寝をして、女将がお習字を終えて買い物に出掛けた後は、『ギリシア悲劇』の続きを少し読んで、亭主も散歩に出掛けるのでした。少し青空も覗いて陽が差したと思ったら、夕方にかけてまた雲が空を覆い、すっかり暗くなったのです。家の中は暖房を入れても20℃にはならなかったので、寒いと思って耳まで覆う帽子を被り、ジャンパーを着込んで出掛けたのです。小学生の帰る道をみずき通りまで出て、短い散歩道を歩きやっと今日は3000歩。

 煮豚を作っておいたので、ルクルーゼの鍋からタッパに移して、夕食前の酒のつまみには煮豚を切って食べようかなどと、一人思いながらこのブログを書いているのです。4時半にやっと女将が買い物から帰って、台所で夕飯の支度を始めたけれど、結局、夜は亭主の作った煮豚と真蛸の刺身にホウレン草を茹でて、納豆でご飯を食べていました。亭主はそんなに食べられないから、ホウレン草と真蛸を少し戴いて、焼酎のお湯割りを飲んでいたのです。

 今日は引っ越しの余波で向こうの家の火災・地震保険の解約手続きを電話で申し込んだのです。AI対応と行っても、結局、オペレーターに繋がらないと話が見えなくて、10分ほどケータイを手にしたまま待って話を聞くのでした。後日書類を送ってくるとかで、5年契約だったから、中途で解約になるので返金もあるらしい。引っ越しに伴う様々な手続きは、もうこれで終わりなのだろうか。明日は朝から雨だと言うが、午前中にプールに行って泳いでこよう。


2月11日 水曜日 朝から雨の有り難いお湿り…

 夕べは10時に床に入って今朝は4時半に目が覚めました。もう少し眠りたかったけれど、また後でも眠れるからと起き出してコーヒーを淹れたのです。眠りが浅くなるといろいろな夢を見て、見たこともない若い人たちの中で、何やら指示を出している自分はいったい何者なのだろうと思った。女将が朝の支度をしに厨房に入るまでの間、テーブルに向かって『アイアース』の続きを読んでいた。主人公が自害してもまだ物語は半ばなので続きが読みたくなる。

 好い加減飽きてきたら、今度は美術文庫の絵を観て頭を休める。7時近くになって女将が朝食の支度を始めたら、今日は何も小鉢がなかったので、イチゴのへたを取って洗い、小皿に載せてテーブルに運ぶのです。鰯の蒲焼き丼と豚汁が今朝のメニューなのでした。ちょっと物足りないような気がしたけれど、お茶をもらって薬を飲めば、腹も落ち着いてきた。テレビを点けないので、静かな雨の日の始まりなのでした。ひと眠りしてプールへいく準備を始める。

 車外温度5℃だったから昨日ほど寒くはない。みずき通りには車の姿も見えなかった。立体駐車場は混んでいたけれど、エレベーターから遠い空いたスペースに車を停めて、歩く距離を稼ぐ亭主。ずっと以前は大きなデパートが入っていたのだけれど、今は様変わりして吹き抜けの二階三階もがらんとした空間が広がっている。近くにショツピングモールが出来た影響なのか、市役所の出張所や何かが連なっているだけで、後は貸しオフィスなどが入っている。

 プールも休日だからか珍しく空いていて、ひとコースに一人で泳げたから、今日も背泳ぎで沢山泳いだ。クロールだとどうしてもツービートになってしまうから足の運動にはならないのです。それでも20分ほど泳いだら飽きてしまって、プールを出て帰りに地階のスーパーに寄って、肉やラーメンの麺を買って帰るのでした。昼は五目あんかけ焼きそばを作って食べる。スーパーの向かいにある総菜店で蟹クリームコロッケを売っていたから買って帰る。

 昼を食べ終えたら、普段なら昼寝をするところだけれど、今日は休日で女将のスポーツクラブがないから、ショッピングモールへ買い物に行こうと彼女を誘えば、退屈だからか行く気になっていた。広いモールの中を歩くだけでも運動になるかと思ったのです。雨の降る中を車に乗り込んで出掛けたけれど、駐車場は1階は満車で、立体駐車場も4階、5階が満車なのでした。屋上では雨に濡れるので、何とか5階に空きを見つけてエスカレータで2階まで降りる。

 1階の食料品売り場以外に来たことのない場所だから、どこに何があるのか判らなかったけれど、3階のフードコートには家族連れが沢山入っていて、間を縫うようにしてエスカレーターを乗り換えた。2階まで降りてやっと紳士服や婦人服のコーナーが現れ、亭主は引っ越しで捨ててしまった3Lのトレーナーを二着、女将も古くなった首回りが暖かいシャツを二着捜して手に入れたのです。家に戻って亭主は昼寝。女将は夜のおでんの準備で忙しそうでした。

 すっかり当たりが暗くなった頃にやっとおでんが出来上がり、亭主も遅い昼寝から目覚めたばかりだから、今日は夕飯の時間が少し遅かったのです。昨日、お隣の親が作ったという白菜を奥さんが持って来たので、女将が自家製の味噌を持って行く。亭主は居間の椅子に座って一服したけれど、あまり腹が減っていないので、今日はおでんも少ししか食べずに、焼酎のお湯割りも一杯で終わる。風呂上がりにまた飲めば好いからと、コーヒーを淹れてブログを書く。


2月12日 木曜日 今朝はかなり寒かった…

 夕べは珍しく11時まで起きていた。夜中に目を覚ますのだったら少し遅く寝たらどうだろうかという考えだったけれど、これが功を奏したのか今朝は6時前まで眠れたのです。これが毎日通用するとは思えないけれど、風呂上がりの寝酒が効いたのかも知れない。とにかく7時間近く眠れば頭はすっきりとするのです。コーヒーを淹れて居間のテーブルに座って『アイアース』の続きを読む。悲劇の主人公の死後はいったいどうなるのだろうかと興味津々なのです。

 女将が遅く厨房に立ったのは、昨日のおでんの残りを温めれば良いだけだったから。亭主もお新香や箸、苺を盛り付けてテーブルに運べば、おでんの取り皿が必要なのに気が付いて、また席を立つ。それでも時間があったから、昨日のうちに袋に詰めてあったプラゴミを集積所まで運んで来るのでした。隣の畑を見渡せば、真っ白に霜が降りて、湿気があるとこんなにも違うものなのかと驚いた。寒さはもう慣れているけれど、暖かいおでんがとても身体を温めた。

 8時頃から寝室に入って1時間ほど眠るのでした。今日もプールに出掛けようと思っていたから、起き出したらもう一度コーヒーを淹れて一服するのです。女将に声をかけて車に乗り込めば、曇っていた空は少しだけ青空が覗いていました。いつもの時間にいつものメンバーがプールの扉の前に並んで、誰もいないプールで我先にと泳ぎ始める。亭主は準備運動は済ませているけれど、50mだけは水中を歩くことにしているので、ゆっくりと泳ぎ始めるのです。

 今日も亭主の入ったコースには他に人がいなかったので、背泳ぎを泳いで全身の筋肉を使うのでした。歩くコースには水中エアロか何かの人たちが15人ほど繋がって歩いている。まだ始まらないからそれまでのウォームアップなのでしょう。15分ほど泳いだら飽きてしまったのでシャワーを浴びたら、離れたコースから昔の水泳部のキャプテンの奥さんが近づいてきて「お元気ですか」と声をかけてくれた。水泳部のOB会がなくなるという話もして行かれた。

 今はもう縁遠くなっているけれど、昔、全国大会に出るために頑張っていた頃は、OB会の援助に助けられたものだけれど、「時代が違うのですね」と奥さんが言うように、人の繋がりも希薄になってきたのだろうか。家に帰って昼の準備を始める。今日は煮豚とモヤシを炒めて煮豚の汁をスープに使い、塩ラーメンと買って帰った冷凍餃子にしたのです。東京の山の手育ちだから、子どもの頃からラーメンを食べ付けない女将も、全部食べてくれたので嬉しかった。

 12時には食べ終えて、1時まで昼寝をする。1時半には女将のスポーツクラブの予約があったから、林檎を剥いてくれたから、テーブルに座って『アイアース』の続きを読み終えたのです。遠い紀元前の昔は、大きな戦いの後には、数々の武将達の悲劇が生まれたのだろうと思い計られるのでした。幾つかは映画にもなって、その名を知っている戦いもある。戦乱の世が終わった後には、こうした悲劇が語り伝えられるのかも知れないと思うのでした。

 女将が買い物に出掛けている間に、煙草を買いに出てブログを書き上げ、少し早いけれど4時になったら晩酌の用意をし始める。昨日買ってきた小さなキムチのパックと、煮豚の残りを小皿に盛り、焼酎のお湯割りの準備をしたら、女将が帰ってきて「焼き肉のタレの小袋入りは売ってなかったわ」と言うのです。今夜は焼き肉と思っていたけれど、焼き肉のタレも使い切れないから小袋入りが好かったのです。仕方がないから塩コショウで食べることにした。

 デューラーの画集を見ながら、食前の酒をちびりちびり飲んで、女将が席に着くのを待っていたのです。長ネギと厚い豚バラの塩焼きが出て、亭主はもう一杯の酒を飲む。お湯で割った焼酎は量の割には酔いが回るのが早い気がするのでした。明日の金曜日はやはり午前中にプールに出掛けてひと泳ぎ。そして昼はまだ暖かくないからと蕎麦は食べられないので、カルボナーラのソースでスパゲッティでも食べようかと話をするのでした。トンカツが欲しいところ。


2月13日 金曜日 一週間が速いと感じる今日この頃…

 夕べは10時半に床に就いて今朝は6時半に目覚めた。8時間も眠ったのに起き出すまでに時間がかかったのです。直前まで見ていた夢の続きが気になって、暖かい布団の中でまだ眠っていたいのでした。遠い昔の職場のがらんとした風景の中には、皆がいなくなって知っている人もいない。自分は何をしているのか、退勤時刻も過ぎているのに…。やっと起き出して居間に行けば、女将が朝食の支度をしてくれていた。亭主はイチゴを洗って皿に盛り、テーブルへ。

 食事が終わってお茶をもらえば、あんなに眠ったのにまた眠くなるから不思議なのです。1時間ほど横になったら洗面と着替えを済ませて、プールへ行く支度をしたら、居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む。これですっきり目が覚めました。外は薄陽は差していたけれど、雲が多くて天気予報通りに午前中は曇りらしい。9時半になったら女将に声をかけてプールへ出掛ける。今日は思ったよりも混んでいたから判らないものです。15分泳いでプールから出る。

 どこにも寄らずに家に帰れば10時40分。もう昼の支度を始めなければいけなかった。昼はスパゲッティ・カルボナーラにすると決めていたから、トマトとブロッコリーを冷蔵庫から出して茹で始めるのです。大鍋には水を汲んで隣の火口で沸かし始める。皿を出して茹で上がったブロッコリーを載せ、トマトを二つに切って並べる。スパゲッティが茹で上がったら、一緒に温めていたソースをかけるだけだから、とても簡単なのです。それでも腹は一杯になった。

 腹が一杯になったらすぐに眠くなるから世話はない。1時間ほど昼寝をすればその間に女将はスポーツクラブに出掛けたらしい。起き出してすぐにトイレに入ったのは好かったけれど、どうも詰まっているらしくお湯を流しても流れないのでした。居間のテーブル上に「トイレが詰まってしまいました」と書き置きがあったけれど時すでに遅し。引っ越しの時に吸引器を捨ててしまったらしく、どうにも仕様がないのでした。そのうちに女将が帰ってきた。

 困ったときには亭主が動くのが常だから、再び立体駐車場のある日用品売り場に行って、トイレの詰まり取りの道具を買って帰る。帰りに国道まで出て焼酎を買って家まで戻るのでした。無事にトイレは流れて夕飯の支度も終わり、今夜は残った厚切りの豚肉で女将がピカタを作り、高野豆腐の小鉢と共に美味しく戴いたのです。テレビはオリンピックを放映していたけれど、大相撲とはちょっと違う二週間で、興味のあるスポーツが限られるから面白くない。

 明日は土曜日で暖かくなると言うけれど、女将はまだ蕎麦を食べたくないらしい。午前中に買い物に出掛ければ好いと言うけれど、それで亭主はプールに行けなくなる。午後から行けば好いのかも知れないけれど、土曜の午後は初めてなのでちょっと心配なのです。日曜日は更に暖かくなると言うから、蕎麦が食べられると言うので蕎麦の返しも作らなければならないし、出汁も取っておかなくてはいけない。何かと忙しい週末になりそうだけれど、もう直ぐ春…。


2月14日 土曜日 今日は暖かくなると言うけれど、朝は霜…

 夕べは9時半には床に就いて夜中の1時半には目が覚めました。毎日ではないけれど、どうも続けては眠れないことがあるのが悩みの種。今日は土曜日で買い物に出掛けるから、亭主はプールにも行けないし、女将のスポーツクラブもないと言うのが、寝れなくても好いことの原因になっているような気もするのです。4時からまた布団に入って眠ったのですが、7時まで3時間しかないから、寝たりなく感じるのでした。コーヒーが切れたのも原因の一つです。

 今朝は女将がすべて朝食を用意してくれて、亭主の寝ている寝室に起こしに来た。4日前に漬け込んだ白菜の漬け物がやっと食べられるようになって、身の厚いほっけが食べ応えがあるのでした。朝食を終えてお茶をもらったら、洗面と着替えを済ませて、亭主はもう買い物に行く支度を終えるのです。暖かな朝だったけれど、真っ白な霜が降りて、湿度の高いのがよく判る。『ギリシア悲劇』の次の一話を読み始めるけれど、そろそろソフォクレスにも飽きてきた。

 車外温度は7℃だったからいつもの朝よりは暖かい。昼はもっと暖かくなると言うけれど、まだ女将が蕎麦を食べられる暖かさではない。女将の支度が済んだら二人で隣町のスーパーに出掛ける。土曜日でもいつもよりは駐車場も空いているのでした。入り口の果物が並んでいるコーナーで、女将は甘夏を見ていたから亭主は苺としらぬいを持って来て籠に入れるのでした。昼は久し振りにビザを作ることにしてあったから、鰯と鮪の柵を買って夜に備える。

 100gの強力粉にドライイーストと少量の砂糖、オリーブオイルを入れて、100gのぬるま湯で捏ねて行くのは亭主の仕事。こなれてきたらこれを玉にしてラップをかけて20分発酵させる。ピザ作りは時間のある年寄りには向いているなどと冗談を言いながら、発酵の時間が済んだら生地を二つに分けて伸し棒で丸くのばしていく。いつも伸ばしすぎるから今日は小さめにして生地を厚くしておく。今日はベーコンと残っていたトマトやホウレン草、シメジを載せる。

 焼き始めて再び20分待つのです。オーブンの管理は女将の仕事なのでした。焼き上がる頃には香ばしい匂いが漂って、二人で顔を見合わせるのです。タイマーの音が鳴って亭主がオーブンからピザを取り出せば、今日は厚い生地の見事なピザが出来上がったから嬉しい。皿の上に載せたビザをビザカッターで一枚を四等分して、テーブルに運ぶ間に女将がポテトスープを作ってくれた。一人で食べるにはちょっと多すぎるけれど、二人とも完食するのでした。

 午後は頑張って2時まで本を読んでいたけれど、眠くなったので寝室に入るのでした。女将は散歩がてらに買い物に出掛けて、亭主はぐっすりと3時過ぎまで眠る。目が覚めたら空はもう曇っていました。夕食の支度にはまだ早すぎるから、デューラーの美術文庫を眺めて、『トラーキーニアイ(トラキスの女たち)』の続きを読む。有名なヘラクレスの最期を語る話なので、続きを読むのが楽しみなのでした。夕食の準備が始まって、亭主は晩酌の用意をする。

 午前中の買い物の際に、バチ鮪の中トロがサクで出ていたので、海草の付け合わせと一緒に買ってきたのです。これを切って久し振りに寿司下駄に載せて戴いたのですが、これは美味しかった。寿司下駄は、昔、飛騨を旅行した折に、峠の店で五つだけ買って帰ったのですが、何十年も使っても色あせない檜の作りが気に入っているのです。今日は暖かかったから、焼酎も氷を入れて炭酸割りで飲むのでした。明日はさらに暖かくなりそうなので蕎麦が食べられる。


2月15日 日曜日 今朝は晴れて朝から暖かく…

 夕べは11時前に床に就き、今朝は5時過ぎに目が覚めました。居間の部屋でコーヒーを淹れて飲む間、煙草を吸わなかったからよほど喉が渇いていたと見える。ちょうどテレビで映画をやっていたので、今朝は8時前まで見続けたのです。デカプリオとマット・デーモン、ジャック・ニコルソンが出演した『ディパーテッド』(The Departed)という映画で、20年ほど前のものですが、なかなか見応えのあるものなのでした。朝食は鰯の蒲焼き丼で美味しかった。

 食後はひと眠りをせずに、またコーヒーを淹れて『ギリシア悲劇』の次の作品を読み始める。『エーレクトラー』の冒頭は今までと少し違って、コロスの登場ではなく守役の台詞から始まる。台詞を聞いているうちに読み手は状況を理解し始めるのです。回りくどい言い回しは読みづらく、すべての作品に共通しているけれど、上演された当時はそれが一般的であったのかだろうか。3000年も前の作品だから、それも仕方がないと諦めて少しずつ読み進めるのでした。

 9時半まで今のテーブルで椅子に座って読書をしたら、飽きてしまってそろそろ散歩に出掛けようと靴を履く。今日は上着を着なくても暖かいから、セーターのままでお袋様の住むマンション方面に歩いて行きました。坂を下って中央通りに出れば、晴れて車も通っていないので気持ちが好かった。調整池の周りをぐるりと回るようにして道を歩いて行けば、犬の散歩に出ていた親父様が「こんにちわ」と挨拶をするので「こんにちわ」と声を返すのです。

 家に帰ればまだ10時だったから、再び読書を始めるのでしたが、すぐに飽きてしまうから、なかなか読み進まない。11時前になって天麩羅を揚げる準備をして、鰯の天麩羅と海老とイカと葱の掻き揚げと椎茸の天麩羅を揚げて、蕎麦を茹でたら昼の準備は終わり。最後の蕎麦汁を使って美味しく蕎麦を戴くのでした。久し振りだったから、尚更美味しく食べられたのかも知れない。食後は居間の回転椅子に座ってまったりとしていた。眠くならないから不思議。

 女将のスポーツクラブの予約を済ませたら、厨房に入ってまずは返しを作る。量は蕎麦屋をやっていたときの6分の1ほどで、中ぐらいのタッパウエアに十分入るほどしかない。週に一度の蕎麦のためだけに、午前中から干し椎茸と昆布を漬けておいた鍋に、お湯を沸かして出汁を取る。一番出汁は500ccだけ茶碗蒸しように取り分けて、後の残りは返しを加えて蕎麦汁にしておくのでした。1500ccの蕎麦汁は、二週間以上もかけて使い終わるのです。

 二番出汁は二つの容器に入れて冷蔵庫で保存する。こちらは女将が煮物や味噌汁を作るのに使うから、1週間以上はかかってやっとなくなるという計算です。女将が冷蔵保存の柿を剥いてくれたけれど、これが意外と美味しいのでした。亭主が厨房を出たら、今度は女将が厨房に入ってひじきの煮物を作り始める。何かやっていないと眠くなるのが今日の暖かさなのでした。夜は何にしようかと二人で悩んで、豚すきにすれば残り物を全部消化できることが分かる。

 煙草が明日の朝まで持たないと思って、コンビにまで車で買いに行く。家に帰ればもう5時過ぎだったので、厨房を覗けば女将が夕食の支度をしているのでした。肉は重たいからやっぱり湯豆腐にすると言って、湯豆腐の用意をしていたのです。考えたら昼は天麩羅だったから、亭主も少しお腹が凭れている。年を取ると油ものを少し食べすぎても胃が凭れるから、湯豆腐でちょうど好かったと考え直すのでした。晴れた暖かい一日も今日で終わりです。



2月16日 月曜日 春が近いと思える朝でした…

 夕べは9時半にはもう眠くなって、夜中に目覚めなければいいと思いながら床に就いたのですが、果たして夜の2時前には目が覚めてしまいました。1時間ほど起きてまた眠れば好いだろうと思っていたら、コーヒーを飲んだせいかなかなか眠くならずに、4時になってこれはいかんと床に潜り込み、無理やり眠るのでした。今朝も女将に起こされて、朝食の用意を手伝えなかった。寝ぼけ眼を擦って燃えるゴミの袋を抱えて、集積場まで運ぶ姿は年寄りの恰好。

 西の小径の階段を昇ってお花畑の脇に出れば、青い空が広がっているではありませんか。無事に食卓について、鰺の開きを焼いたのを食べながら、白菜のお新香をつまむ。女将が食べ終わる前に皿を片付け、お茶をもらってやっと一服するのです。今日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、早めに洗面と着替えを済ませて、もう一度コーヒーを淹れる。寒さは余り感じなかったけれど、居間の室温が15℃だったからエアコンを点けたのですがすぐに暖かくなる。

 9時前に来るまで家を出て、お袋様を乗せて農産物直売所に向かったけれど、今日は客もいなくて農家も野菜を持って来ていないらしく、品物が少なかった。苺だけはあったので、大きな苺と小さなパックの苺を一つずつもらって帰る。隣町のスーパーに行けば、随分と客が少ないらしく、駐車場もガラガラなのでした。最近、空いている日が多いので、人ごとながらちょっと心配してしまう。コーヒーを含めて、食品の棚にも空きが目立ってきているのです。

 買い物を終えて車に荷物を積み込んだ後、お袋様の来るのを待つ間、駐車場の向こうに梅の花が綺麗に咲いているのを見つけた。写真を撮っていたら、年老いた駐車場の警備員さんがやって来て「あれは梅の花ですか?」と亭主に尋ねる。年齢の割には花の名も知らないのかと思ったけれど、「今咲いているのは梅ですね」と応えるのでした。最近は、庭に梅を植える家も少なくなっているから、なかなか近くでは見られないのです。植木を植えない家も多いのです。

 昼の支度の時間になって、まだ早すぎるかとも思ったけれど、11時15分前だったから五目焼きそばの具材を調理台の上に用意する。白菜、モヤシ、鶉の卵、ヤングコーン、マッシュルーム、キクラゲそして蒸し焼き蕎麦と海鮮ミックス。肉は女将がやって来て切ってくれました。この時に気が付けば好かったのですが、ニンジンを忘れて出来上がってから色の足りないのに気が付いた。今日は砂糖以外に少し醤油を垂らしてみたのですが、案外と美味しかった。

 11時半には食べ終わってお茶をもらい、12時前には昼寝をするために寝室に入ったのです。女将は亭主が昼寝をしている間にスポーツクラブに出掛ける。1時に起きられれば今日はプールへ行けると思っていたら、1時前に目覚めて、コーヒーを淹れて一服したら、車に乗り込んでプールへ向かうのでした。月曜日の午後のプールは初めてだから、混んでいないかと心配したら、のんびりと話をするお年寄り達が多く、中央の速く泳ぐコースが空いていたのです。

 クロールに背泳ぎを混ぜて速めのスピードで泳げば、100m200mとあっという間にいつもの距離を泳ぎ終えたのです。週の初めからあまり泳いでもいけないと、プールから上がって着替えて車で家まで帰ったら、まだ女将は帰っていなかった。仕方がないから、ブログをここまで書き上げたら、『ギリシア悲劇』の続きを読むのです。神々や王の名が沢山出て来るので、その度にスマホのGoogle検索で調べるけれど、また同じ人物名が出てくる頃にはもう忘れている。

 今日は午前中にお袋様と買い物に行ったのに、午後はプールで泳ぐことが出来て、とても充実した気分なのでした。明日はスポーツクラブの定休日だから、月火と泳ぐのを止めてしまうのが嫌だったのです。本当は一日おきぐらいに泳げるのが一番いいのです。夕食まではまた『エーレクトラー』の続きを読み、晩酌の準備をして昨日残したキムチやトマトやひじきを食べている。女将が春菊の胡麻和えや鰯の蒲焼きを作ってくれた頃には『ニューシネマパラダイス』をテレビで見始めて、最後まで観てしまうのでした。


2月17日 火曜日 やはり暖かくなって来たのか…

 夕べは10時過ぎに床に就いたけれど、夜中に暑くて目が覚めました。室温を見ると17℃もあるから、外は寒いはずなのに家の中の空気が暖かいのです。羽布団を真冬のまで二枚も重ねていたから、一枚剥がして眠ったら、そのまま朝までぐっすりと眠ることが出来ました。女将に起こされる前に起き出して、朝食の皿をテーブルに運ぶ。居間の部屋も暖房を入れずに朝食を済ませて、洗面と着替えを済ませたら、コーヒーを淹れて一服するのでした。

 昨日の散歩道ですぐ近くの坂道に紅梅が咲いているお宅があったのを思い出して、上着も着ずに外に出た亭主。風はまだ冷たかったけれど、梅の花が見たいばかりに我慢して歩く。昔の作りのお宅では玄関の前に立派な梅が咲いているではありませんか。通りを渡って公園の方に歩いて行くと角のお宅では白梅が綺麗に咲いていた。古くからある家では庭木が年数が経っているので、季節季節に花を咲かせて見応えがあるのでした。その先には山茶花のお宅が…。

 散ってはいるもののきちんと剪定してあるから、次々と新しい花が咲いて見事。突き当たりの家の小母さんがこちらを向いて「お早うございます」と挨拶をしてくれた。風が冷たく手もかじかんでしまうけれど、春の訪れが間近であるのを肌で感じる朝の散歩なのでした。1000歩ちょっとの距離だったけれど、写真を沢山撮れたのです。調整池の桜の木には、毎朝、集まるヒヨドリが止まって、じっとこちらを見ているのです。家の脇の西の小径はすぐそこです。

 家に戻れば今度は女将が散歩に出掛けた。風は冷たいけれど梅の花が見事だったという話をしたから、女将も梅を見に行ったのだろうか。亭主は書斎に入って撮った写真をパソコンに取り込み、昼飯前までの出来事をブログに書いておくのでした。ブログを書き終えたらちょうど11時になって、昨日は早すぎたからちょうど好い時間だと昼の支度を始める。今日はニンジンも入れて汁物で湯麺を作る予定なのでした。野菜たっぷりの汁は身体で暖まる。

 今日は食事を終えても眠くならなかったので昼寝はしなかった。『ジュマンジ』という30年ほど前のロビン・ウィリアムス主演の映画を久し振りに観た。後年新しく作り替えた同名の作品と違って、ボードゲームから生まれる奇想天外な冒険ファンタジーが、今でも新鮮さを持っているから不思議です。何度見ても思わず引き込まれてしまうのでした。女将はひと休みしたら仕事部屋に入って、火曜の書道を始めたらしい。亭主はドキドキしながらテレビに見入る。

 女将の休憩の時間にはスポーツクラブの予約を取ってやり、亭主はコーヒーを、女将は紅茶を淹れて二人でしらぬいを食べるのでした。夕食は常夜鍋と茶碗蒸しということだったので、今から楽しみにしているのです。今日はプールもお休みなので、午後の散歩にも出掛けなければと、上着を着て小竹方面に歩いていった。風が冷たいから首をすくめてしまうほどだったけれど、ジャージの上着のポケットに手を突っ込んだまま、一番近いコースを回るのでした。

 農家の裏庭に紅梅が咲き始めていました。青空に映えてとても美しかったのです。紅梅の方が白梅よりも少し咲く時期が遅いのでしょう。咲き始めの色がとても赤く感じるから、膨らんだつぼみと合わせて命の燃え出づる感じがするので感動するのでした。薄陽が差していたけれど、風はとても冷たいのです。これが春先の天候なのでしょうか。毎年のように見ている光景のはずなのに、今年は特に心に余裕があるからか、しみじみと眺めるのでした。 

 夕食は久し振りに常夜鍋と茶碗蒸しで、キュウリの酢の物と亭主はキムチの漬け物が酒の肴。薄ら寒いからエアコンの暖房を入れたけれど、すぐに暑くなってしまうのはやはり早春の陽気だからなのでしょう。女将と二人で、オリンピックの録画放映を見ているうちに、辺りはすっかり暗くなるのでした。明日は再びプールが始まるから、今日はゆっくりと眠りたい。昨日のようにスピードを上げて泳げば、少し距離も伸ばせるのではないかと楽しみなのです。


2月18日 水曜日 やはり暖かくなってきたのです…

 昨日は昼寝の時間が遅かったからか、10時に床に就いたのに1時前には目が覚めてしまい、1時間ほど起きてしまった。寒いわけではなかったので、すぐに眠りに落ちたけれど、朝飯の時間にギリギリで間に合って、寝ぼけ眼で小鉢や皿をテーブルに運ぶのでした。若い時なら何でもなかったけれど、目覚めて15分ぐらいで朝食を食べるのは至難の業になってしまった。用意されたおかずを食べ終えて、「ご馳走様でした」と言うまでの間、まだ眠っているようだ。

 寝起きの煙草一本だけ吸って煙草が切れたから、食後の一本を吸いたくて車を出してコンビニに買いに行く。小学生の通学時間帯らしく、元気な子ども達が中央通りの歩道をぞろぞろと歩いているのでした。遠い子は2km近くも歩くのではないかと思えて、自分が同じ年の頃はやはりそんなに歩いたのかと記憶を辿るのです。今でもその道筋をはっきりと覚えているから、子どもの頃の記憶というのは信じられないくらい鮮明なものだと思えるのでした。

 9時半前には家を出てプールへ向かう。今日は帰りに地階のスーパーに寄る都合があるので、駐車場も地階に停めてエスカレーターを乗り継いで3階まで上り、長い廊下を歩いて更に4階までエスカレーターを乗り継ぐのです。プールは最初は空いていたけれど、亭主が50mのウォーキングをしている間に、隣の初心者コースは5人も入り、その隣のゆっくりと泳ぐコースが女性一人だけだった。今日も続けて100m200mと速く泳いだら、10分ほどでいつもの距離。

 混んで来たからもうプールを出て地階のスーパーに向かうのでした。目的の食材を買いおえて、家に戻ればちょうど11時15分前なのです。一服し終えて厨房に入り、ニンジンやキャベツやシメジを刻んで炒め始める。女将が買ってきた肉を切ってくれて、ソースを混ぜてうどんを入れるのです。10分もせずに焼きうどんは出上がり、「松茸のお吸い物」をお湯で溶いて二人の昼食を始める。居間の部屋は暖房を入れなくても暖かかったけれど、外はまだ寒いのです。

 食後は女将がスポーツクラブに出掛けたら、ひと休みして奥の寝室で昼寝をする。1時間ほどで目が覚めて、前の家の火災保険と地震保険の解約手続きの書類を、近くのポストに投函に行くのです。地元の郵便局よりは近いけれど、家からはいつもの散歩よりはだいぶあるのでした。沢山の小学生が帰る大通りまで出て、少し歩いたところに女将がよく行く薬局があるのですが、その前にホストがあると彼女に聞いて行ってみたのです。家に戻れば5000歩を越えた。

 4時を過ぎていたので、女将は厨房に入って新メニューの挑戦なのでした。亭主は晩酌の用意をして、テーブルに箸を並べたりしながら、例によって白菜のキムチを酒の肴にするつもりでいました。大根と鶏肉の煮物が出て来たので、この時点で晩酌を始めれば、今夕のメインディッシュである、鳥の胸肉と白菜の甘酢炒めが出て来たのでした。甘酢と言うから酢豚をイメージしていたら、白菜の歯ごたえが好かったけれど、完全な和食で薄味のまるで病院食。二人で250gの胸肉を食べたのだから、腹は一杯になってしまうけれど、心に満たされない思いが残るのでした。


2月19日 木曜日 今朝は最近になくとても寒かった…

 夕べは11時過ぎまで起きていたので、今朝は7時前まで眠った。朝の寝室は10℃と、このところ暖かかったから、とても寒く感じたのです。女将がもう厨房に入っていたから、亭主は急いでイチゴやホウレン草や白菜の甘酢漬けなどを盛り付け、冷凍してあった鰯を蒲焼きにして、女将がご飯に載せたのをテーブルに運ぶのでした。大根の味噌汁を女将がよそってきてテーブルにつく。彩りも綺麗で栄養もあるから、とても美味しく食べられたのです。

 随分眠ったはずなのに、食後はまたひと眠りするのでした。暖かい布団に入ればすぐに眠くなるのです。1時間で目が覚めて、またコーヒーを淹れて、プールに行く支度をする。車外温度は6℃だったけれど、風が強くてとても冷たいのでした。連絡通のある3階の駐車場がまだ工事中だったので、4階まで上がって車を停める。エレベーターで3階まで降り、まだ開店前の店舗の間を通ってエスカレーターに乗る。廊下を歩いてエレベターに乗り換えて4階へ。

 木曜日は老人達の水中エアロがあるので、次々と女性達が歩くコースに入ってくる。ざっと30人ほどいるから大変です。亭主は最初に50mを歩いて隣のコースでゆっくりと泳ぎ始めるのですが、こちらも人が増えて泳ぎづらい。15分ほど頑張って泳いだら、もう好いだろうとプールサイドに上がってシャワーを浴びるのでした。帰りは地階のスーパーに寄って昼のラーメンの具材を買って帰る。家に戻れば女将が散歩から帰ってきたばかりで、亭主は厨房に入る。

 市販の魚介スープの素やチャーシューを買ったので、今日は少し値段が張ったけれど、モヤシやシナチク、蒲鉾、ホウレン草を淹れて彩りにも気をつけた。麺が茹で上がるまでに冷凍の餃子をフライパンで焼いて、念願のラーメン餃子が出来上がる。女将もこれだけ野菜が入れば文句を言わない。ただ、亭主が餃子を取りだして席に着くまでには時間がかかったので、麺が少しのびてスープは醒めてしまったのです。もっと要領よく作らなければいけないと反省。

 美味しく昼を食べ終えたらまだ12時前だったので、眠たいけれど我慢してパソコンに向かう。でも12時半にはまた眠くなって1時間ほど昼寝をした。食べては眠り食べては眠りの連続なのです。昼の寝室の温度は13℃まで上がっていたけれど、冷たい風の影響でとても寒いのでした。女将のスポーツクラブの予約をするために、居間の部屋に行ったら林檎を剥いてくれた。今日は女将はスポーツクラブに行かない日なので、暇そうにしているから買い物に誘う。

 最近、週に一度はショッピングモールに出掛けるようになったのです。広い店内を歩くだけでも運動になると亭主は喜んでいる。いつ行っても混んでいるのは、暖かいので好い散歩になるからだろうと二人で話をしていた。店の入り口で近所の農家の小母さんに出会って挨拶を交わす。「蕎麦屋辞めちゃったんだね」と言われて「年を取ったからね」と応える亭主。売り場の途中まで話をして別れた。亭主は酒屋で黒伊佐錦を買い、捜していたモカのブレンドを買う。

 家に帰って亭主は午前中に買って帰った豚の肩ロースのブロックを煮込んでいたのです。30分ほど煮込んだら、女将がやって来て夕食の支度を始めたから、亭主は晩酌の準備をするのでした。スモークベーコンの切り身とキャベツのキムチで一杯飲み始めたのは5時過ぎ。5時半には鰤の照り焼きが出て、茶碗蒸しが出る。今日も美味しい夕食なのでした。明日もプールへ行く予定だから、今夜もゆっくりと眠りたいので、寒くなると言うから寝室の暖房を入れる。

 

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2026年2月上旬



2月1日 日曜日 寒い朝でしたが陽射しは暖かく…


 夕べは9時に床に入ろうと思ったけれど、書斎のパソコンが点けたままで、ブログが終わっていないのに気が付いて、慌てて最後の文章を打ち込むのでした。5時間近く眠った深夜に目が覚めてしまい、また悪い習慣でコーヒーを淹れて4時過ぎまで起きていたのです。7時前に目が覚めたけれどなかなか起きられずに、女将が食事の支度をしても手伝えなかった。こんな朝は食事が終わったらまた眠たくなって、ベッドに横になったらもうすぐに眠りに入る。

 朝の寒さも手伝って、次に目が覚めたのは10時半なのでした。今日はガソリンスタンドに行って灯油を買い、洗車をしてこようと思っていたから、車を出して灯油を買いに行く。洗車の機械は3台ほど並んでいたので、家に帰ってから自分で洗えば好いと思い、家に戻って昼の支度を始めるのでした。朝飯を食べてから動いていないので、お腹は空いていなかったけれど、女将の手前もあるから厨房に入って、五目あんかけの焼きそばを作りました。

 火口の左では、テフロンのフライパンに油を引いて焼きそばを炒め、右の鍋では、モヤシや白菜、肉など五目焼きそばの具材を炒めて、水を加えて白菜が柔らかくなるまで煮るのです。最後に水溶き片栗粉を入れてあんかけにする。焦げ目の付いた焼きそばを皿に載せたら、あんかけをかけて出来上がりです。硬くパリパリとする焼きそばが好みの女将に合わせて作っているから、亭主は焦げていない部分を沢山取り分けて食べるという具合なのでした。

 車の洗車なんか滅多にしない亭主なのですが、さすがにこの冬は乾燥している上に風も強かったので、近所の畑から土埃が飛んで車が埃だらけになっていたのです。もっと大変かと思ったけれど、水で流すだけで綺麗になったから助かった。午後は女将が買い物に行っている間に、久し振りにテレビを点けてマット・デーモンの主演した『グレート・ウォール』という映画をじっくり観るのでした。10年ほど前の米中合作の作品で、なかなか迫力がありました。

 4時を回って散歩に出掛けるにはちょっと遅すぎるので、また本を広げて読み始める。今日はほとんど歩いていないから、運動不足なのですが、女将は亭主があまりにも寝過ぎているのを心配している有様。本人はこんな日もあると諦めているから仕方がない。しかし、午前中にこれだけ寝てしまうと、一日が本当に短く感じられるのでした。4時半を過ぎたら、晩酌の用意をしてスナックをつまみながら一杯飲み始める。『ギリシア悲劇』も飽きてくるのです。

 食卓に夕飯のおかずが並ぶ5時過ぎには、向かいの森の木の枝の隙間から、ほぼ満月に近い次が昇って来ました。女将と二人で昇る月を見ながら夕食を食べるのもまたおつなものなのです。西の空はもっと明るく夕焼けが綺麗で、随分と日が長くなったと思うのでした。蕎麦屋の店舗だった居間のつくりを有り難く思う。明日はお袋様と買い物に出掛けて、「何を買ってこようか」と女将に尋ねれば、「魚は朝に食べる銀ダラで終わりです」と言うのでした。



2月2日 月曜日 ゆっくりと続けて睡れた寒い朝…

 夕べは眠る時間を1時間遅らせて10時に眠ってみたのです。そしたら朝の5時まで目覚めることなくぐっすりと眠れたから、何が好かったのか判らないのです。昼間ほとんど歩きもせずに、夜の酒も適量だったから、7時間睡眠が取れた理由は、日中の過ごし方からしか辿れない。居間の暖房を入れてコーヒーを淹れて飲む。月が西の空に輝いているのが、西側の窓から眺められる。東の空が明るみ始めるまで『ギリシア悲劇』の「ヒケディデス」の続きを読む。

 ストーリーの脈絡が辿れる台詞が多いと、面白く感じるのです。様々な名前が登場しても、もう気にしないで先に読み進むことが出来るようになった。6時過ぎに新聞を取りに玄関を出たときに、東の空の写真を撮ったけれど、まだまだ暗いのです。7時前に女将が厨房に立って、朝食の支度を始めたので、亭主も本を閉じて箸を出したり、小鉢を盛り付けたりと手伝いをするのでした。炊いたばかりのご飯は昼まで腹が減らないように少し多めに盛り付ける。

 今日は一日中晴れだという予報でしたが、朝の空には雲が多かった。好物の大根の酢の物と銀ダラで、美味しく朝食を食べ終えて、洗面と着替えを済ませたら、買い物に出るまでの時間をまた本を読んでいる亭主。老眼も気になるけれど、医者に行くまではどうしようもないのです。お袋様に話をすれば、彼女もメガネ屋に言ってメガネを作ってもらおうとしたら、先に眼科に言ってくださいと言われて、眼科で調べたら白内障と言われ手術をしたのでした。

 時間通りにお袋様を迎えに行けば、「今日は寒いね」と車に乗り込んできた。農産物直売所に着くと前のお客が苺を沢山買っていた。亭主も買おうと思ったけれど、小さなパックはなくなって、大きなパックの高いものしか残っていない。それでも根元まで真っ赤な苺を二パック買って一つはお袋様に上げるのでした。隣町のスーパーも寒さのせいか駐車場も車が空いていた。安売りの物以外は魚も値段が上がっている。今日はトンカツを二パック買って帰る。

 お袋様を家まで送って我が家に帰れば、今日も女将が玄関を出て荷物を取りに来てくれました。まだ10時だったので、亭主は本の続きを読んで時間を潰すのです。女将は散歩に出掛けて「今日は思ったほど寒くなかった」と言って帰って来る。風がないから陽射しの暖かさで寒くないと感じるのでしょう。11時前になったら亭主が厨房に入って昼の支度を始める。ブロッコリーを茹でてキャベツの線切りを作り、トンカツを切って、スパゲッティーを茹でるのです。

 美味しく昼飯を食べたら、眠くなったので亭主は奥の寝室でベッドに横になる。今朝は9℃まで冷え込んだこの部屋も、昼間は13℃まで室温が上がる。布団に入れば暖かいからすぐ眠くなるのです。起きたらプールへ行ければ一番好いと想いながら眠ったけれど、目覚めたのはもう2時過ぎで、すぐには動き出せないから困った。最近は昼寝の時間が随分と長くなってしまっているのです。仕方がないので、散歩だけはしようと靴を履いて通りに出るのでした。

 女将の言っていたとおり、午後の陽射しに照らされて風もないので暖かかった。みずき通りを下って短い距離を西の小径まで戻るコースを選び、途中、調整池の見える駐車場で景色を眺めるのです。身体は暖かくなったけれど、大した距離は稼げない。それでも動かないよりは好いだろうと、西の階段を昇って家の脇の小径に出るのでした。植えた野菜や花がひからびていたので、如雨露に水を汲んで3回ほど水道を往復した。早くホースをなおさなければ。

 玄関を入ればもう4時半を回っている。急いで厨房に入って、女将のリクエストの鍋焼きうどんを作るのでした。引っ越しで鍋焼きの鍋を捨てたのかと思っていたら、二つだけは取ってあったらしいので、それを出してもらって蕎麦汁を入れる。うどんを茹でて具材を載せ、最後に卵を入れて蓋をすればもう出来上がりなのでした。久し振りに食べる料理だから二人とも美味しいと言いながら、身体が暖まるのを喜ぶのでした。酒は飲まなかったけれど…。



2月3日 火曜日 眼科に行っても埒があかずに…

 夕べは9時半に床に就いて、朝の4時前に目が覚めた。6時間以上は眠ったことになるから、もう眠れないと諦めて居間の部屋で暖房を入れ、コーヒーを淹れて飲むのでした。昨日の晩に昆布と干し椎茸を鍋に入れて、水で出汁を取るばかりになっていたから、コンロの火を点けて出汁取りの作業に入ることにしました。これで5時までは時間が潰せるのです。一番出汁を取り終えて、400ccは茶碗蒸し用に取り分けて、かえしを加えて蕎麦汁を作っておく。

 二番出汁は3㍑の水で取り、取り終えたら容器の大中に入れる。それでもまだ5時過ぎだから、テーブルの椅子に座って『ギリシア悲劇』の続きを読むのでした。饒舌な台詞の応酬に引かれて読み進めば、何時の間にか第二巻を読み終えてしまう。書棚から第三巻を取り出せば、いよいよ次はソフォクレスの『オイディプス』から始まるのです。アイスキュロスの作品と並んで古代ギリシアの名作だから、これは楽しみだと読む気満々なのでした。

 女将が厨房に入ったので読書は終わり。亭主は新聞を取りに玄関を出て、箸を取りに厨房に行く。小鉢と味噌汁の豚汁をテーブルに運べば、後は女将が鰯の蒲焼きを持って席に着くのです。蒲焼きのタレが今日はしっかりととろみが出ていて美味しそうだった。豚汁は具が多すぎて汁が少ないから、煮物を食べているような感じなのでした。二人だけだと味噌汁も作るのが難しいらしい。今日は亭主が眼科に行くから、食後は急いで洗面と着替えを済ませるのです。

 20分前に眼科の前について、3番目に並んだけれど、いざ開院となると「予約の人が先になります」と言われて、結局、7番目になってしまった。目のいろいろな検査をして先生に見てもらえば、「誰でも年を取ると老眼になるから」と、近視用のメガネが合わないのだったら作り直せば好いと言われた。目の奥の検査もしてもらったけれど、白内障の傾向はあるけれど手術するほどではないと言うことでした。結局、目のぼやけは治らず終いで意味がなかった。

 昼の支度の時間になったから、厨房に入って昨日の残りのトンカツを処理することにして、葱と卵でカツとじにしてミニカツ丼を作ろうと思ったのです。女将も手伝いに来てくれて、煮物などの小鉢を用意してくれた。眼科の話をしたのだけれど、人ごとのように聞いて、彼女も老眼だから近くはメガネを外して見るのだと言う。亭主の場合は遠近両用のメガネでもぼやけ、眼鏡を外してもぼやけて文字が見えないから困っているのです。医者にもそれが判らない。

 いろいろとネットで調べてみると、どうももともと老眼なので文字はぼやけるけれど、続けて本を読みすぎて眼が疲れたのではないかという結論に達したのです。少し目を休めてシニア向けの目薬でも差しておけば好いだろうと考えた。メガネを作るとなると遠近両用だからかなり高価になるし、視力が安定していなくては検査をしても仕方がないのです。そう考えて近くの薬局まで車で行って、目的の目薬を買うのでした。しばらくはそれで様子を見ようと思う。

 散歩に行かずに夕刻になってしまい、今日も4時半を過ぎたら、晩酌の用意をする亭主。コンビニで買ったホルモンの煮込みは、最近よく買っている。柔らかくて歯ごたえのあるのが好いのですが、本当は塩味が好きなのです。「最近はテレビを見なくなったわね」と女将に言われて「やっぱり本を読む方が面白いから、テレビは煩くてしょうがない」と、目の調子を気にしながら応えるのでした。明日は午前中からプールへ行く予定で、今夜も早く寝ようと思う。


2月4日 水曜日 朝方の雲も何処かに消えて…

 眼科に通ったことも忘れて、目薬を差して少し調子が好くなったら、夕べは『オイディプス』の次の作品に読み進んだのです。なんと『ギリシア悲劇』では、次に『コロノスのオディブス』という作品が載っているのでした。両目を潰したかつてのオディプス王が、娘のアンティゴネーに伴われて異国をさまよう話で、初めて読んだから驚きなのでした。高校時代に先輩だった今の女将に勧められて観た映画が『アポロンの地獄』だったのを思い出したのです。

 9時に床に就いて5時に目覚めた今朝も、コーヒーを飲みながらこの続きを読むのでした。女将が厨房に入ったので、亭主も小鉢に入れる煮物を温め、苺を小皿に持ってテーブルに運ぶ。身欠き鰊画焼けて、ご飯と味噌汁とを運べば、朝食の用意は整った。今朝も美味しいご飯をいただくのです。食事を終えてお茶をもらった頃に、女将が現れて「今日は食後に眠らないの?」と言うのでした。寝れば眠れるけれど、夕べ8時間も寝たから今日は起きているのです。

 プールに行くまでの時間、また本を開いて続きを読むのでした。9時半になって女将に声をかけて玄関を出る。空は雲一つなく青空で、風がないので陽射しも暖かいのです。プールは休み明けだから混んでいたけれど、元気なお年寄りに混じって頑張って泳ぐ。15分だけ泳いだら、ひとコースが5人になったのでプールを出るのでした。帰りもどこにも寄らずに家に戻って、昼の支度を始めるのでした。今日は待ちに待った蕎麦だから、用意するのが楽しみです。

 タンパク質がないからと、先日作った煮豚を切って小松菜の茹でたのを付け合わせ、大根をおろして、蕎麦は蕎麦皿に盛り付けて、本格的に蕎麦を食べたのです。今日は寒くなかったから女将も美味しいと言って食べてくれました。食事を終えても亭主は昼寝をせずに、女将がスポーツクラブに出掛ける前に、隣町のスーパーに買い物に行く。今夜はアポガドとトマトと生ハムで料理を作り、いつもとは違ったメニューで食べてみようと思ったのです。

 夕食の材料と女将のメモに載っていた品物を買って、家に戻ればまだ3時前なのでした。食料品は冷蔵庫に入れて、まだ早すぎるからとテーブルに座って本の続きを読む。目の調子は目薬が効いているのかとても好いのです。『コロノスのオディブス』を読み終えたところで、4時前になったから厨房に入り、晩の支度を始めました。アボガドと生ハムをトマトと檸檬を添えて皿に盛り付けたら、真蛸をスライスしてキュウリに載せて皿に盛り付けたのです。

 まだ4時過ぎだったから、女将には用意は終わったことを伝え、亭主は晩酌の支度をして酒をなめるのでした。4時半になったら台所の片付けをしていた女将もやって来て、やっと夕食の時間となったのです。オードブルだけの夕食だったけれど、アボガトは女将の発案だったし、真蛸は女将も好きだったから何とか食べられた。最後にご飯はやはり納豆で食べた女将なのでしたが、あっさりとした食事に亭主も満足なのでした。夜が長そうなので心配です。


2月5日 木曜日 朝は霜が降りていたけれど昼は暖かく…

 昨日は朝のひと眠りも昼寝もしなかったのに、夜は11時まで起きて酒を飲んでいた。寒いから焼酎のお湯割りを飲んだら、目が覚めてしまってパンを焼いてバターで食べる。眠りは安らかに朝の6時までぐっすりと眠ることが出来て、朝食前にコーヒーを入れてプラゴミを集積場まで運ぶのでした。畑には白く霜が降りて、家の野菜や冬の花などはもう枯れそうなのです。今年は雨が降らないからかよほど乾燥しているようなのです。珍しく日の出の写真が撮れた。

 7時前に女将が厨房に入って、本を読んでいた亭主も小鉢を盛り付けたり、テーブルに皿を運んだりと手伝うのです。豚汁は里芋が甘くて美味しい。鮭も脂が乗っていてとても美味しいのでした。女将の朝ドラの時間に奥の寝室に入ってベッドに横になったら、ウトウトとして1時間ほど眠ったのだろうか。目覚めればもうプールへ行く時間なのでした。車に乗り込めば車外温度は4℃とかなり暖かい。みずき通りを下れば青空が広がっているのです。

 ロッカールームは空いていたけれど、10時近くになるとジムを終えた人たちが、風呂の空くのを待って並んでいる。間をかき分けるようにその先のプールへの入り口を出て階段を降りれば、今日は女性軍がまだ二人しかいなかった。亭主の後に小さな老人が並んで、入り口が開いたので、先に行かせて後からプールサイドに出る。シャワーを浴びたら小さな老人は真っ先にプールへ入って泳ぎ出す。いつも他の人がいるから泳げないのだと判って亭主は歩き出す。

 亭主が邪魔をしないと分かったからか、件の老人は今日はずっと泳ぎ続けていたのです。亭主はゆっくりと25m離れて泳ぎ出すから彼のストレスにはならない。追いついたら平泳ぎや背泳ぎに替えて距離を空けてやるのでした。帰りに地階のスーパーに寄って蕎麦や苺を買って帰ろうとしたら「こんにちは」と若い女性に声をかけられたので誰かと思ったら、前の家の近くに住む奥さんなのでした。蕎麦屋だった新居に越したことを話せば、納得した様子で笑う。

 家に帰って昼食の支度を始めれば、女将が奥の部屋から現れる。焼きそばを作るだけだから手伝いも要らないのだけれど、悪いと思ってか箸をテーブルにセットしてくれる。前の家の近所に済む奥さんに挨拶された話をすれば、昔から住んでいた人しか名前が出ないと言うので、二人とも年を取って物忘れが激しくなっていると感じた。やっと思い出して二人とも安心するのでした。午後は昼寝をせずに『アンティゴーネ』の劇を読み終えるのでした。次は第4巻。

 買い物に出掛けた女将が帰ってきたので、亭主は酒と煙草を買いに国道まで出る。帰り道、昔懐かしいハンバーガー屋がまだ潰れずに残っているのを改めて見るのでした。美味しいのは知っているけれど、今は食べたいと言う気にもならないから不思議なのです。国道を左折して幼稚園の前を通れば、もう我が家はすぐそこなのでした。女将が厨房に入って肉じゃがを作っている。夜は亭主が食べる冷凍モツ鍋を買ってきたので、女将は煮物を食べるのだと言う。

 4時を過ぎていたから、亭主は晩酌の用意をして、プールの帰りに買ったモツ鍋の冷凍を取り出してコンロにかける。焼酎と炭酸と氷を満たしたワイングラスを用意して、女将が蛸を切ってくれるのを待つ。今宵もすべて酒のつまみ。モツ鍋は初めてだからちょつと不安もあったけれど、ガスを点ければ自然と氷が溶けて鍋の様相を呈してきたのです。蛸をつまみながら煮えるのを待てば、水分が増えて鍋らしくなってきた。美味しさはともあれつまみにはなる。


2月6日 金曜日 昨日よりは暖かいけれど朝はまっ白な霜…

 夕べも10時半までは起きていたのだけれど、床に就いて眠ったら1時半には目が覚めてしまったのです。居間の部屋に行ってコーヒーを沸かして飲むのでしたが、どうして同じような条件でよく眠れないのか不思議でならないのです。4時頃にまた眠って7時まで眠って、頭はぼやけてしまう。窓の外を見れば隣の畑は霜で真っ白。今日は暖かくなると言っていたけれど、朝はやはり氷点下なのでした。朝食の支度が調って女将と二人で食べ始めるのです。

 朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、マイナンバーカードの申請のために、女将と替わるがわるにスマホで写真を撮る。光沢紙に印刷をして寸法通りに切れば出来上がりのはずでしたが、プリンターのインクがなくなって途中で止めなければいけなかった。プールへ行く時間があったから、インクを買いに行く暇はないのでまた次の機会にすることにしたのです。今日もロッカールームは風呂待ちの人たちが沢山いて、水着に着替えて空いたスペースで待つ。

 今日もぴったり1時間かけて駐車場を出て、家に帰って昼食の支度を始めるのでした。暖かいから今日は蕎麦と決めて、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。シマダヤの杵つき蕎麦は、冷凍麺でもかなり美味しいから、今日も亭主は二人分を食べて腹が一杯になった。12時過ぎに女将がスポーツクラブに出掛けて、亭主はまだ腹の具合が落ち着かずに昼寝をすることも出来ないのでした。今のうちにと午前中の写真を取り込んで、こうしてブログを書いておくのです。

 たらふく食べた昼の後は、一挙に眠気が襲ってきました。何とかブログを切り上げて、女将がスポーツクラブに出掛けるのを見送って、奥の寝室でベットに横になる。13℃だったから暖房を入れて、布団に潜り込めばすぐに眠りに就くのでした。3時前に目覚めて居間の部屋でコーヒーを入れて飲んでいるうちに、女将が帰ってきていよいよ今日は味噌造りの前日だから、京成佐倉の駅前にあるミレニアムセンターまで出掛けて、明日の準備をしなければならない。

 車のエンジンをかけて、隣の畑に出て夕陽が沈むのを眺めていました。6時集合とかで週末の夕刻は国道が混むと思ったので、空いていれば20分で着くところを40分前に家を出るのでした。暗くなると視力が下がるので道路も見にくいから、慎重に運転して行くのです。6時10分前に目的地に着いて、駐車場に車を止めて係の小父さんと話をしていました。今日は朝の6時から夜の9時まで勤務なのだとか。6時過ぎに主催者と豆の業者がやって来て荷物を運ぶ。

 調理室の鍵が開いたら、早速、豆を洗う作業を始めます。今年は人数を少なくして、5組だけの準備をすれば好かった。これを今までは、有志が来て全部用意してくれていたのですが、皆さん年を取って大変になったから、参加者が各自来て豆を洗ったり、水に浸けたりの作業をすることになったのです。1時間ほどで作業を終えて女将と二人で帰ることが出来ました。帰りに隣町のスーパーに寄って、夜のご飯や苺や蜜柑を買って家に戻るのでした。



2月7日 土曜日 味噌造り当日朝から雪の降りそうな空模様で…

 夕べは11時に床に就いて今朝は6時に目覚める。7時間の睡眠だから十分なはずだけれど、寒さのせいか身体が今ひとつ目覚めていないのです。いつもより早めに朝食を食べて、味噌造りに行く準備をするのでした。昨日の残り物の天麩羅を食べたのが良くなかったのか、お腹の具合がいつまで経っても良くならないから困った。女将が朝ドラを見終えたら家を出て、9時から始まる味噌造りに間に合うように、雪曇りの空の下を国道を走るのでした。

 珍しく時間通りに主催者の女性が現れて、今日は息子さんに送ってもらったという。昨日のうちに豆を浸けておいたから、早速、圧力鍋で煮るのです。10kgを作るのは亭主のところとあとひと組だけで、残りの人たちは皆5kgを作るのだという。10kgだと圧力鍋で6回に分けて煮なければならないので大変。女将に言わせると亭主が蕎麦屋で蕎麦豆腐を造っていた頃は、味噌ダレを作っていたから、ちょうど1年でなくなる分量だったのだとか。

 蕎麦屋を辞めて半年になるけれど、まだ去年作った10kgの味噌は冷蔵庫に残っていると言う。年も取ってきたことだし、力も要ることだから、来年は5kgをお願いすることにしようと、意見が一致したのです。今年は5組の8人の人数だったから、煮えた豆を挽くために並ばなくて好いので、割と早く進んだのです。挽いた豆はパットに入れて外で干し乾かすのですが、今日は雪がちらついてきたので、窓辺に干して冷ます。女将が窓辺で挽いた豆を裏返している。

 溜まった豆は麹と混ぜて滑らかになるまで捏ねるのだけれど、亭主は途中で疲れて女将と交替。昼食の時間になって、有志が豚汁やデザートを作ってきてくれた。それを戴きながら家で女将が作ったおにぎりを食べる。早めに食事を切り上げて、豆を挽く作業にかかるけれど、全員が作業終えて片付けに入っても、亭主と女将はまだ終わらないのでした。やっと10kgを入れるタッパに、豆と麹を詰めたところで塩を入れていないのに気が付いたから大変なのでした。

 仕方がないから、家で塩を入れてもう一度捏ねることにして、代金を支払って家に向かう。同じ団地の方がいらっしたから、車に乗せて差し上げる。息子のサッカー友だちのお母さんなのでした。ご主人は今夜は友人との飲み会でいないので、帰って一人で冷凍の鍋焼きうどんを食べるのだとか。外は雪が降りしきる寒さで、今夜は積もると思われるのです。やっと家に帰ってひと休みをしたら、早速、女将と二人で豆と麹に塩を混ぜる作業を開始するのでした。

 今日の参加者の皆さんは全員私たち夫婦よりも年上らしく、優しく手伝ってくれた男性も80歳を越えていると言うのでした。でも、皆さんかなりお元気で、亭主と女将はその元気に気押されそうだったのです。それでも自分で味噌を造ろうという気になるから凄いのです。やっと家での作業を終えてタッパウェアに味噌を詰め、寒い廊下に置いておくことにしました。8ヶ月かけて完成なのです。夜は鰯の蒲焼きと茶碗蒸しにして身体を温めるのでした。



2月8日 日曜日 久々に深い雪の朝を迎えて言うことなし…

 昨日は味噌造りで朝から晩まで働きづくめだったから、疲れて9時にはもう床に就いてしまいました。ところが、習慣とは恐ろしいもので、4時間も寝ないうちにすっかり目が覚めてしまい、居間の部屋へ行ってコーヒーを入れて飲むのでした。雪が気になっていたから、窓のブラインドを少し開けて外を見れば、降ってる降ってる朝までには真っ白な雪景色になっていそうなのです。3時にはまたベッドに戻って朝までぐっすりと眠るのでした。

 新聞を取りに玄関を出れば、遠く森の木々から駐車場の車まで、久し振りに見る白銀の世界。今日の選挙には出掛けられないと思ったのです。女将が起き出して来て厨房に入るのですが、心持ちいつもより遅いのです。日曜日だしすることもないから、箸や小鉢をテーブルに運んで苺を小さな皿に盛って、鰯の蒲焼きが出来るのを待つのでした。最後に味噌汁が出て、今朝も美味しい食事を戴けたのでした。暖房を入れているのになかなか室温が上がらない。

 食事を終えても着替えることをせず、ジャージの上にセーターや上着を着込んで、レッグウォーマーまで付けて寒さを凌ぐのです。西の畑も雪が積もって真っ白で、時折、大粒の雪に変わって激しく降っている。前のバス通りも日曜日だから車も少なく、白く凍って大変な雪の日になりそうなのでした。ブログを書いているこの書斎も、室温が16℃までしか上がらず、灯油を買っておいて好かった。石油ストーブを点けて暖まることにしたのです。

 昼近くになっても雪は一向に止みそうになく、玄関の軒下なのに舞い飛んでくる雪が、長椅子の上に積もってその上に鳥の足跡が。しばらくここで雪を眺めていたのだろうか。午後になって雪が止んだら、駐車場や車の雪をどかしておこうかと思うのですが、この勢いでは止みそうにない。テレビのデジタル放送では、佐倉地方は午後6時まで大雪警戒の表示が出ているのでした。お袋様に電話をすれば、これじゃ選挙も行けないし、明日の買い物も危ないと言う。

 女将に「昼は何にしようか」と尋ねたら、「動かないからお腹も空かない」と言うので、簡単に温かいうどんにすることにした。肉も入れずに揚げと蒲鉾だけで、亭主は餅を一つ入れて食べた。雪はまったく止む気配もなく、どんどん降り続けているから大変なのでした。暖かい昼食を食べて身体は暖まったけれど、居間の部屋は18℃までしか温度が上がらない。『ギリシア神話』と美術文庫デューラーの巻を取り出して、替わる替わる読み始める亭主なのでした。

 しばらくすると眠気に襲われ、奥の寝室に入って午後の昼寝をするのでしたが、寝室の温度は10℃で冷蔵庫の中の寒さなのでした。着物を着たままで布団にくるまり、じっとしていたら何時の間にか眠っていた。1時間ほど眠ったら女将のスポーツクラブの予約があるからと起き出したのですが、二週間後の月曜日は休日だから、今日は予約が必要ないと言われていたのを思い出して、午後の紅茶を淹れて飲むのでした。外は雪が凄いことになっている。

 午後には止むと思っていたのが、大粒の雪が大量に降っているといった具合で、時折、風で吹雪のように斜めに降っているのです。紅茶を飲みながら『ギリシア悲劇』の『アイアース』の続きを読み始めました。長く文字を見つめていると眼が疲れるので、数ページ進んでは休むという状態で読み進めるのです。外は何時の間にか陽が差して束の間の青空が覗いた。駐車場の歩く部分だけ雪かきをしたら、軽い雪で凍りそうにないからひと安心なのでした。

 一日中、亭主も女将も外に出なかったからと、夕食はごく軽めにししゃもを焼いて湯豆腐とホウレン草のお浸しを食べる。相撲トーナメントとか言う番組をテレビでやっていたので、二人で見ながら美味しく夕食を食べたのです。明日の朝の様子を見ないと判らないけれど、道路には雪がなくても歩道には除雪していないところは残るはずだから、女将のスポーツクラブは車で送って行くことにしたのです。お袋様との買い物はスーパーの駐車場がどうなっているか心配だけれど、なんとか行けそうなのでした。


2月9日 月曜日 寝室の温度が7.5℃になった寒い朝…

 夕べは9時前に眠気に耐えられず床に入ったのです。風呂に入って暖まった身体が眠気を誘うらしい。ところが夜中の12時前に目が覚めて、しばらく居間の部屋の石油ストーブで暖まりながら、選挙速報を見ていたのです。選挙には行けなかったけれど、予想された結果が出てひと安心なのでした。3時前に再び床に入って朝の7時まで眠ったのです。外は明るく青空が広がって陽射しが眩しいのでした。風は相当に冷たいけれど、雪の次の日だからしようがない。

 朝食前に燃えるゴミの袋を持って、階段の下の集積場に行けば、西の小径も昨日は選挙もあって随分人が通ったらしく、降り積もった雪の影響が少なかった。あれだけ激しく降ったのに、空気が乾燥していたからか、軽い雪が凍っても薄い膜になって広がっているようなのでした。朝食には最後の魚の銀ダラの煮付けが出て、軽くてちょうど好い量なので美味しく戴いた。豚汁の味噌味も、新しい去年の味噌をやっと使い始めたそうで、美味しい出来なのでした。

 お袋様に電話をして、「これなら今日は買い物に行けそうだ」と言えば、ほっとしたように「じゃあ支度をしておくから」と言って電話を切るのでした。昨日あれだけ雪が降ったのに、通る道々は歩道までもう雪が溶けているのでした。やはり、雪が軽いからふわっと積もっただけで、あまり降り固まらなかったのかも知れない。空はいつもより青いような気がするのでした。農産物直売所も駐車場の雪が心配だったけれど、綺麗に除雪されて雪がなかったのです。

 雪の降った次の日だから、畑の野菜が取れないからだろうか、今日は野菜がまったく入荷していなかった。仕方がないので苺と売れ残ったらしいホウレン草だけもらって、隣町のスーパーに出掛けるのでした。こちらも心配していた駐車場の雪はなく、綺麗に乾いていたのだけれど、いつものように車は入っていないのでした。たぶん雪を心配してお客が来るのが遅いのでしょう。女将のメモを見ながらポリ袋二袋で6000円ほど品物を買って、家に帰るのでした。

 昨日の選挙結果をニュースでやっているかとテレビを点ければ、もう普通の番組になっているから驚いた。今朝は新聞も随分と薄いのでした。昼の支度を始めて食材を調理台に並べたら、鍋に湯を沸かして、中華鍋で炒めた食材に水を入れて煮ていく。その間にラーメンの器を棚から取り出しておく。麺を入れて茹でている間に、煮立った中華鍋には水溶き片栗粉を入れて、とろみを付けるのです。約10分ほどで熱々の五目あんかけ湯麺の出来上がりです

 午後は少し眠りたかったけれど、プリンターのインクを買いにショッピングモールの大型電気店まで車を走らせた。黒のインクがなかったから、買って帰ったのだけれどプリンターに装着してみたところ、規格が合わないという表示が出てしまうのでした。381番を買うところを331番のインクを買ったらしく、同じ大きさでインクがセットされても動かないことが判ったのです。青のインクもなくなっていたから、家にあった物を取り替えて何とか印刷が出来た。

 マイナンバーカードの申請書に張るための写真を印刷する必要があったのです。やっと女将と二人で申請書を書き終えて、後は投函するだけになりました。住所変更が終わらないと申請できなかったのです。午後には隣の畑の雪もだいぶ溶けて、昨日の大雪が嘘のようなのでした。女将も歩いてスポーツクラブに出掛けることが出来たのです。亭主は昼寝をすることも出来ずに、今日も朝から眠っていない。コーヒーを飲んでチョコレートを食べて目を覚ます。

 月曜日は女将が帰ってくるのが少し遅いから、使いにくそうな食器棚を少し下げてやったり、使わない食器を高い戸棚に移したりして、少しでも片付けやすいようにしたつもり。キッチンの下の物入れにも沢山の使わない鍋が入っているから、次の機会にはここを整理してやろうと思う。夜の支度が始まって、女将が茶碗蒸しのギンナンを剥いている間に、亭主は隣でアボガドとスモークサーモンでサラダを作る。真蛸を切って皿に盛り、高野豆腐の煮物を盛り付けてテーブルに運ぶ。湯を沸かして今夜も焼酎のお湯割りを作る。

 

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2026年1月下旬



1月20日 火曜日 夜の9時に床に就く日が続いている…

 今朝は女将に起こされて目が覚めた。駐車場に停めた車の窓ガラスが白く凍っていました。夕べまとめた紙ゴミを白の袋に入れて、三つも抱えて集積場まで持って行ったのです。ちょうど家々の屋根の間から朝日が見えて、今日も晴れると思えたのでした。家に戻ればもう朝ご飯の支度が調っていて、今朝は何も手伝うことが出来なかった。朝食には、夕べの鍋物が汁代わりに出て、大根とリブロースを煮込んだのがひと皿、ホウレン草と納豆に苺が付いたのです。

 食事を終えてお茶をもらったけれど、女将の朝ドラが始まる前に亭主はコーヒーを淹れてくる。ゆっくりと朝の一服を楽しみたかったのです。夕べも9時にはもう眠くなって、眠気に逆らわずに床に就いたけれど、やはり夜中の2時前には目が覚めてしまう。朝まで目が覚めずに眠れたのは、確か先週、午後からプールで泳いだ日ぐらいなのです。まったくうまく眠るというのは難しい。同じ条件でもすぐに目が覚める日もあれば、4時間で起きてしまう日もある。

 女将なども暑くて眠れない夜もあるけれど、寒さで目が覚める日もあるようなのです。彼女は昼間のスポーツクラブの時間が一つの目印になっている。その時間に合わせて他の仕事を済ませたり出来るのです。亭主は昼の支度の時間は決まっているけれど、後は制約を受けないし、やらなければいけないという仕事もないから、あまり細かく気にしていない。だから、夜の9時に眠って夜中に起きても、また寝れば好いぐらいに考えているのでした。

 昼飯前に二人で銀行に行って、預金の移し替えを済ませて来る。一日一度しか限度額までの振り込みは出来ないから、後は記帳して終わりなのです。その仕組みを思い出すまでにいつも二、三日はかかるから、年は取りたくないもの。昨日、警察の人につかまった場所をよく見てみたら、横断歩道の手前にコンクリートの電信柱があった。その影に立っていた人が見えなかったのかも知れないと、自分の不注意に今更ながら腹立たしく思うのでした。

 家に戻って厨房に入り、昼食の五目あんかけ焼きそばの支度をする。焼きそばは女将が堅焼き蕎麦が好きなので、別鍋で油で焼いておきます。中華鍋で具材を炒め、水を加えて白菜が柔らかくなるまで十分に煮る。塩と鶏ガラスープの素で味つけして、水溶き片栗粉を少しずつ加えていけばとろみは出来るのです。これを焼きそばの上にかければ、今日の昼飯の出来上がり。ソース焼きそばよりは少し昼飯という気がする。食べ終われば身体が暖まるのでした。

 昼食を終えてお茶をもらったら、女将は書道で部屋に籠もるのです。亭主はひと眠りしようと奥の寝室に入るけれども、今日はベッドに横になっても眠くならないから不思議なのです。満腹の度合いが低いのか、いつもなら心地よく眠りに入るのに何故か眠れない。仕方がないから起き出して、厨房に入って大根を切って下茹でをする。2cm幅で輪切りにして、半分に切って更に切れ目を入れる。夜のおでんの分とヤリイカとの煮物の分を茹でておくのでした。

 外は時間が早いのに暗くなって、風も出て来たようです。女将のスポーツクラブの予約を取ったら、今度はイカの足を取って腸を抜く。骨まで取って、小さなヤリイカだからそのまま輪切りにして、300ccの水に味醂と砂糖と酒を大さじ2:1:1で入れ、大根とイカを入れてイカに火が通ったら醤油大さじ2を加える。大根は下茹でをしてあるから火を止めて、また後で5分ほど温める。女将がやって来て、いよいよおでんの具材を鍋に入れ始めた。

 外が暗いからもう遅い時間なのかと思ったら、まだ3時前だったから散歩に出ないといけないと口にすれば、女将も「それが良いわね」というので、靴を履いて玄関を出た。外に出て手袋をしてこなくて失敗したと思うほど風が冷たかったのです。引き返すのも面倒だったから、そのまま西の小径の階段を降りて、今日は二つ目の坂を下って公園に出た。そのまま真っ直ぐ歩いて調整池を回るコースを行けば、冷たい風が吹き抜けるので早足で歩くのでした。

 家に帰ってもまだ4時前で寒い中での3000歩の散歩でも、結構、身体は暖まった。早々と晩酌の用意をして、午後に作ったイカと大根の煮物を小鉢に盛って、テーブルに運ぶのです。女将はやっとおでんの準備をし始めて、亭主は取り皿と辛子をもって準備を手伝うのでした。鍋敷きを用意して後は鍋の運ばれるのを待つだけ。腹も減っていたので、写真を撮るのも忘れて食べ始めてしまったから、今夜は夕食の写真はないのです。里芋も入って美味しかった。


1月21日 水曜日 大寒の日が過ぎたら急に寒さが厳しく…

 朝の6時半を過ぎた空は暗く、陽が出ないとこんなにも暗いのかと思う。予報では、このあと9時頃からは晴れに変わるというけれど、この寒さは一日中続くらしい。夕べは女将に「寒くなるらしいから寝室の雨戸を閉めた方が好いんじゃない?」と二回も言われ、面倒だけれど夜になって閉めて寝たら、今朝方の温度は12℃といつもより2℃ほど高かったから、やはり効果があったのです。お蔭で夕べ9時前に床に入って、今朝は4時半過ぎまで眠れたのでした。

 今日の朝飯は昨夜のおでんの残りにはんぺんなどを入れた簡単なものでしたが、寒い朝に熱いおでんは最高なのです。大根やちくわぶなどは煮崩れてしまうほど柔らかく、亭主の好きな蒟蒻も里芋も入って満足な味わいでした。食べた後で満足したという気持ちが、食後のひと眠りを誘うようで、夕べは7時間以上も眠ったのに、また眠くなるのです。目覚めれば9時で、もうプールへ行く支度をしなければいけないのでした。車外温度は3℃と寒い朝なのです。

 曇っていた空も少しは薄陽が差したけれど、駐車場から建物の中に入るまでは寒くて、首をすくめて歩くのでした。寒さのせいかプールは空いていて、ひとコースに二人ほどしか泳いでいなかった。準備運動を済ませてシャワーを浴びたら、初心者コースの隣のゆっくり泳ぐコースに入って、平泳ぎとクロールを交互に泳ぎ続ける女性の後から泳ぎ始めた。亭主のスピードと変わらないのでとても泳ぎやすかったのです。20分ほど泳いだらもうプールを出る。

 家に帰れば11時前で、ちょうど昼食の支度を始める時間なのでした。白菜、モヤシ、ニンジンに肉やイカ、海老と木耳、鶉の卵、ヤングコーンを入れて炒めたら、水を入れて白菜が柔らかくなるまで煮込む。隣の火口では水を張った大鍋を沸かして、ラーメンを茹でて、中華鍋には水溶き片栗粉を流し込んでいくのです。15分ほどで五目あんかけ湯麺が出来上がり、女将と二人で食べたら、身体が芯から暖まるのでした。着ていたセーターも脱いでお茶をもらう。

 暖まって腹が一杯になるとやはり眠くなる。今日は朝のひと眠りもしたから十分睡眠は足りているはずなのに、奥の寝室が雨戸を開けていなかったから、ベッドに横になるとすぐに眠りに就いたのでした。寒い一日だったから寝床の温もりが部屋の暗さと相俟って、ゆっくりと昼寝をしてしまうのでした。目覚めれば女将がもうスポーツクラブから帰っていて、「よくそんなに眠れるわね」と呆れていた。お蔭で一日がとても短く感じられるのです。

 散歩に出掛けようにも、もう直ぐ大相撲の幕の内戦が始まってしまう。見たい力士の取り組みは始まってすぐの筈だから、家の外に出て、近くの写真を撮っただけなのでした。空は晴れて雲も少なくなってきた。夕陽が綺麗に見えるのでした。駐車場に車を停めた我が家の風景もだいぶ見慣れてきた。女将が今日は随分と早くから厨房に立っている。残り物ばかりだけれど、亭主の作っておいたイカと大根の煮物がやっと日の目を見る。チーズ揚げが出て晩酌の時。

 この後〆でおでんの残り物が出るから、また腹が一杯に鳴ってしまう。風呂の時間まで起きていられるだろうかと、ブログを書くことにしたのです。夜のテレビは何も面白い物がないから、最近はギリシア神話や絵画文庫の第一巻からもう一度読み直してみようと、居間の椅子に座ってしみじみと読み始める。小さな字が見えづらくなったので、ちょっと敬遠していたのですが、読もうと思えば何とか読める。ジオットの絵もプロメテウスの話もなかなか興味深い。


1月22日 木曜日 前の畑が霰で真っ白な朝…

 氷点下5℃まで下がった今朝の畑は、一面に霰が積もっていた。夜中に雪が降るような予報だったけれど、更に寒くなったのか。プラゴミの袋を集積場まで運んで、霰の降った畑に近づいて見れば、硬い白の粒々が、そのまま粗目のように降り積もっているのでした。夕べは10時まで頑張って起きていたのに、眠ってみれば2時前には目が覚めてしまう。やはり昼にあまりにもよく眠ったので、夜の睡眠に影響が出たのです。明け方にもう一度眠ってもまだ眠い。

 朝食の支度が調って、亭主はテーブルに箸や小鉢や味噌汁、ご飯まで運び、女将と一緒に朝食の席に着くのでした。カレーの残りは薄く溶いてご飯にかけて食べる。これだけでも一膳は食べられそうでしたが、他のおかずも食べて豚汁も飲む。食事を終えてお茶をもらったら、亭主は奥の寝室に行って朝の眠りの続きをするのです。10時前に目覚めて、プールには行けないことが判っていたから、車でコンビニに行って、また銀行への振り込みをするのでした。

 家に帰ればもう昼の支度をしなければいけない時間で、冷蔵庫に残っている食材で、天麩羅を揚げて蕎麦を茹でる。寒い寒いと言っていた女将には、温かい汁で亭主は冷たい汁でそれぞれ食べるのです。隣町で買った冷凍蕎麦は、色が白いから少しは好いかなと思ったけれど、最初はツルツルの食感で二人分食べると、どうしても粉っぽさが気になるのでした。小麦粉が多すぎるのです。やはり、一番はシマダヤの白い冷凍蕎麦なのです。次はそれを買ってこよう。

 天麩羅と二人分の蕎麦を食べたから、腹は一杯になった。今度は苦しくなって奥の寝室に入ってベッドに横になれば、また眠くなって2時間近くも眠ってしまうのでした。昨日の生活時間がそのまま習慣づけられているから怖い。女将のスポーツクラブの予約の時刻に起こされて、居間の部屋に戻れば林檎が剥いてあって、女将のスマホが置かれている。10分前から時計を見ながら、一番で好い席を取ろうと待ち構えている亭主。この10分がやけに長く感じる。

 昼寝の後の午後の予定は、午前中に行けなかったプールへ行くことなのでした。いつになく立体駐車場は満杯で、一つ上の階まで昇らなければならないかった。ロッカールームでは80歳半ばと言う老人達が大声で話をしていた。「コロナで会話が出来ないときには、俺はもう呆けるんじゃないかと思った」とか、「人間いつかは死ぬんだから、金を持っていてもしょうがない」などと好き放題に話していた。プールは空いていたけれど、15分泳いだら家に帰って来た。

 急に暖かい部屋に入ったせいか、眠気に襲われたけれど夕飯前に寝てしまうわけにはいかない。上着も着ないで寒い外に出て夕陽の写真を撮ってくる。大相撲の取り組みも気になるところなのです。4時半を過ぎてからは、小鉢をテーブルに運びながら、テレビを見る亭主。晩酌の用意も調って、グラスに氷を入れたら焼酎と炭酸を注ぐ。小鉢はホルモンの煮込みとイカと大根の煮込み、そしてサツマイモと刻み昆布の煮付け。全部消化が良いものばかりなのです。

 メインのおかずは豚肉とホウレン草の常夜鍋だったけれど、亭主はその前にもう腹が一杯になってしまう。折角、作ってくれたのだからと少しだけ食べて大相撲の終盤戦を観るのでした。横綱二人が三敗となって、ウクライナ出身の若手力士が一番の勝ち星で終わるのでしたが、あと三日だからここからがまた面白い。明日は朝からマイナス7℃とこの冬一番の冷え込みらしい。病院に薬をもらいに行く順番も5番と早いから、明日もプールは午後になりそうです。


1月23日 金曜日 -7℃まで気温の下がった朝だけれど…

 夕べも9時には床に就いて、このところの早寝の記録を更新している。でも、やはり夜中に目が覚めて、何度か起き出して居間に行くけれど、やはり眠たいのでまた床に入るのでした。結局、朝の7時まで眠ったから、早く寝ることは悪い事ではないのです。1時過ぎに眠るときにゆるい靴下を履いて、ゆったりとしたセーターを着込んだのが好かったのかも知れない。朝食はベーコンエッグとお新香で、納豆が付いたけれど食べきれなかったのです。

 朝の居間には陽が差して、夕べ読んだギリシア悲劇の本がテーブルの上に置かれたままになっている。一日3ページほどだけれど、神々の名前が複雑すぎて理解できない。プロメテウスの言葉だけを追いかけて読み進んでいるのです。8時半になったら病院に行く準備をして、まだ車が入っていない駐車場に一番で乗り付け、受付の開くのを待つのでした。徒歩できた老人達が日向で待っている。受付番号が5番というのは初めてなので、あまりに早いので驚いた。

 血圧を測ってもらったら、124だったから良好。隣の薬局に処方箋を持って行き、薬をもらって家に帰れば、まだ9時半前なのでした。『これならプールに行ける』と考えて、プールの支度を始めれば、まだ大きなバスタオルが乾いていなかった。女将が新しいバスタオルを出してくれて、無事に出掛けることが出来たのです。連絡通路のある3階の駐車場に何とか停められて、まだ開店準備中の店の間を通ってエスカレーターに乗る。プールにも間に合って入る。

 15分ぐらい泳いで、コースの人数が増えてきたらもうプールを出る亭主。ゆっくりマイペースで泳げないと逆にストレスになるからです。帰りに地階のスーパーに寄って、苺や伸ばし海老、食用油や冷凍の蕎麦などを買って、家に帰るのでした。女将も散歩から帰って厨房の洗い物を片付けていた。昼はスパゲッティーカルボナーラで、今日はコーンスープに苺まで付いて、なかなかのご馳走なのでした。食べ終えてお茶をもらったら、ブログを書いて昼寝タイム。

 昼寝から目覚めた午後は、テレビでカリブ海の海賊の洋画を一本観たら、女将がスポーツクラブから帰って来た。林檎を剥いてもらってお腹に溜まったので、3時過ぎから近所へ散歩に出るのです。昼近くまで車の車外温度計は-1℃を表示したままだったけれど、風がないと随分と暖かく感じるのです。今週は早く寝ているから、晩酌で吞む酒の量が少なかったらしく、金曜日にもまだ酒を買わずに飲めるのは、好い兆しなのかも知れない。

 みずき通りを夕陽に向かって下って行けば、ずっと陽の当たる場所だから暖かい。道路がカーブを描いて陽が翳る手前で公園の方角に曲がって、今度は陽の当たる長い坂道を登っていくのです。突き当たりが我が家のある台地の一番高い所だから、西の小径の階段を昇って家に辿り着くというわけです。4時前に女将は厨房に入ってテレビを点けている。今日の相撲は面白いからと言っていたので、興味津々なのでしょう。亭主もそろそろ晩酌の支度をしなければ。



1月24日 土曜日 今朝は-5℃の寒さだと言うけれど…

 午前6時半の東の空は、雲一つない晴天のようです。夕べも9時前に床に就いて、途中で1時間ほど起きてしまったけれど、朝の5時までまた眠ったから、睡眠は十分なのでした。やはり、早く寝た方が沢山の睡眠時間を取れるのです。早く起き出した暇な時間は、出汁取りをして小一時間を過ごす。一番出汁を取って茶碗蒸し用に400ccだけ取ったら、残り1000ccの一番出汁に返しを300cc加えて、蕎麦汁を作っておきます。二番出汁は容器に入れて保存します。

 朝食は鮭と豚汁に小鉢二つ。そして、苺が付いた。冬の季節の食材ばかりで、ニンジンも甘くて美味しいのでした。お茶をもらって一休みしていると、部屋の温度が13度だったので石油ストーブを点けていたから、身体が温まってくるに従って、眠気が襲ってきた。駐車場に停めてある車のフロントガラスがびっしりと凍っている。とても寒い朝なのでした。雨戸を閉めたままの奥の寝室は14℃で、ベッドに横になるとすぐに眠りに落ちるのでした。

 目が覚めたらもう9時過ぎで、今日もプールへ行こうと決めていたので急いで準備をする。9時半過ぎに家を出て立体駐車場に入ったのは好いけれど、3階部分はもう満車という表示が出ていた。仕方がないので4階まで車を走らせ、エレベーターで連絡通路のある3階まで降りる。連絡通路から建物に入るまでがとても寒いビル風が吹くのです。着替えを済ませてプールに降りれば、一番でシャワーを浴びられた。子ども達の水泳教室の脇で2コースだけ使えた。

 帰りに地階のスーパーに寄って、鶉の卵やキクラゲを買って、ついでに牛乳や肩ロースのブロックを買う。女将にたまには大きな苺をと思って、一粒100円もする苺を買って帰るのでした。家に帰ればちょうど昼の支度を始める時間で、食材を調理台に並べてフライパンと中華鍋を用意する。今日は五目中華焼きそばのあんかけを作るのでした。二つの鍋に油を引いて、フライパンでは蒸し焼き蕎麦を焦げるまで焼き、中華鍋では野菜や海老、イカなどを入れて煮る。

 昼が終わって身体が温まったら、また眠くなるからどうしようもない。1時間ほど眠っている間に女将は買い物に出掛けたらしい。テレビを点けるよりも読み始めた『ギリシア悲劇』のページをめくる。もう10年以上も書物を開かなくなったのに、蕎麦屋を止めて暇になったら、やはり戻るべき所に戻るのか。今日は視力が良いはずの右目の具合が悪く、文字がぼやけてしまうけれどその分左目がよく見えて、何とか文字を追えるのでした。しばらく読んでは休む。

 向かいのサツマイモ農園は今日はテレビの撮影か何かで、沢山の人が集まっていた。酒を買いに出た亭主は、家に戻って夕食の支度を始めた女将を手伝って、箸や小鉢をテーブルに運び、メインは湯豆腐だからあっさり系で嬉しいのでした。大相撲もいよいよ大詰めで、横綱は強かったので、明日は楽しみな対決が観られそうなのでした。明日はやはりプールへ行くのだろうか。月・火と二日プールには行けないから、泳いでおいた方が好いことは間違いない。


1月25日 日曜日 寒さは続くし春はまだ遠い…

 夕べは9時に床に就いて、今朝は4時半に目が覚めました。かなり健康に良い睡眠を取ったような気がして、浅い眠りの中で見た夢を思い出していました。最近は、ほとんど人と交わることのない亭主なのに、大勢の友人達がいる中に彼女の姿を見つけるといったパターンの内容が多いのです。コーヒーを淹れたら、居間の部屋でテレビも点けずに『ギリシア悲劇』の本のページをめくる。6時になって新聞を取りに玄関を出れば、空はまだ薄暗いのでした。

 女将が最初に起きてくるのは6時過ぎで「お早うございます」と言ってお湯を沸かして茶碗に入れてまた奥の部屋に戻る。亭主はストーブを点けて身体を暖めるのです。7時前になったらご飯の準備が始まるので、亭主は小鉢を盛り付けてレンジで温める。ご飯をよそって豚汁とともにテーブルに運んだら、煮魚の銀ダラが出来上がるのでした。苺を小皿に載せてテーブルに運べば、今日もまた二人の朝食が始まります。すべて美味しく頂けるのが嬉しい。

 昨日は夜になって何度も電話がかかって来た。最後に出た電話で「○○先生ですね。○○ですけれど」と聞き覚えのある女性の名前が告げれて、昔の教え子だったけれど、友人達と先生のお蕎麦屋さんに行きたいと思うのですがと言うのでした。去年の夏に蕎麦屋は辞めたと言う話をすれば、とても残念がっていたので申し訳なく思うのでした。子育ても終わって自分の時間が持てる年齢になったのでしょう。元気で暮らしてくださいとお互いに言い合って別れる。

 洗面と着替えを済ませたら、昨日決めたプールにまた出掛ける支度をして、車に乗り込むのでした。車外温度は2℃と昨日よりは暖かいけれど、外は冷たい風が吹いているのです。日曜日は子ども達の水泳教室が4コースもプールを使うので、一般の人は歩くコースと泳ぐコースの2コースだけで、人も少ないのでした。いつも来ている老人が最初に泳いで、50mは歩いてアップしていた亭主は、その後についてゆっくりと泳ぐ。もう二人増えてストレスがかかる。

 プールの帰りには地階のスーパーで果物とラーメンの麺だけ買って、家に帰って昼食の支度を始めるのでした。スープは煮豚を作った汁を使い、チャーシューの代わりに煮豚を切って、モヤシやホウレン草、葱を入れ、女将が作っておいてくれたゆで卵を載せて出来上がり。フライパンで餃子を焼いて皿に盛り付けて出せば、野菜たっぷりのお昼ご飯になるのでした。朝はひと眠りをしたけれど、午後はまだ眠くならない。横になればすぐに眠れそうなのですが…。

 女将が買い物に出た午後は、やはり眠気が襲って亭主は奥の寝室でベッドに横になる。すぐに眠りに落ちて目覚めればもう4時前なのでした。女将も買い物から帰って厨房のテレビを点けて、夕飯の支度をしている。今日はジャガイモのグラタンと聞いていたから、亭主は小さな入れ物にしてもらって、ちくわにキュウリを夾んで、真蛸の刺身を酒の肴に用意してもらうのです。晩酌をしながら、大相撲の取り組みを見ていれば、千秋楽の今日は進行が早い。

 力士に取って見れば、今日が最後という気持ちなのでしょうが、これでやっと一休み出来ると思った力士はいなかったでしょうか。かなり過酷なスケジュールで年間の興業をこなすから、以前のようにゆっくりと時間を過ごすことが出来ないのではないかと、隠居の亭主などはつい考えてしまう。それが現実なのだと言われれば返す言葉もないけれど、世間はあまりにもせちがなくなっているような気がして、そこから抜け出した自分が嬉しいやら寂しいやらです。


1月26日 月曜日 晴れてはきたけれど空気が冷たい一日…

 午前4時、美術文庫のジオットの巻を読み終えて、五嶋みどりの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータと言う曲を聴いて感動したのです。点けたテレビで本人が語る映像と共に、休みなく続けて演奏する姿を初めて見るのでした。煙草も吸わずにコーヒーも飲まずに、じっと聴き入る自分が何か新しいものに目覚めたような気がして嬉しかった。心が落ち着いたらまた眠くなって、寒い寝室には行って暖かい布団にくるまって朝食の時間まで眠るのです。

 朝食は一つ残ったほっけを半分ずつにして、ベーコンエッグを作ってくれた。味噌汁の出汁は亭主が取った二番出汁を使っているので、とても美味しく頂けたのです。この時期の葱の甘さがひときわ目立っていた。「やっと陽射しが出て来たようね」と女将が言うので上着も着ずに外に出てみれば、遠く駅前のマンション群が青い空の下に立ち並んでいるのでした。今日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、洗面と着替えを済ませて車のエンジンをかけておく。

 農産物直売所には、朝から客がやって来ていて、地元の農家の苺を買って行く人がちらほらと見受けられた。亭主もホウレン草と小松菜の他に苺をもらっていく。隣町のスーパーに行く道も随分と空いていて、これはやはり寒さのせいだろうと思ったら、スーパーの駐車場もがら空きなのでした。女将の書いてくれたメモに従って、一つ一つ確認しながら品物を籠に入れる。明日の昼にでも使おうとヤングコーンと鶉の卵、マッシュルームを買って帰るのでした。

 昼食の支度にはまだ早かったけれど、家で焼くピザを買ってきたので、袋の裏の説明書きをよく読むのでした。いつも亭主が生地から作って、女将がオーブンで焼いてくれるのだけれど、今日のは焼くだけで好い簡単なものなのです。250℃の余熱で4分焼けば出来上がりというのは、自分で作るよりもずっと早い。ただ、野菜もなにも入っていないので、次回からはトマトやブロッコリーを入れた方が好いと女将にも言われた。味は好くかりっと仕上がった。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後は、しばらくギリシア悲劇を読んでいたけれど、『プロメテウス』が終わって『ペルサイ』に入ると、分量の多さに気おされてなかなか前に進まない。そろそろプールに出掛けようかと思うけれど、身体がだるく眠たくなったので、奥の寝室に入ってベッドに横になる。室温は12℃しかなかったけれど、布団を被っていれば何時の間にか眠くなったのでした。目覚めればもう2時を回っていたから、2時間近く眠ったのです。

 すぐには動けないので紅茶を淹れておやつを食べる。美術文庫の2巻目は『ボッティチェルリ』だったから、見覚えのある絵画が多かった。しばらく読み進んで飽きたところで、散歩に出ることにした。プールへ行くには時間が少し遅くなって、子ども達の水泳教室が始まってしまうのです。みずき通りを下って最初の角を曲がり、昼当たる坂道を登って帰って来る近道コースを選んだのです。小学生の高学年が帰る時間帯で、大勢の子ども達が歩いていました。

 晴れた青空は何時の間にかうっすらと雲がかかり、ぼうっと明るい午後なのでした。午前中の買い物と合わせて3000歩を何とか越えたから、今日はこれで好しとするしかない。女将もスポーツクラブから帰って来て、ヨーグルトを食べ終えたら柿を剥いてくれた。富有柿の冷蔵保存したものだから、不思議と種もなく甘いのでした。林檎一個と同じ値段だから林檎の方が得だと彼女は言うけれど、林檎は大きすぎて腹に溜まるから、あまり好きではないのが亭主。

 夕飯の支度が始まる前に、亭主は真蛸の刺身を切って晩酌の肴にしようと思ったら、女将が金平をチーンしてくれた。グラスに二杯ほど飲んだら、今日買ってきたばかりの鰯の白焼きが出て、ホウレン草のお浸しが出るのでした。お隣の奥さんが来て、「家の前にマットレスが置いてあるのだけれど」と困ったように言うものだから、隣近所に聞いて見て判らなければ警察に電話をしておいた方が好いと言っておいた。夕飯前のほんの少しの間に置かれたものらしい。


1月27日 火曜日 冷たい蕎麦が美味しく食べられるほど暖か…

 午前6時半のバス通りの空は、どんよりと曇っていました。予報では9時まではこの空が続くというのですが、とても青空になるようには思えなかったのです。新聞を取って家の中に戻れば、暖房を点けなくてもそんなに寒く感じないから、今朝は昨日に比べたらずっと暖かいのです。コーヒーを淹れて『ペルサイ』の続きを読み始めたら、女将が「お早うございます」と朝の白湯を飲みに来た。最近はすぐにテレビを点けるという習慣から抜け出したのです。

 新聞にひととおり目を通したら、女将が厨房に入って朝食の支度を始めた。小鉢と林檎を亭主がテーブルに運んでいるうちに、女将は鰯の蒲焼きを作り、豚汁に味噌を入れてくれた。今朝もとても美味しい食事なのでした。二人で茶碗や小鉢を片付けて、お茶をもらう。今日は8時半から開店する床屋に一番で行きたかったから、洗面も着替えも早いのでした。暮れに刈ったばかりの頭は、ひと月でもう白い髪が目立つほど伸びて来てしまっている。

 車に乗り込んで国道沿いの床屋に行けば、開店前だというのにもう車が駐車場に横付けされているではありませんか。仕方がないから、建物の裏の駐車場まで移動して空いているスペースに車を停める。線路際の空き地も床屋の親父様の土地なのでした。表の入り口に回れば、玄関から奥様が出て来て「今年も宜しくお願いします」と挨拶をされた。なんだ奥様がマスターを送ってきたのかと、店の中に入って今度はマスターと年始めの挨拶を交わすのでした。

 80歳を越えたから、もう車には乗らないのだそうな。国道沿いの自宅の階下は長男が経営する理髪店で、その長男はこちらの店の二階に住んでいるとか。今日は最近よく見る夢の話を聞いた。理容師として若い頃に乗っていた船で南米に行った頃の話は、聞いていてとても面白いのでした。1時間ほどで頭は刈り終わり、煙草を買って帰ろうといつものコンビニに寄れば、あいにく愛用の煙草は品切れだったので、中央通りの先のコンビニまで行って手に入れる。

 家に帰ってもまだ10時だったから、最近の乾燥で枯れそうな庭木に水を遣ってから、昼食の準備を始めるのでした。今日は暖かいから冷たい蕎麦が食べられると、亭主は喜んで天麩羅の具材を準備する。蕎麦汁は先日作ったばかりなので、天麩羅を揚げたら蕎麦を茹でて、美味しい昼飯を食べるのでした。散歩から帰った女将も、今日は暖かいと喜んで食べてくれたのです。自分で打った蕎麦でないのが心残りだけれど、小麦粉の多い蕎麦でも美味しいのです。

 食後に1時間ほど昼寝をして、午後の紅茶に牛乳を入れ、ミルクティーとチョコレートを食べる。テレビを点けずに『ボッティチェルリ』の美術文庫を一挙に読み終えたのでした。『パルサイ』はなかなか読み進めないけれど、絵の多い図版は知っているものだとすぐに見られるので、楽しみながらも知らなかった内容に驚きながら、解説を読んだのでした。ブログをここまで書き終えたら、陽もだいぶ傾いてきたけれど、少しだけ散歩に出ないといけない。

 西の小径の階段を降りて、昨日とは違った道で公園の前まで出たら、みずき通りに向かって曲がる。今日は少し時間が遅いのか、夕陽はだいぶ傾いているのでした。上着を着なくても暖かいからセーターのままで坂道を登る亭主。バス通りまで出たら後は左折して家まで僅か。2000歩足らずの散歩だけれど、動かないよりは好いだろうと思うのです。夕食までにはまだ時間があるので、美術文庫の第三巻『ラファエル』を本箱から取り出して読み始めるのでした。

 女将が厨房に入る前に、亭主がまな板と包丁を取り出して、煮豚を薄くスライスしておく。夕食はこれに味噌ダレをかけて食べようということになっているのです。晩酌の用意をして亭主は白菜のキムチを小鉢に盛って一杯飲み始める。テレビは点けずに『ラファエル』の図版を見ている亭主。そのうちに煮豚が出て、ブロッコリーが出て、女将がご飯をチーンしてテーブルにつくのでした。明日はいよいよプールが始まる日だから、朝から準備しなければ…。


1月28日 水曜日 昨日と比べてとても寒い朝でした…

 夕べは9時前に床に就いて、3時半に目が覚めたから、コーヒーを入れて一服したらまた床に入って朝まで眠る。7時の空はやっと朝日が昇ってきたところで、駐車場に停めた車のフロントガラスが凍っていた。朝食の支度をしていた女将が外を見て、「霜が真っ白に降りているわね」と言うのでした。今朝は-5℃まで気温が下がったらしい。朝の氷点下は2月の初めまで変わりそうにない。週間予報によれば、昼間の温度が10度以上になるようなのです。

 朝の食事をテーブルに運べば、地元の農家で作った大きなイチゴが目を惹いた。根元から真っ赤なのが完熟の印で、食べてもとても甘いのです。一粒80円ほどの値段だから、リンゴ一つを二人で食べるのと変わらないけれど、今が旬だと最近は苺を買っている。女将が冷蔵庫の中の古い食材から食べなくてはいけないと言うものだから、今日はベーコンの賞味期限が迫っているとかで、ベーコンエッグとホウレン草のバターソテーにブロッコリーが付いた。

 朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、プールへ行くまでの時間は1時間以上あるから、亭主はまた椅子に座って『ギリシア悲劇』のパルサイの続きを読むのです。サラミスの海戦でペルシア軍が、ギリシア軍に大敗した様子を、生き延びた使者が女王アトッサに伝える場面は圧巻で、その凄惨さを物語っているから凄い。世界史の知識だけでは到底理解できないから、捨てずに取っておいて好かったのです。9時半になったらそろそろプールに出掛けて行く亭主。 

 スポーツクラブの定休日明けで、寒いのにプールは随分混んでいました。ひとコースに5人入ると、皆さんスピードが違うからもう続けては泳げないという感じなのです。亭主も隣のコースに移って泳ぐけれど、前の人に追いついてしまうから平泳ぎで調節する。そんな光景があちこちで見られるので、今日は15分でプールを上がるのでした。家に帰って昼食の支度を始めるのでしたが、野菜が足りないので今日はキャベツを刻み、椎茸のチーズ焼きを添えた。

 散歩から帰ったはずの女将が寒いと言うから暖房を入れるのですが、泳いできた亭主は暑くて堪らないのです。居間の椅子に座ったまま『ギリシア悲劇』の続きを読み、眠くなったら奥の寝室に入って小一時間眠るのです。女将はその間にスポーツクラブに出掛けたのでした。1時過ぎに目覚めて、午後の紅茶とおやつを食べたら、今度は美術文庫の『ラファエロ』を見ながら解説を読む。静かな午後のひとときが気持ちよいのです。そろそろ散歩の時間だった。

 今日はバス通りを左手に折れて、お袋様の住むマンションの方角に坂を下った。集会所で体操が終わったらしく、お袋様の姿を捜せば、こちらに気が付いて手を振ってくれた。小学生の下校の時間らしく、大勢の子ども達が亭主の後から歩いて来るのでした。調整池のフェンスに沿って歩いて来る子ども達は、ゆっくりとしか歩けない亭主を追い越して、次の角を曲がっていく者もいれば、真っ直ぐ歩道を進んでいく者もいる。家に着いてスマホの数字は約4000歩。

 3時過ぎだったので、再び本を読み始める。女将が帰ってきて、ヨーグルトを食べ始める。今夜は鱈ちりらしいから、楽しみな夕べなのです。4時を過ぎた頃から、亭主も晩酌の支度を始めるのでした。製氷室の製氷機能が壊れているので、冷凍室から氷皿を取り出して製氷室に入れなければならないのが、少し面倒だけれども、毎日のようにこの作業を繰り返しているのです。ガスボンベを付けた小型コンロを用意して、女将が持ってくるのを待つのです。

 白菜のキムチを肴に一杯やっていれば、鍋が運ばれてくる。春菊を食べるのは何年ぶりかで、考えたら鱈ちりも去年は食べていないのです。旬の食べ物だからと、たまには変わったものをと今日のメニューになったようだけれど、身体が暖まって美味しいのでした。食事が終わってひと休みしたら、テレビを点けてニュースを見るのだけれど、他に面白い物はやっていない。また『ギリシア悲劇』のページをめくって、続きを読めばあと数ページで終わりそう。


1月29日 木曜日 寒いという朝だったけれど…

 朝の4時から暖房を入れておいたからか、書斎も現在23℃ある。食事の前にプラゴミを集積場まで運んできたけれど、薄いジャージを羽織ってそれほど寒さを感じなかったのです。寒さに慣れたからなのか、予報ほど寒くなかったのか。畑にも車にも霜は降りていなかったのです。朝食の用意ができたので、小鉢や皿をテーブルに運ぶ。今日は美味しそうな鮭が焼かれて出て来たので、ご飯が進んだのです。味噌汁の玉葱もとても甘いので美味しい。

 食事を終えたらお茶をもらって、『ラファエロ』の画集を見ていたのですが、解説を読んでいると37歳で亡くなるまでの間に、沢山の絵を描いたらしく、ダビンチやミケランジェロと並んでルネッサンスの最盛期を生きた画家だという。中学時代の美術の教科書などにも載っていたはずだから、当然、その何枚かは見知っていた。しかし、フレスコ画などは壁面に描く巨大な物だから、写真だけではその大きさが判らなかった。再び勉強させられた思いなのです。

 9時半に車に乗り込んでプールへ向かう。駐車場は今日も3階は満杯で4階まで昇らなければいけなかった。着替えてプールへの階段を降りれば、水中エアロか何かの年を取った女性達が沢山並んでいる。その人達は大体が水中ウォーキングでアップするので、泳ぐコースは空いているのでした。50mだけ歩いて、すぐに隣のコースでゆっくりと泳ぎ始める。年配なのにピッチの速い泳ぎの女性は、疲れないのだろうかと思う。人それぞれだから何とも言えない。

 家に帰ればもう昼の支度をしなければならない時間で、女将の部屋に行って「暖かい天麩羅うどんはいかがですか」と聞けば、「暖かいのが好いわ」と言うので、厨房に戻って鍋にお湯を沸かして、隣の火口で天麩羅を揚げる。亭主は冷たい蕎麦を食べたかったのに、面倒だから同じ天麩羅うどんにしたのです。一人前では足りそうになかったので、亭主の分には餅を入れたのです。正月に余り餅を食べなかったので、冷蔵庫にはまだ餅が残っているのでした。

 食べ終えて身体が暖まったところで、ちょうど眠くなるから奥の寝室に入って1時間ほど昼寝をするのでした。女将のスポーツクラブを予約する時間には目覚めて、無事に予約が取れたら、夕べ女将と話していたように二人で役所の出張所に出掛けて、住所変更の手続きをした。健康保険証もそこですぐに新しいものが手渡されるので便利でした。それから駅前の銀行まで行って最近振り込んだ通帳の記帳をする。亭主の通帳ではこの10年ほどで100万単位の支出。

 帰りは地階のスーパーで夕食のおかずを買って、散歩をしていないからと女将だけ歩いて帰るのでした。亭主は荷物をすべて持って一足先に家に着いたら、今日買ってきたあたらしい如雨露で庭の花や野菜に水を遣った。古い如雨露はぼろぼろに破れているし、ホースが届かないのでどうしても少し水が届かない場所があるのです。買って帰った苺を二人で食べて、女将はヨーグルトまで食べる。亭主は次に読む絵画文庫『ダビンチ』を書棚から取り出しておく。

 亭主は今日のプログを書くのに熱中し、女将は煮物や小鉢の用意をするので、今日の夕食は少し遅くなった。メインは刺身の盛り合わせだったけれど、これが出したばかりなのにあまり生きが好くなくて、美味しくなかったのです。女将は酢飯にして温かいご飯に刺身を載せて食べたけれど、亭主はそのまま食べて苦い顔。春菊の胡麻和えやレンコンのキンピラに救われたけれど、焼酎の蕎麦湯割りも今ひとつで、満足できないのでした。年を取るとこんなこともあるものなのです。冷たい酒を注いでレンチンの肴で飲み直す。


1月30日 金曜日 今朝は畑も真っ白で霰も降った様子で…

 夕べも9時前にもう居間の椅子の上で居眠りをしていた。奥の寝室に移って布団に入ったのは9時半だったか。やはり夜中に目を覚まして、居間の部屋まで行ってコーヒーを入れて飲む。3時過ぎになったらもう一度ベッドに横になってまた眠るのでした。6時半過ぎに再び目覚めて、窓に降ろしたブラインドを開ける。燃えるゴミの収集日だったから、ゴミ袋を抱えて集積場まで持って行く。陽はまだ昇らないけれど、雲一つなく今日は晴れると判るのでした。

 脂の乗った鯖をおかずに朝食を食べ終え、小鉢も豚汁も平らげ、今日も美味しい朝食をいただくのでした。前のサツマイモ農園で買った米が美味しいと女将も言っている。お茶をもらってひと休みしたら、また眠くなったのでベットに横になればすぐに眠りに入る。目が覚めたのはなんと10時過ぎで、女将はもう桟歩に出掛けていました。プールに行くにはちょっと時間が遅かったので、亭主は家の周りを歩いて、駅前のマンション群の写真を撮るのでした。

 風は強く冷たくて、これでは少し歩いたぐらいでは身体が暖まるはずもない。女将が寒い寒いと言って散歩から帰ってきた。朝食を食べてひと眠りしたと思ったら、もう昼食の支度をしなくてはならないのは、ちょっと寂しい。女将は午後からスポーツクラブに出掛けるから、亭主はそろそろ昼食の支度を始めるのでした。今日は五目あんかけの湯麺を作る予定だったから、調理台に材料の野菜や肉を並べて、白菜を切り肉を切って中華鍋で炒め始める。

 隣の火口では大鍋に湯を沸かして麺を茹で始める。中華鍋に肉と白菜とニンジンを入れて炒めたら、たっぷりの水を入れてキクラゲや海老やヤングコーン、鶉の卵、マッシュルームと最後に小松菜を入れて白菜が柔らかくなるまで煮る。水溶き片栗粉を入れるのはその後なのです。味つけは塩と砂糖と鶏ガラスープの素にコショウを入れて整える。傍らで女将が出来上がるのを待っているから、亭主も急いで麺を揚げて汁を入れるのでした。熱々のスープは抜群。

 12時を過ぎたら、寒い風の中を女将は歩いてスポーツクラブに出掛ける。亭主はプールの支度をし終えてラファエロの画集を見ながら、もう少し経たないと動き出せないと考えている。車に乗り込んでスポーツクラブに向かえば、立体駐車場は連絡通路のある3階が工事中とかで入れなかったので、今日も4階まで昇って空いているスペースに車を停めた。午後のプールはとても空いていた。一人で泳げたので、今日はゆっくりといつもより背泳を沢山泳いだ。

 家に帰れば、女将も亭主より30分ほど後から帰って来た。二人で苺を食べ、女将はヨーグルトまで食べたのです。静かな午後のひとときは、最近、亭主がテレビを点けずに本を読むからなのでした。寒い外から帰ってきたので、部屋の暖房で身体が暖まると眠気が急に襲ってくる。亭主は遅い午後の昼寝をする。4時半には目が覚めて、居間の部屋に行けば女将が夕食の支度を始めていた。今夜は焼売と野菜を蒸かして食べるのだとか。亭主は晩酌の用意をする。



1月31日 土曜日 自分は老眼なのだと気づいた日…

 寝起きのコーヒーを淹れるのは習慣になっている。最近はテレビを点けるのではなく、読みかけの『ギリシア悲劇』のページを開いて、一服しながら読み進める。昨日、女将が「○○さんにいただいたものよ」と持って来てくれたしおりを挟んであったページを開けば、延々と続くのではないかと思われる会話を読み始める。蕎麦屋をしていた10年以上の月日では、文字を読むということがあまりなかったから、右目で見える文字がぼやけているのに初めて気づく。

 これが『老眼』だと気づいたのは夕べのこと。左の目は0.7だけれど、1.2もあったはずの右目の視力が妙なことになっているのは、どういうことだろうと不思議に思っていたのです。Googleの音声入力で調べて見たら、これはどうも老眼の徴候らしいのです。いままで忘れていたというか、新聞を含めて文字を見ることがなかったから気にならなかったけれど、仕事を辞めてから新聞を読み、再び書物を読むようになって、初めてこの事態に気づいたのでした。

 いつもの時間に朝食の用意が始まり、亭主は女将の作った小鉢や皿をテーブルに運ぶのです。ご飯が盛り付けられて、味噌汁を出したら二人で揃って食べ始める。魚がないから、今日は買い出しに行かなければならないのです。食事が済んでお茶をもらったら、女将の朝ドラの時間には亭主は奥の寝室でひと眠りするのでした。暖房を入れてもなかなか居間の部屋も暖まらないから、まだ温もりのある布団の中にくるまっていた方が暖かいのです。

 ひと眠りから醒めると、女将が洗面を終わらせて「洗面所は寒いわぁ」と戻って来るのでした。次いで亭主も洗面と着替えを済ますのでしたが、起き出したばかりだからかあまり寒く感じない。女将が洗濯物を干し終えたら、二人で隣町のスーパーまで買い物に出掛けました。最近出来たばかりの特別養護老人ホームの脇を走って行けば、寒い風の強い日だからか、駐車場には車が少なく、レジも半分くらいしか人が入っていいなかったのです。

 レジに入る前にトンカツを買おうと待っていたけれど、「まだ15分くらいかかります」と係の男性が言うので、仕方がないので先に出て来たチキンカツを買って家に帰ったのです。昼食の準備を始める前に、時間があったので『ギリシア悲劇』を少し読んでおく。長いと思っていた今回の話も残り数ページになったのです。あと一息で完読というところで、厨房に入って湯を沸かし、キャベツを刻んでミニトマトを洗う。パスタを茹でている間にチキンカツを切る。

 食べてみれば、トンカツよりも量は多かったがあっさりとしていた。でも、パスタ100gはさすがに腹が一杯になる。食べられなくなったのです。このまま昼寝をしたかったけれど、せっかく午後が空いたのだからとプールへ出掛けることにして、ひと休みしたら車に乗り込んだのです。まだ2時前だったから、プールも4コース使えて、しかも空いているのでした。今日も背泳ぎ中心で泳いだのですが、これがストロークが力まずに出来て意外とスピードが出る。

 それが楽しくて今日も少し多めに泳いだのです。平泳ぎは以前と違って足の筋肉が硬くなっているのか、あまり進まないから不思議です。もう少しストレッチをきちんとしてから泳いだ方が好いかも知れない。もう一度4種目を綺麗に泳ぐ日が来るのだろうか。家に戻れば、女将がこれから美容院に行くと言って、寒いからとマフラーに厚手の帽子を被っていた。亭主はしばらく『ギリシア悲劇』の続きを読んで、身体が休まったらなくなった酒を買いに出掛ける。

 女将が帰ってきたのは4時半過ぎだったから、亭主はプールの帰りにコンビニで買った「こてっちゃん」をチーンして晩酌を始めるのでした。それから30分。女将も帰って用意してあった茶碗蒸しを蒸かして、今日、隣町のスーパーで買ってきた真鰯を白焼きにして夕食となるのでした。寒いときには茶碗蒸しが好いと二人の意見が一致して、美味しく夕食を食べるのでした。東の空には13日の月が昇って、明日は2月なのかと月の変わるのを早く感じるのです。

 

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2025年1月中旬



1月10日 土曜日 今朝はいつもよりも暖かかったけれど…

 今朝は明け方に暖房を入れて部屋の温度が15℃だったから、いつもよりは少し暖かく目覚めたのでした。タイマーでスイッチを入れることも出来るけれど、どうも設定が億劫でなかなかする気にならない。まだ暗い居間の部屋に行ってブラインドを上げる。少しずつ日の入りの時刻は遅くなっているけれど、日の出の時間はあまり変わりがない。ただ辺りが明るくなる時間は早くなっているような気がするのです。写真は6時20分の東の空です。

 7時前に女将が厨房に入って朝食の支度を始める。亭主はそれまでに新聞を取ってきてひと通り目を通すのです。箸や小鉢をテーブルまで運び、後は魚が煮えるのを待つだけ。煮えた魚と豚汁は女将がカウンターの上に置いてくれるから、テーブルまで運ぶのです。最後の黒豆ご飯もごま塩をかけて美味しく頂くのでした。銀ダラの煮付けと豚汁も亭主の好物だから、箸を休める暇もない。食べ終えたら食器を重ねて流しに運ぶのです。後はお茶をもらってお終い。

 食後に女将は洗濯物を干して、亭主は洗面と着替えを済ませて買い物に出掛ける準備をする。今朝も外は寒いから車のエンジンをかけて暖めておくのです。車外温度は4℃だから昨日までよりは暖かいけれど、風が強くなってきたので寒く感じるのでした。女将が支度をするのを待って隣町のスーパーに出掛ける。三連休の初日の割には駐車場も空いていた。いろいろと買い物をして車で道に出るときになって、「お米を買うのを忘れたわ」と女将が言うのでした。

 「月曜日にお袋様とまた買い物に来るから」と言えば、「それまでは持たないのよ」と言っているうちに家に着いてしまう。「向かいのサツマイモ農園でも米は売っていたよ」と言うことで、亭主が道を渡って買いに行く。5kgで4000円だったので、スーパーよりも少しは安いのでした。「重たいのを持ってこなくて済んだからいいわ」と女将も納得した様子。昼食は買ってきた白菜やヤングコーンを入れて五目のあんかけ焼きそばにしました。これは久し振りなのです。

 食後は奥の寝室に入ってひと眠りしようかと思ったけれど、今日はたいして動いていないので眠くならないのでした。テレビで映画の『アクアマン』を観てウトウトしていたら、女将が美容院に出掛けると玄関を出ていった。亭主もそろそろ散歩に出ないと、夜がまた眠れなくなるのではと考えたのです。買い物だけではまだ700歩しか歩いていない。防寒の支度をして、みずき通りの陽の当たる坂道を下っていきました。いつもよりもっと長く歩いて右折する。

 ちょうど公園の終わるところに出て、遙か向こうには我が家のある高台が見える。ここで曲がればすぐ家に着いてしまうからと、更に頑張って進めば、昔、夜の防犯パトロールで歩いた一角に出た。突き当たりを右に折れてまっすぐ行けば、調整池を周回するいつもの散歩コースに戻るのでした。だいぶ陽も傾いて南風が吹き抜ける場所だったから、少し寒かったけれど今更戻るわけにも行かない。お袋様の住むマンション群を抜けて家の前のバス通りまで歩いた。

 家まで帰れば万歩計は3800歩になっていた。いつもの調整池の周りを歩くよりはずっと多い。暖かい家に入ってすっかり寛ぐ亭主。女将が帰ってくる前にと、4時半を過ぎたら小鉢の用意をして、焼酎、炭酸、氷のしたのでした。小鉢を肴にして酒を飲み始めたら、女将が今日買った鰯の蒲焼きを作るというので、亭主の分は甘辛誰を付けずに焼いてもらった。これに醤油を垂らして食べたら、絶品の味わいなのでした。今日も無事に終わって好かった。



1月11日 日曜日 強い南風が吹いて妙に暖かい朝なのでした…

 夕べは夜中まで『キングコング』の映画を観てしまったので、興奮してなかなか寝付かれなかった。週末だからという安心感もあって、あまり気にならなかったけれど、さすがに一日の生活には影響を及ぼすのでした。6時半には目覚めて箸や小鉢をテーブルに運んだのです。今朝のおかずは煮魚と鰯の蒲焼きを女将と半分ずつ食べて、後は卵とホウレン草を食べるといったちょっと変則的な内容でした。残ったものを先に食べるという女将の方針だからなのです。

 最近は亭主も一日中女将と一緒に食事をするから、主婦の暮らし方を少しは理解して、つじつまを合わせるための変則的な食事の内容にもまったく違和感を覚えなくなりました。食事を終えてお茶をもらったら、早速、夕べの寝不足でベッドに横になりぐっすりと眠ってしまう。浅い眠りで沢山の夢を見て、目覚めればもう昼の支度をしなければならない時間なのでした。昼は亭主が用意するから、女将に習って冷凍室に残った餃子と焼売を調理してご飯を食べる。

 朝からやけに暖かいので、ちょうど切れた煙草を買いに玄関を出れば、向かいのサツマイモ農園のテントのカバーが、夕べの強風ですべてなくなっていたから驚きです。前の家は強風の時に送電線の音が激しくて嫌だったけれど、新しい家では周囲の畑の土埃が舞い上がって大変なのでした。昼の時点でまだ100歩ほどしか動いていないから、本当は歩いて出掛けても好かったのでしょうが、さすがにこの強風ではその気にならなかったのです。

 午後は空がみるみるとかき曇り、風向きが北に変わって一変寒くなりました。女将は夜が眠れないからと散歩に出たけれど、早々に帰ってきて寒い寒いと言っている。亭主は女将のスポーツクラブの予約を済ませて、テレビでも観ていたいところなのですが、60年も前の『サウンド・オブ・ミュージック』や夕べの夜に観た『キングコング』しかやっていないので少し観ただけでもう疲れてしまう。夜は残った野菜や肉を消化するためにちゃんこ鍋にすると言う。

 今日も一日中強い風と午後の寒さのために、煙草を買いに出掛けたほかは、どこにも出なかったのでした。明日はお袋様と買い物に出掛けた後に、家の売却の業者がやって来ると言う。夕飯までの時間はコンビニで買ってきた酒の肴を食べながら、一人で一杯飲み始めるのです。ちゃんこ鍋が出た頃には、食べる勢いが付いて写真を撮るのをすっかり忘れていた。今日から始まった大相撲も、最後の横綱戦になって眠ってしまい見逃してしまうのでした。


1月12日 月曜日 成人式の日は風も収まって青空が広がった…

 やっと睡眠時間が元に戻って、昨日は10時半に床に就いて今朝は6時過ぎに目が覚めました。風もおおかたは収まって、明るい青空が開けて東の森の向こうから陽が昇るのでした。気温は低くまた真冬に逆戻りで、湿度も低いから畑には霜も降りていない。女将が起き出して来て厨房に入ったら、もう朝食の支度をしてくれる。亭主はテレビも点けずにまだ煙草を吹かしているのです。今日の予定を考えると、お袋様と買い物に出掛け、業者の対応をすればいい。

 朝食は魚も肉もなくなったから、ホウレン草のバターソテーにベーコンエッグと豚汁。美味しく頂いて食事を終えるのでした。洗面と着替えを済ませ、少し早かったけれどお袋様に電話をして、マンションまで迎えに行くのでした。農産物直売所では顔見知りの農家のご主人が大根やホウレン草を運び込んでいました。どちらも頂いて、隣町のスーパーに出掛ければ、三連休の最終日だというのに今日も駐車場は随分と空いていました。やはり寒さで出足が遅いか。

 家に帰って10時半になれば、不動産部門の担当者がやって来て、土地取引の最終準備と必要な書類を確認していくのでした。やっと終わって足りない書類が判ったので、午後にはマイナンバーカードの番号のあるものを捜さなくてはならない。次に来たのは、団地の中の『暮らしの応援団』に女将が電話して、玄関の鍵の具合が悪い言ったら、見に来てくれた若い職員の方。同じ団地の会社なのだけれど、電気や建物の不具合などを直してくれる窓口なのです。

 結局、鍵がかからなくて困っていたのが、鍵穴潤滑油を注入したらすっかり元に戻ったのでした。これで今夜からも安心なのです。昼は女将が寒いというので、亭主が天麩羅を揚げて、うどんを温かい汁で食べるのでした。先日美味しかったちくわの天麩羅を揚げ、海老とイカの掻き揚げを作って、汁に入れて食べれば、揚げたての天麩羅がとても美味しく、身体も温まったのです。午後は昼寝もせずに書類捜しをして、やっと見つけて一段落なのでした。

 買い物に出掛けた女将が帰って、今度は亭主が午後の散歩に出掛ける。陽の当たる道を選んで坂を下って、みずき通りの陽当たりの好い側を昇って帰って来るだけなのでしたが、途中で、夜の防犯パトロールで一緒だった近所の老人に会って立ち話。今年90歳になると言う男性は、車の運転を止めようと思っているとかで、電動の三輪車を買って移動しようと考えているようなのでした。歩くのも覚束ないけれど、足を動かさないといけないと思っているらしい。

 家に戻って女将にその話をすれば、「お父さんは大丈夫なのかと思ってしまうわよ」と言う。あまり自信はないのだけれど、足の具合が悪いことが歩くことを敬遠する傾向は確かにあると言える。しかし、それで歩けなくなるとはまったく思っていないから、少しは散歩をしているのです。そもそも何処かへ行く必要がないから歩かないのであって、車で移動すれば済むことはそれで済ませたい。プールへも通っているし、歩かないから身体に悪いというのもどうか。

 夜は酒を飲みながら小鉢を幾つか食べ終わって鍋物が出て来た。最後に餅を入れて出汁の効いた汁を飲んだら、ちょうど大相撲も終わって椅子の上で少し眠ってしまったらしい。目覚めてこのブログの最後を書いている。明日は火曜日だからスポーツクラブはお休みで、また動かない一日が始まるのです。夕刻に周りの庭の花に水を遣ったけれど、明日は何をして暮らそうか。隠居の老人の暇な生活はまだ始まって半年だから、今年はいよいよ大変になる。


1月13日 火曜日 女将に「行ってきまーす」と言ったら…

 昼は暖かくなると言う予報でしたが、朝は真っ白に霜の降りる寒さなのです。昨夜と同じように床に就いたのに、夜中に目が覚めてまた明け方に寝るという睡眠パターンが戻ってしまうのでした。何がいけなかったのか、寒さが理由の一つではあると思う。6時半に再び目覚めて、新聞を取りに外に出たら、まだ朝日は昇っていなかったけれど、今日も快晴だとすぐに判るのでした。居間の部屋のブラインドを上げて、朝食の支度をする女将を手伝って皿を運ぶ。

 最後に味噌汁と温めたご飯をテーブルに運び、二人で朝食を食べる。久し振りに美味しい鰺の開きに当たって、二人とも喜んだのです。7時を過ぎているというのに、車の窓には霜が張り付いて、今朝の寒さを物語っている。朝食後のお茶をもらったら、亭主は奥の寝室に入ってひと眠りするのでした。1時間ほど眠ったら、何を勘違いしたのか、今日はプールに行かなければと、洗面と着替えを済ませて、女将に声をかけたのです。「どこへ行くの?散歩ですか?」

 考えたら今日はまだ火曜日で、スポーツクラブはお休みなのでした。出掛ける用意をしてしまったから、そのままコンビにまで車を走らせて煙草を買って来る。空は雲一つない青空で、昼になるにつれてまた南風が強まりそうなのでした。この風では陽射しがあっても桟歩に出掛ける人もいない。女将は郵便局に書を送るためのレターパックを買いに行くと言って出掛けたけれど、「陽射しがあっても風が強くて寒かった」と言って帰ってきたのです。

 昼はスパゲッティーを茹でてミートソースで食べた。コールスローのドレッシングが賞味期限切れだったから、たまにはキャベツの千切りをしようと久し振りに包丁で千切りにする。ブロッコリーを茹でて一緒に盛り付けたけれど、簡単な料理はやはり食べるのもあっけなく、あっという間に昼を食べ終えてしまうのでした。予想通りに昼からは風が強くなって、ゴーッゴーッと激しい風音を立てて吹いている。女将は厨房に入って煮物を作っているのです。

 向かいのサツマイモ農園では、やはりテントのビニールはすべてはぎ取られて、鉄のパイプの骨組みだけになっていた。中に入っていた物は、建物の中に運ばれたらしい。お蔭でその向こうにある景色が戻ったのです。この風ではとても散歩には出れないし、夕刻までの時間をどうやって過ごそうかと考えてしまう。女将が厨房を使い終わったら、返しを作っても好い。味醂やワインビネガーが残っているだろうか。買いに行かなくてはならないかも知れない。

 調べて見たらワインビネガーと醤油がないことが分かったので、隣町のスーパーまで買いに出掛けるのでした。女将に買い物に行くと言えば、「林檎がなくなった」と言うので、果物も買ってこようと家を出る。ところが、風の強いせいかスーパーは空いていて、安売りの品物が沢山出ていたから、ついいろいろと買ってしまう。肝心のワインビネガーや醤油の他に、苺や蜜柑と牡蛎フライや真蛸の刺身、冷凍うどんまで袋二つになるほどの量を買って帰る。

 4時過ぎからテーブルに箸をセットして、亭主はホルモン焼きやカキフライを並べて、焼酎を飲む準備を整える。女将は今夜は赤飯を炊くのだと言って、釜にご飯をセットしているのです。野菜の煮物も作ってあったから、4時半にはテーブルに運んでくれる。真蛸の刺身は女将の好物だったけれど、亭主にも少し分けてくれた。大相撲を観ながら、美味しい肴をつまみ、酒を飲むのは食欲が進む。とうとう亭主も炊きあがったばかりの赤飯を二杯も食べるのです。


1月14日 水曜日 普段の生活時間帯には戻ったけれど…

 夕べは11時過ぎに床に就いて、今朝は5時半過ぎに目覚めた。夕食に赤飯を二杯も食べたからか、夜は腹も減らずに寝酒に焼酎をグラス一杯飲んだきり、テレビの映画も切り上げて、室温15℃の寝室でベッドに横になったのです。スーッと眠りに入れたから、そのまま朝まで目が覚めなかった。ただ、寒い朝の居間でストーブに当たってコーヒーを飲んでいたら、やはりまだ眠り足りなくて少しウトウトしてしまったのです。朝食前にゴミ出しに玄関を出る。

 朝食のおかずはほっけと煮物だったから、赤飯を温めて美味しく頂くのでした。香りの好い苺がついて満足な朝ご飯なのです。女将の朝ドラの時間帯には亭主も椅子に座って静かにしている。その後は朝の写真をブログに載せて、正月に友人が贈ってくれた自撮りの写真をしみじみと眺め、やっと洗面と着替えを済ませるのでした。プールの支度をし終えたら、コーヒーカップに残った冷めた珈琲をすすりながら、今日の昼食には何を作ろうかと考えるのです。

 女将に声をかけて車に乗り込めば、時間が早いからガソリンスタンドに寄って、今年初めての燃料補給をするのでした。リッターあたり160円台になったから、満タンにしても7000円ほどで済んだけれど、月に一度とは言えガソリン代も馬鹿にならない。時間が少し早かったからか、駐車場もいつもより空いていた。4階のスボーツクラブの入り口を入れば、更衣室はジムを終えて風呂の開くのを待つ老人達で混んでいた。階段を降りてプールの扉の前で待つ。

 昨日が休みだからか、外が寒いからか、今日はプールの温度がいつもよりも冷たいのでした。スタッフに聞けば今日は29℃の水温だそうな。いつもは31℃はあるのにやはり冷たい。「冷たいわねぇ」と言いながらも老人達は元気に泳ぎ始める。休み明けとあってか、今日は随分と混んでいた。20分ほど泳いでプールを出れば、またもやロッカールームが混んでいる。着替えを済ませて家に帰ったら、もう11時近いのでした。早速、昼の準備を始める亭主なのでした。

 厨房に入ってまず大釜に水を汲んで火にかけ、野菜や海鮮ミックスやキクラゲ、シメジなどを準備して、中華鍋に油を引いて肉から炒めていく。すべての食材を炒め終わったら、水を入れてしばらく煮るのです。白菜が柔らかくなった頃に、鶏ガラスープの素と砂糖を入れ水溶き片栗粉を少しずつ流し込んであんかけを作る。中華鍋を後ろのコンロに移して、ガラスのふた付きのフライパンで餃子を焼いたら湯を入れて蒸す。麺が茹だったら完成なのです。

 昼食を終えてひと休みしたら、女将はスポーツクラブに出掛けていく。亭主は奥の寝室に入って昼寝を決め込むのです。1時間ほど眠ったら起き出して、居間の部屋でミルクティーを淹れて飲む。午後のおやつにはチョコレートとつまみ種。一服し終えたら亭主も桟歩に出掛けるのでした。今日はどこに行こうかと小竹の集落の中を歩いていたら、谷の方に下って見覚えのある田んぼに出る。廃墟になった農家の脇を通ってバス通りに戻る。これで3000歩でした。

 厨房に入っていた女将に今日の夕食は何かと聞けば、「グラタンが食べたいと言っていたじゃない」と言うので、久々にグラタンが食べられると喜んだ。4時をとうに過ぎていたから、箸と焼酎、炭酸を用意して、グラスに氷を入れて晩酌の準備をするのです。白菜のキムチを小鉢に盛り付け大相撲を観ていれば、女将が蛸の刺身を出してくれた。そして、いよいよグラタンが焼き上がり、美味しい夕食が始まるのでした。大相撲は大関が二人とも負けて横綱も負けたので、ちょっとがっかりした結末なのでした。


1月15日 木曜日 やはり朝は寒い一日なのでした…

 今朝も真っ白な霜が降りてとても寒い朝でした。夕べは早く床に就いたけれど、やはり4時間ほど眠ったら目が覚めてしまい、もうそれからは眠れなかった。朝食の支度も手伝いもしないで、ボーッとしていたのです。食事を終えたらプラゴミを捨てに西の小径の階段を降りて、集積場まで歩くのでした。東の森の向こうから朝日が見えて、曇りという予報だったけれど午前中一杯は晴れていた。今日は向こうの家の売買契約の日だったので、準備をして出掛ける。

 1時間ほどで終わったけれど、家に帰ればもういつもの昼食の時間なのでした。二人とも少しはきちんとした恰好で出掛けたので、普段着に着替えて亭主は厨房に入る。朝が忙しなかった女将は、カウンターの前で立ちながら新聞を読んでいた。昼はカレー炒飯にすることになっていたので、食材を揃えてテフロンのフライパンで具材を炒めて、チーンしたご飯を入れて最後に塩とカレーとを加えて出来上がり。ラーメンスープの素に肉や葱を入れてスープを作る。

 炒飯は久し振りだったので美味しかった。何でも続くと食べ飽きるものなのです。お茶をもらってひと休みしたら、女将は買い物に出掛ける。亭主は奥の寝室に入って、寝不足の分の昼寝をするのでした。女将が帰ってスポーツクラブの予約をしてくれと、亭主を起こしに来たので、ぼうっとしたままで居間の部屋に行く。林檎を剥いてくれたけれど、まだ身体が起きていないのです。無事に月末の予約が取れて、今月も彼女の予定表はすべて埋まるのでした。

 散歩に出るにはちょっと時間が足りない。今夜の酒と煙草がなくなったので、国道沿いの酒屋に行って買ってこようと家を出た。夕方になってまた陽が出て来たらしい。酒屋に着けばいつも買っている黒伊佐錦の箱がないではありませんか。そんなときは一升瓶で出ているときがあるので捜してみるのでした。果たして目的の酒の瓶があったのでもらって帰る。亭主だけではなく、決して安い焼酎ではないのに大勢のお客が買い求めるらしいのです。

 家に戻れば、女将は厨房で茶碗蒸しの下準備を始めている。亭主は、今夜は常夜鍋だというので、箸やコンロを準備してテーブルにセットしておきます。そして白菜のキムチとちくわにチーズを突っ込んで酒の肴にするのでした。大相撲を観ながらワイングラスに入れた焼酎と炭酸を飲みながら、茶碗蒸しの出来上がるのを待つのです。豚のバラ肉とホウレン草を切ったのが皿に盛られて運ばれ、生姜を入れた味付きの出汁が入った鍋がやって来ればいよいよ夕食。

 今日で向こうの家の鍵も業者に渡して、本当に引っ越しが完了した。銀行に振り込まれた金額は、スマホで確認するという時代だから便利なものなのです。50年近く済んだ古い家は、残した荷物などの片付けの代金も含めて、買った当時の値段の3分の1にもならなかったけれど、すべてお任せで司法書士の先生に手続きの代行もお願いするのでした。年金生活者の質素な生活は、これからも続けなくてはいけないけれど、身体が元気なのが一番と明日もプールで泳ぐつもりなのです。明日は暖かくなると言うけれど…。


1月16日 金曜日 妙に暖かな一日なのでした…

 夕べはテレビを見ながら10時前にもう居間の椅子で眠っていて、気が付いてこれではいけないと寝室のベッドに移ったのでした。それから3時間後にはもう目が覚めてしまい、居間に行ってコーヒーを淹れて飲むのでした。眠たければすぐにまた床に入るのですが、目がばっちりと覚めたものだから、明け方まで起きているしかないと諦めたのです。5時過ぎに再び寝室に入って眠りに落ちるのでしたが、次に目覚めたのは7時前なのです。また、やってまった…。

 朝食を終えて女将が朝ドラを観ている間に、亭主は眠り足りなかった分を取り戻そうと、また寝室に入ってベッドに横になる。すぐに眠りに落ちて目覚めたのは、もうプールに出掛ける時間をとっくに過ぎていたのです。やはりこれで一日の生活時間帯が狂ってしまうのでした。女将は散歩に出掛けていて、亭主は再びコーヒーを淹れて目を覚ます。昼の準備を始める時間になって、大釜に湯を沸かして、天麩羅を揚げる準備をする。昼は蕎麦にしようと決めた。

 「カボチャが残っているから使ってください」と女将に言われて、生椎茸と南瓜のほかに海老とイカを解凍してかき揚げを作った。蕎麦は二人分しかないので、少し足りないだろうと亭主はうどんも茹でて皿に盛り付けるのでした。昼食を美味しく食べ終えて、お茶をもらったら女将が厨房に入って食べた皿の洗い物を済ませる。彼女の生活時間帯は、午後のヨーガに間に合うようにときちんと守られているのです。亭主は書斎に入ってパソコンに向かう。

 女将がスポーツクラブに出掛けた後で、亭主も車でプールに行くのでした。金曜の午後のプールは初めてだから、どれだけコースが開いているのか判らなかったけれど、大人の教室が1コースだけあって、それ以外は自由に泳げたのです。各コース1人か二人で、誰もいない一番奥のコースでゆっくりと泳ぐことが出来ました。午前中の混んだ時間よりもずっと寛げるので好かった。思わず時間も忘れて沢山泳いでしまって、家に帰ってから疲れてまた眠くなる。

 プールの帰りにショッピングモールの魚屋に寄って、夜のご馳走にと寿司を買い、花屋でバラの花をひと束買って家に帰る。今日は女将の誕生日で、昼食後にパソコンのブログを開いて、日にちを記入して初めてそれを思い出した亭主なのでした。慌てて女将の部屋に行き、「お誕生日おめでとう」と言ったのです。夜は豪華な寿司を並べて、女将も準備がないので寛いで大相撲を観ながら二人で寿司を食べた。今日は暖かかったから身体もリラックスできたのです。



1月17日 土曜日 ゆっくりと眠れた夜が明ける前に…

 夕べは9時に床に就いた。夜中にまた目を覚ましてしまうかと思ったけれど、朝の4時過ぎまでぐっすりと眠ったのです。午後のプールが効いているのかも知れない。今までにない経験なのでした。目覚める前の浅い眠りの中で、いろいろな夢を見た。一番印象に残っているのは、つやつやと輝く美味しい蕎麦を食べたこと。蕎麦の打ち手の女性が、隣で解説をしてくれていた。自分が蕎麦屋だったことを言うこともなく、辺りを見回している自分なのでした。

 『ハリー・ポッター』の長い映画をテレビで付けたまま、新聞を取りに玄関を出れば、6時半でもまだ陽は昇っていなかった。今朝は風もなく、雲が少しあるけれど晴れるようなのです。朝ご飯の支度は女将がして、亭主はテーブルに皿を運ぶだけ。何度も観ているテレビの映画は、手が空いたときにまた観るといった具合です。「大根の味噌汁が甘いのは、大根が甘いからね」と言う女将は「前のお店で買った米もなかなか美味しい」と言っていた。

 美味しくご飯を頂いた亭主は、女将が隣町のスーパーに買い物に行くと言ったので、急いで洗面と着替えを済ませて、またテレビの映画の続きを観る。お茶を入れるお湯が沸くまでの間、廊下の細長い鏡を見ながら両手を頭の上に組んで伸びをしている女将に、何をしているのと聞けば、「スポーツクラブで他の人の伸びを見てると、きちんと伸びていないから、自分はどうなのかと思って」と言う。そう言えばヨーガをしている友人も背が縮んだと言っていたっけ。

 女将が洗い物を済ませ、洗濯物を干し終えたら、隣町のスーパーまで夫婦揃って買い物に出掛ける。月曜日にまたお袋様と買い物に来るのだけれど、週に一度ではやはり足りないのです。今日は朝刊の広告に安売りの案内が出ていたらしいので、女将はしっかりとメモに書き留めていました。二人で買い物をするとそれぞれが家に足りない物を持って籠に入れるから、とても時間が早いのです。魚は今日は鮭が1切れ100円でハラミの多いものを4枚買った。

 家に帰って食材を冷蔵庫に収納したら、まだ10時前なのでひと休みです。昨日は夜が寿司だったので野菜を取らなかったから、と女将に言われてコールスローのサラダを作ろうと、亭主はキャベツとニンジンを刻む。ブロッコリーを茹で女将には多めに盛り付ける。亭主は夕べも白菜のキムチを食べていたのです。スパゲッティーを茹でてカルボナーラのソースを温め、二人で一枚買ったトンカツを載せて、結構、ボリュームのある昼飯なのでした。

 食事の後はお茶をもらってひと休みです。女将は向かいのサツマイモ農園の店にサツマイモを買いに出掛ける。「この間いただいたお米が美味しかったので、また買いますと言ってきた」と言うのでした。今日も風もなく暖かいので、お客が入っているらしいのです。しばらく休んでから、珍しく二人で散歩に出ようと言うことになって、今日は亭主の見つけた散歩道を女将と歩くのでした。急な坂道を降りれば田んぼが広がり、「来たことがあるわ」と言う女将。

 田んぼの向こうには親たちが眠る霊園が広がる。墓参りの帰りに何度かこの道を通ったことがあるのです。一周3000歩の距離だけれど、気分転換にはちょうど好い。女将は一人では森や林が怖くて来られないと言うから、二人で来られて好かったのでした。家に帰って亭主は奥の寝室に入って午後の昼寝を決め込む。女将は林檎を剥いてくれて、そのまままた散歩に出掛けていくから凄いのです。今度は団地の中を歩いて暑い暑いと言って帰ってきたのです。

 大相撲の放映が始まって、中入り後の取り組みをテレビで観る亭主。今夜は鰯を買ってきたので女将が準備をする間に、亭主は白菜のキムチと昨日煮浸けた豚肉のスペアリブを肴にして、もう一杯やっているのです。ワイングラスの二杯目にやっと鰯の白焼きとホウレン草のお浸しが出て、取り組みは佳境に入るのでした。明日は日曜日だけれど、プールに行こうと思っている。月曜日はお袋様と買い物に行くし、火曜日はスポーツクラブがお休みなので、中二日が空いてしまうから泳いでおきたいのです。今夜はよく眠れるかな。


1月18日 月曜日 朝は氷点下で寒いけれど昼になってからは…

 6時半の東の空は朝日の昇る前の輝きなのでした。昨日の日中の暖かさとは裏腹に、とても寒い朝なのです。こうやっ冬は過ぎていくのだったか。夕べも9時には床に就いて、すぐに目が覚めてしまったけれど、また眠ったら5時前にはしっかりと目覚めたのです。寝室の温度は10℃でした。外は氷点下の朝らしい。身体の温もりがあるうちに、居間の部屋に行って暖房を入れる。熱いコーヒーを淹れて、新聞を取りに玄関を出る。真っ白に霜が降りていました。

 今朝は出汁焼き卵と鰯の蒲焼きの残りを食べてと言われていたので、女将の用意する皿と箸をテーブルまで運ぶ。ご飯は最後の赤飯なのでした。食後はお茶をもらって一服したら、髭を剃って着替えを済ませる。今日はプールに行く予定だから、無精髭はみっともないと思ったのです。女将の誕生日に送ったバラの花が、正月の花に替えてカウンターの上に飾られていました。真っ赤なバラの花よりも明るくて素敵だと女将が言ってくれたのが嬉しい。

 9時半になったので奥の部屋にいる女将に声をかけて車に乗り込む。車外温度は6℃と氷点下の朝よりも随分と気温は上がった。中央通りまで出てスポーツクラブに向かえば、空は青く雲一つないのでした。ロッカールームはいつもよりも空いていて、日曜日だからか人も少ないようなのです。プールサイドに出れば、子ども達の水泳教室が始まって、大人の泳げるコースは1コースだけ。でも、人がいないのでゆっくりとアップして泳ぎ始めるのでした。

 20分ほど泳いだところで飽きてしまったのでプールを上がる。明日はお袋様と買い物に出掛ける日だから、プールはお休みにすることにしているのです。家に戻ればちょうど11時前で、昼の支度をしなければならなかった。キャベツやニンジンを切って肉と炒め、茹でたうどんを入れて味つけをしたら更に炒める。焼きうどんも簡単なもので、すぐに出来上がった。居間の温度は16℃だったけれど、自分の身体が温まっているからか寒く感じないのでした。

 食事を終えても眠くならないので、今日は昼寝をしなくても済むと思うけれど、女将は午後から買い物に出掛けるというので、それからが問題なのです。取りあえずスポーツクラブの予約を取り終えてから、どうしようか考えることにしました。日曜日はテレビも面白いものがないので、大相撲中継が始まるまでは時間をつぶさなければいけない。3時過ぎになってやっと眠気が襲ってきて、奥の寝室に入ってベッドに横になれば、すぐに眠りに落ちるのでした。

 4時半前に目が覚めて居間の部屋に行けば、女将がもう大相撲を観ながら夕飯の支度をしている。今日は天覧試合とあって、観客が貴賓席に向かって立ち上がっていた。亭主は晩酌の用意をして、煮豚をスライスしてもらって辛子醤油で肴にしながら一杯やり始めるのでした。茶碗蒸しのために買った蒲鉾の残りが出て、大根と煮豚を醤油で煮込んだおかずが出る。さすがに肉肉で腹は膨れるのでした。最後にホウレン草を茹でて海苔をまぶして野菜も登場する。

 大相撲の終盤は、大関も横綱も全員負けるといった波乱が起き、若い力士達の健闘が窺えるのでした。女将の解説に寄れば、前の場所で肩を痛めた横綱は、このところ危なげな相撲を取っていたけれど、今日は若い力士の勢いに敵わなかったのだと言う。亭主は前の場所の取り組みなどとっくに忘れているから、記憶力の好い彼女の説明でやっと理解するのでした。日曜の夜も面白いテレビはないから、焼売でも作って家事に貢献しておくとしようかな。


1月19日 月曜日 このところ夜の9時には床に就いているが…

 

 昨夜は予定通りに夕食後に焼売を作って、バットに入れて急速冷凍室で凍らせた。今朝になって硬く凍った焼売を取り出して、ジブロックに分けて入れ、大きな冷凍室に入れる。生のママの肉を整形して、一度凍らせて美味しくするのだと言う。これで何回分かのおかずになるから、女将もかな重宝しているのです。亭主は餃子の方が好きだけれど、最近では焼売の方が早くなくなる。子どもの頃に亭主は餃子を好く食べ、女将は焼売を食べたのだと判っている。

 このところ夜の9時にはもう眠くなるから、床に就くのだけれど朝までぐっすりと眠れることもあれば、夜中に一度目を覚ますこともある。あまり気にせずに眠くなったら寝ることにして、夕べも二度に分けて睡眠を取った。朝になって目覚めるとやはり二回寝た方が頭がぼうっとしていて、今朝も女将に「お父さん、今日はゴミの日ですよ」と注意された。玄関口に用意されているのに、今日が何曜日なのかが判っていないのです。急いで西の道の階段を降りる。

 起きたばかりだからか動きも緩慢で、女将の用意する小鉢や茶碗をテーブルまで運んで、朝食が始まるのでした。洗面と着替えを済ませて、買い物メモとお金をもらう。ところがコーヒーでも飲んでひと休みしてからお袋様を迎えに行こうと厨房に行けば、「お父さん、もう出掛ける時間じゃないの?」とまた女将に言われた。時計を見れば9時2分前で、慌ててお袋様に電話をするのでした。プールに行く時間と間違えてまだ時間があると思っていたのでした。

 お袋様を乗せて農産物直売所に寄って、ネギやホウレン草、大根などを買い、隣町のスーパーに行けば、朝の寒さのせいか駐車場は随分と空いていたのです。女将の書いてくれたメモも、慌てて出て来たものだからすっかり忘れて、覚えていた物だけ買ったら家に帰る。案の定、豆腐を買うのを忘れて来た。昼はカレーにすると言うことだったので、トンカツだけは忘れなかったのです。温かいご飯にカレーをかけてトンカツ半分を載せて、美味しい昼飯なのです。

 カレーは温めるだけだったので時間が随分と早かった。ひと休みしたら、銀行に行って振り込みをしようと出掛けたのですが、銀行の駐車場から出る車を待って停まっていたら、警察の人に停められて「横断歩道で歩行者がいるのに停まらなかったでしょ」と言われた。いつもなら決してそんなことはないのに、やはり今日はどうかしている。おまけに銀行は昼休みで、閉まっているではありませんか。滅多に来ない銀行だから、新しいルールにも疎いのです。

 仕方がないから家に戻って女将に事の次第を話せば、「今日は朝からどうかしていますよ」とたしなめられた。女将がスポーツクラブに言った後で、もう一度出掛けて、コンビニのATMでお金を下ろし、まずは郵便局へ行って、先ほど切られた違反切符のお金を支払う。そしてコンビニに戻ってATMで振り込みをしたのだけれど、設定した限度額以上は振り込めないらしく、それが幾らに設定したのか覚えていないから困ったものです。明日また女将と出直そう。

 家に戻って散歩に出ようかとも思ったけれど、今日一日の出来事を振り返って、外には出ない方が好いという結論に達した。慣れた生活の中でなら、何も心配は要らないのです。4時半を過ぎて、大相撲の中継を観る時間になったら、亭主はコンビニで買ったホルモン焼きをレンジで温めて、焼酎の炭酸割りで吞み始める。贔屓の力士が勝てば手を叩いて喜ぶのでした。焼売の残った皮でチーズ揚げを作ってもらい、少しずつ今夜のおかずが並ぶのです。

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2026年1月上旬



1月1日 木曜日 2026年 明けましておめでとうございます

 夕べも7時間近く眠って、今朝は6時過ぎに目が覚めました。隠居の生活に慣れてきたのか、年末年始にこんなにゆったりと眠れたのも珍しい。残念ながら朝は雲がかかって日の出はすぐには見られませんでした。高校のクラス会のLINE仲間たちが、次々とご来光の写真を載せて新年の挨拶を交わすものだから、朝から電子音が鳴り響き続けるのです。時代は変わったのですね。新居での初めての正月は、女将と二人で質素なお節と雑煮を食べて迎えました。

 洗面と髭剃りを終えて着替えたところで、外が随分と明るくなって陽も差してきたのです。お隣の広い畑の向こうを、9時前だというのに郵便配達の赤いバイクが走っていたので、もう郵便が届いているのかと家のポストを見に出ました。新春の挨拶を贈ってくれたひと束の年賀状を持って居間の部屋に入る。古くからの友人達から「蕎麦屋の廃業、お疲れ様でした」と言う言葉と共に新年の挨拶。だいぶ昔の教え子達からもまだ頼りが届くのでした。

 9時半になったら女将が「初詣に行きましょうよ」と、近くの小竹神社に誘うから、亭主も歩けるかと心配しながら家を出る。曲がりくねった小竹の道は、昔ながらの広い屋敷が多く、柚子や柿の実が枝にぶら下がって冬の景色なのでした。途中で「おめでとうござます。今年も宜しくお願いします」と子連れの若い夫婦が挨拶するものだから、誰かと思えばすぐ隣のご主人と奥様。挨拶を返した後で、後ろから歩いて来た奥様を見て気付く年寄り夫婦なのでした。

 地域の古くからの神社は、結構、朝から人が訪れていて、神主さんがお祓いをしてくれ、脇のテントでは甘酒を振る舞ってくれた。帰りは亭主の散歩道を通ってバス通りに出て、そのまま自宅まで歩いて行く。行って帰って約3000歩だから、ちょうど好い食後の運動なのでした。風は冷たかったけれど陽射しが暖かいので助かりました。またコーヒーを淹れて飲みながら、テレビを点けて『孤独のグルメ』を見る。焼き肉や寿司を食べるのを見て食欲をそそられる。

 11時になったところで亭主が厨房に入って、作ってあった煮豚を温める。鱠と箸を出して女将が茹でたホウレン草とともにテーブルに運ぶのでした。餅が焼き上がり、乗りにくるんで例年通りの元日の昼食なのです。今年はお節と酒がない分、ヘルシーな正月なのでした。夕べ風呂を出て体重を量ったら、70kg台を維持しているから我ながら偉いと思うのです。年賀状を読んだ女将が、知っている友人達の近況に一人一人感想を言うから面白かった。

 物憂い午後はすることもなく、年賀状をもう一度見直して、卒業生達への返信をどうしようかと考えていたのです。結局、葉書も残っていたから、年賀葉書や写真だけ印刷したものに、宛名だけ書いて切手を貼ることにしました。女将の親戚には彼女に宛名を書いてもらったのです。今年のパソコンに入れた住所録には古いものは載せていないので、少しなら書いた方が早いから、悪筆だけれど我慢してもらおう。女将も宛名を書き終えて居間の部屋にやって来る。

 そして、二人でポストのある所まで歩いて出掛けたのでした。午前中にも歩いたから、亭主は少し足が疲れていたのだけれど、滅多に二人で歩かないから嬉しくて頑張るのでした。郵便局よりもいつも女将の行っている薬局のほうが近いと言うので、団地の中を抜けて中央通りまで出る。空は青く晴れ渡って午後の陽射しが暖かかったけれど、風が冷たくて手が寒くなるのでした。無事に葉書を投函し終えて、帰りはお袋様のマンション群の間を通って家まで帰る。

 午前午後の散歩を終えて、スマホの万歩計は6000歩を表示していたから、今日はかなり動いたのです。冷たい風の中を家に戻っても汗ばむくらいの暑さなのでした。4時になったら亭主は夕食のために、箸を用意したり、コンロや鉄鍋を用意したりと動き回っているのです。明日も買い物に出掛けずに、冷蔵庫に残っている物を食べようと女将と話していたので、黙々と材料と取り皿を用意する。幸い酒も明日までは持ちそうなので、二人で鍋をつつくのでした。


1月2日 金曜日 寒くなるという朝でしたが…

 夕べは9時半に床に就いて今朝は6時前に目が覚めました。日中の6000歩の散歩が効いたのか、まったく目覚めずに朝まで眠れたのです。目覚める前に何か一生懸命に食べようとする夢を見た。夜も何も食べずに酒を飲んで寝たせいか、空腹だったに違いない。今日からは寒くなると言う予報でしたが、靴下も履かずに居間の部屋に行って、ブラインドを上げると、昨日と同じ時間なのにまだ外は真っ暗なのでした。雲が出ているとやはり明るくなるのが遅い。

 7時近くになったので、亭主は厨房に入って小鉢の食材をレンジで温める。箸と共にテーブルに運べば、やっと女将が起き出して来て雑煮を作ってくれました。よく眠れたと言うけれど少し寝坊したらしい。簡素な朝食を終えたら、洗面と着替えを済ませ、今朝は新聞の来ない日だからか、何故かゆっくりと出来るのでした。何度も見ている『ロード・オブ・ザリング』の映画をテレビでまたやっていた。長すぎるけれど、作り方がとても興味深いのでした。

 9時半になったら少し陽も出て暖かくなったので、今日も頑張って散歩に出掛けようと家を出る亭主。夕べよく眠れたのがかなり効いているのです。いつもよく眠れないわけではないのだけれど、8時間近くまったく目が覚めずに眠れたのは、驚きだったからです。お袋様の住むマンション群の間を抜けて、陽当たりの好い中央通りのフェンス沿いに歩けば、風も穏やかで暖かい。調整池の周りを巡るように左に折れれば、なんと向こうから女将が歩いて来た。

 いつもの散歩コースなのだと言うから、一緒に歩いてみずき通りに出れば、彼女の歩く道も全部よく陽の当たる道なのでした。途中で一休みしたかった亭主は、彼女を先に行かせて自分は後から歩いて行く。家まではもうすぐそこなのです。万歩計を見れば3000歩。家に入れば暖房を消してあるのに、うっすらと汗ばんで上着もセーターも脱いだのです。「だから私は午前中に歩かないと身体が冷えて駄目なのよ」と、同じく薄着になった女将が言うのでした。

 昨日から今日の昼はピザにしてと女将は行っていたけれど、亭主がラーメン・餃子でも食べたいと言う。冷蔵庫に入っているベーコンの賞味期限が切れたのが、ピザにする理由だったから、一日違っても大差ないだろうと、餃子を焼いて女将はご飯をチーンして、亭主は麺を茹でて昼にすることにしました。テフロンのガラスのふた付きの鍋で餃子を焼いたら、旨く焼き上がって好評なのでした。亭主もあっさりとしたラーメンが食えて嬉しかったのです。

 午後になったら昼寝かとも思ったけれど眠くならない。女将は駅前の三越に行ってくると言って玄関を出た。亭主はしばらくテレビを見ていたけれど、やはり今夜の酒がなくなってはいけないと、車に乗ってショッピングモールへ出掛けるのでした。例によって地階の平面駐車場は満杯だったから、4階まで昇ったけれどここも満車で5階まで行ってやっと1台停められる場所があった。年末よりは少し空いているのかも知れない。無事に酒を買って家に帰る。

 家に戻ってもまだ3時半だったから、午後の散歩に出掛けなければいけないと思って家を出るけれど、散歩の回数が増えると行った所ばかりで行くところに迷ってしまうのです。バス通りの向かい側の小竹地区を、昨日とは反対回りに行けば景色も変わるだろうと考えて出掛けるのでした。森の外れの細道を歩けば、ちょうど夕陽が雲にかかって眩しい。我が家の前のサツマイモ農園のビニールハウスが異質だけれど、これも近所の景色として最近は諦めている。

 竹林を抜けて農家の家々を過ぎれば、またバス通りに面した畑に出る。半年前まで蕎麦屋だった平屋の我が家は、駐車場に白い車が止まっているからすぐに判る。遠く駅前の高層マンションガ建ち並び、往復4kmもあるあそこの端まで、三越に出掛けた女将が歩いたのかと思うと、元気なことは好いことなのかと少し疑問に思うのでした。家に戻ってスマホの万歩計を見れば、今日の亭主が歩いた歩数は合計5200歩なのでした。それでも少し汗ばんでいたから好し。

 古くからの友人からメールが届いたから、しみじみと読んで返信は明日にしようと、4時半になったので厨房に入る。夜はチーズ揚げと茶碗蒸しと言うことだったので、煮豚を切って辛子を付けて酒の用意をする亭主。食べて一人で一杯やっている間に女将が登場して、まずはチーズ揚げを作ってくれた。テレビでは、何度も見てい『ロード・オブ・ザリング』をやっていたけれど、長いから点けたままで夕食を食べ始める。明日の昼食は、三回目のピザ作りをする予定だったから、お袋様に電話をして食べに来ないかと誘う。


1月3日 土曜日 空は青く久々に雪を見た朝でした…

 夕べは9時半に床に就いたけれど、寒くて目が覚めて時計を見れば午前2時半なのでした。暖房入れてまた眠ろうとしましたが、やはり寝付けずにそのまま起き出してしまう。新聞を取りに表に出てみれば、外は真っ白な雪に覆われて、久し振りに雪の朝となったのです。暖かい部屋の中にいたからか、あまり寒さは感じなかったけれど、1年振りの雪景色に少し感動したのです。コーヒーを淹れて飲みながら、女将が起き出して来るのを待つのでした。

 正月三日目の朝食は、冷蔵庫に残った煮物と夕べの茶碗蒸しの残り。そして、銀ダラの煮付けなのでした。外に出てもう一度雪の景色を眺めれば、我が家の屋根にも車の窓にもまだ雪が残っている。冬場は太陽が南側の空を通るから、建物の影になって、車の屋根や窓に積もった雪は、午後まで溶けないのでした。女将は散歩に出掛けたけれど、亭主はクラムチャウダーを作るために厨房に入って、ニンジンやキャベツを刻んでジャガイモを入れて炒めるのです。

 水150cc、牛乳200ccを入れて煮込み、海老やイカやアサリを入れて、市販のルーを入れたら更に弱火で煮込むのです。市販のルーはいつも同じような味だから、ちょっと物足りないけれど、野菜が取れるので我慢する。お袋様の来る前にと、女将と二人でピザの生地を作り、亭主が捏ねて女将がオーブンで発酵させる。これが20分かかるから、その間に生地の上に載せるトマトやチーズを用意しておく。今日はピザ用のトマトソースを買ってきたので準備万端。

 発酵が済んだ生地を半分にして伸し棒でのばし、オーブンの鉄板二つに載せてトマトソースをかけて伸ばしたら、ベーコンとトマトを載せ、モッツァレアチーズをたっぷりと振りかける。これで20分焼けば出来上がりなのです。ちょうどお袋様が時間通りにバス通りを歩いて来るのが見えた。「あれ、箱根駅伝を見ていないの?」とお袋様が驚くように言うものだからテレビを点ける。世間では正月の楽しみなのだと女将がいうのでした。夫婦は普通ではないらしい。

 大きなピザを二枚焼いたら、亭主がクラムチャウダーを二杯も食べたので、腹が一杯になってピザを残してしまった。女将だけは随分と食べたらしい。お袋様もあまり食べずに話をしてから散歩に出掛けたのです。これは夜の酒のあてになるのでした。女将は夕刻から買い物に出掛けてまた歩く。亭主はソファーに寝そべってテレビを見ながらウトウトとする。昼寝こそしなかったけれど、夕べの睡眠の取り方が好くなかったのでしょう。明日はプールに行こう。


1月4日 日曜日 いつもよりも寒い朝なのでした…

 夕べは10時過ぎに床に就いて今朝は6時前に目覚める。夜中に寒さで2度ほど目が覚めたのですが、逆に寒くて布団から出られなかったのです。居間の部屋に行けば温度計は11℃を表示している。この冬一番の寒さに違いないと、なかなか室温が上がらないので、エアコン以外に石油ストーブを点けて暖を取るのでした。コンクリートの床からは冷気が伝わり、膝からしたは厚い靴下とレッグウォーマーを履いていても冷たいのです。西の空には丸い月が見える。

 正月用に用意した煮物や酢の物もいよいよ最後で、今朝のおかずは亭主が二回目に作った煮豚の残りが出て来た。十分な種類のおかずなので、納豆も出してくれたけれど食べられなかったのです。今日からスポーツクラブが始まるので、まずはプールが泳げるのかを確認しなければならない。始まっていたとしてもボイラーを点けるのは年が明けてからだから、十分に水が温まっていない可能性があるので、心して行かなければいけないと思っている。

 車外温度は11℃まで上がっていたけれど、風は刺すように冷たくて、プールには客も疎らなのでした。他の教室などがなくて、6コースすべてが一般に開放されていました。誰もいないプールサイドに一番乗りで入れば、ライフガードの女の子が愛想良く挨拶をしてくれた。50mを歩くコースで進み、次の50mは隣のコースに入って背泳ぎで25m、平泳ぎで25m、クロールで50mと、人がいないのでゆったりと泳ぐことが出来また。今日はいつもより長く泳いだ。

 帰りに地階のスーパーに寄って、肉や魚を6000円も買って帰る。明日はお袋様と買い物に行く日なのでしたが、一度には荷物が多すぎて持ってくるのが大変だから、品物を見て好いものは籠に入れるのでした。家に帰れば、昼は蕎麦なのでお湯を沸かしてとろろ芋の皮を剥いてすり下ろす。女将がサツマイモと糸昆布の煮付けを温めてくれて、女将の分は一人前、亭主の分は1.5人分の蕎麦を茹で、冷たい水で洗って皿に盛り、二人で美味しく昼を食べるのでした。

 12時前に昼食を終えて、亭主は奥の寝室に入ってひと眠り。室温13℃だったから暖房を入れて布団に潜るのでした。1時間ほど眠って暖房で暖まった居間の部屋に行けば、女将のスマホとスポーツクラブの予約ノートが置いてある。そうだ、二週間後の月曜日の予約は2時過ぎなのだと椅子に座って柿を剥いてもらう。富有柿の冷蔵保存というのを買ってきてみたのだけれど、これが種もなく甘く美味しい。無事に予約も済ませて、さて、午後の予定は?

 女将がショッピングモールまで行って本屋を見て来ると言うので一緒に家を出る。家から1.5kmはあるから、亭主にはちょっと難しい距離なのです。手前のコンビにまでは1.2kmだから、切れた煙草を買って帰って来ても好いと思ったのです。それでも歩いては初めての距離だから「『賢人と愚人の会』でまた歩くのでしょ」と、女将に励まされながら彼女に付いて行くのでした。途中で郵便局にも休憩用の椅子があったり、老人のための設備は公園にもあった。

 無事にコンビにまで歩いて女将と別れ、煙草を買って公園の椅子で休み、陽の当たる郵便局の椅子に座って休憩したけれど、女将の帰るまでは待てないから、一人で歩いて帰ることになるのでした。やっと見慣れた散歩道に戻って西の小径の階段を昇れば、家はもうすぐそこなのでした。スマホの万歩計は7000歩弱で、過去最高の歩数を示していました。週に一度でもこの距離を歩けば、リハビリも格段と進むのではないかと、年明けの新しい境地に嬉しくなった。

 4時半を過ぎたら亭主が動き出し、焼酎と炭酸に氷を入れたグラスを用意して、昨日買ってきたホルモン焼きのパックをテフロンのフライパンで焼き始める。網で焼くのは煙が出て、セキュリティーに引っかかったばかりだから、フライパンに蓋をして焼いたのだけれど、600円も出してほんの少しの量なのは、焼き肉店と同じなのです。でも、歯ごたえがあって美味しいので好しとする。女将は焼売の残りを野菜と共に蒸かして、夕食にするのでした。


1月5日 月曜日 日は出たけれど車外温度は2℃と寒い朝…

 真っ白な霜が降りて、今朝も寒い朝なのでした。昨日は昼間動きすぎたのか、夜の9時にはテレビを見ながらウトウトし始めて、布団に寝た方が好かろうと寝室で休んだのです。ところが、あまりにも早く寝始めたものだから、夜中の1時半には目が覚めてしまい、結局、朝方になってもう一度眠ることになる。次に目覚めたのは6時半過ぎで、女将が厨房に入って朝食の支度を始める頃なのです。亭主は小鉢をテーブルに運び、鰤の照り焼きが焼けるのを待つ。

 朝食を食べ終えて洗面と着替えを済ませたら、お袋様と買い物に出掛ける準備をして、テレビの前で一服するのでした。空は雲が出て来て陽射しも薄れ、農産物直売所に行けば、今日から開店と思っていたのが明日の6日からだと判って、隣町のスーパーまで車を走らせる。寒いからか駐車場もいつもより車が少なく、店員達がまだ野菜を出しているところなのでした。魚と肉は昨日買ってあるので女将のメモにあるものと肩ロースのかたまりと苺を買って帰る。

 家に帰れば女将が玄関まで荷物を取りに来てくれた。苺を買って来たよと言えば、「今日はイチゴの日なのよ」と嬉しそう。しばらく居間の椅子に座って休憩する。やはり昨日歩きすぎたからか、今日は足の調子が好くないのです。だるいというのかどうしても足を引きずるようにして歩いてしまう。少し休んだら元気を取り戻して、厨房に入って昼の支度を始める。昼は女将の好きなソース焼きそばを作る予定です。今日は大きなフライパンで野菜や肉を炒めた。

 亭主は先日残したクラムチャウダーを温めて食べる。どうもソース焼きそばはおやつのようで、食事とは思えないのです。それでも腹が一杯になってしまうから、虚しいというか満足できない。年賀状の配達があって、遅れて届いた中には一番年下の孫が書いたものが目に留まった。蕎麦屋の頃に来たのを思い出してか、また天麩羅が食べたいと書いてありました。4月からは中学生だというから、自分たちも随分と年を取ったような気がするのでした。

 遅い昼寝から目覚めて、隣の畑に出てみれば、4時を過ぎたというのにまだ夕陽が沈まずに残っていました。日が長くなったものです。下のお宅の奥様が犬の散歩で西の小径を歩いて来たから、「随分と日が長くなったのですね」と挨拶を交わすのです。向かいのサツマイモ農園も今日の営業を終わりにするらしい。スポーツクラブから帰って苺を出してくれた女将は、更にヨーグルトを食べている。今夜は常夜鍋にするのだとか。亭主は煮豚で一杯やろうか。

 4時半になったので亭主は焼酎と炭酸にグラスに氷を入れて、酒の肴を用意し始める。女将がチーズを餃子の皮の残ったのに包んで揚げてくれた。キムチとチーズ揚げでまずは一杯やっていたのですが、普通の炭酸しか売っていなかったから買って来たものの、やはり強炭酸でないと美味しくないのでした。煮豚が出て生椎茸のマヨネーズ焼きが出たけれどこれは頂けない。なんでもマヨネーズを付ければ好いと言うものではない。最近の簡単レシピは安易です。

 煮豚も小さな鍋で煮たものだから、芯まで火が通らなくて硬くなってしまった。これは失敗なのでした。女将が大きな鍋で煮直してくれたので、明日は美味しく食べられそう。食後の短い時間で女将が厨房で柚子のジャムを作っていた。これがなかなか美味しいのでパンを焼いて付けて食べている。亭主は正月に餅を余り食べなかったから、明朝は焼き餅をリクエストする。昼は亭主がカレーを作る予定なので、揚げたてのトンカツでも買いに出掛けようか。


1月6日 火曜日 やはり寒さは増しているのか…

 夕べは9時過ぎにはもう眠くなって床に就きました。今朝は6時前に目が覚めたから、8時間以上は眠っていたことになります。それというのも寒さが一段と厳しくなって、今朝も外は氷点下で布団の中の方が暖かいから。これではいけないと起き出して湯を沸かしコーヒーを淹れる。別にする事があるわけでもないけれど、7時前には女将が厨房に入るから、箸を並べたり小鉢を運んだりしなくてはならない。晴れの予報だったけれど朝は雲が多いのでした。

 朝食を終えて洗面と着替えを済ませたら、今日は珍しく亭主が厨房で食器洗いを始めるのでした。この後で昼のカレーを仕込まなければいけなかったから、女将に変わって亭主が皿を洗い、女将が拭いて戸棚に片付けるのです。二人でやると速い速い。早く片付けてまな板を出してカボチャやニンジン、玉葱などを切っていく。最後に肉を切って煮込んでいくのです。野菜が煮えたらルーを入れて、もう少し火を入れておく。9時過ぎには仕上がって買い物に行く。

 今日も風は冷たかった。9時半には隣町のスーパーに着いて、最初のお客が帰る人もいるので、入り口に近い駐車場が空いていた。目的はトンカツと牛乳、おでん種だけだからすぐにレジに並んで、10時には家に戻りました。女将が歩いて駅前まで買いに行けば1時間以上はかかるので、今日は女将にとっても、少しは楽なのです。亭主も仕事があったから午前中は充実した気分なのでした。昼はカツカレーが食べられるし、問題は午後の過ごし方なのです。

 今年初めてのカレーはやはり美味しい。トンカツを一枚のせて、ご飯も多めだったから食べ終えたら腹が一杯になった。満腹になるとやはり眠くなるのです。奥の寝室に入ってベッドの上に横になれば、程なく眠りに落ちるのでした。1時間あまり眠ったところで、妙な夢を見て目が覚めました。蕎麦屋を辞めたはずなのに、駐車場には車が一杯だった夢を見たのです。蕎麦屋の夢を見るのは初めてのことなのでした。女将は自室にこもって書道をしているらしい。

 休憩時間にスポーツクラブの予約を取ってやれば、柿を剥いてくれてコーヒーを沸かして飲む。午後は退屈だから早くから動いた方が好いと、亭主は防寒の支度をして散歩に出るのでした。陽射しはあるけれど風が冷たく、どこまで歩けるのか判らないから、手袋をして毛糸の帽子を被ってまずはお袋様のマンションの坂を下って中央通りに出るのです。さあて、そこから陽射しの当たる歩道を進めば寒さも気にならないだろうと、調整池に沿って進むのでした。

 足の具合は昨日よりも調子が好く、やはりあまり長いこと歩き続けると何処か無理が出て来るらしい。一日休んだから回復しているのでした。ぐるりと調整池を回るようにして、住宅の中の通りを歩き家の下の通りに出て西の小径の階段を昇れば、もう家はすぐそこなのでした。お習字を書き終えた女将が厨房で晩のおでんの支度をしている。亭主はまだ昼のカレーが腹の中に残っているようで、余り食欲が出ないのでした。どれだけ食べられるだろうか。

 酒の肴に女将の分も含めて真蛸を切って、焼酎と強炭酸を用意する。ちびりちびりと飲んでいれば、土鍋を持って女将がやって来たのです。思ったよりも分量が多く、買ってきたはんぺんや袋物は入らなかったらしい。ところが食べてみると久し振りだからか、これが美味しくて箸が止まらない。熱々のおでんに冷たい焼酎がまた合うのでした。女将もご飯をよそってきて食べ始めれば、なんと鍋の半分くらいは食べてしまったから驚きなのです。



1月7日 水曜日 暗く寒い朝です…

 夕べは寒くて2度も夜中に目が覚めたのです。あまりに寒いものだから、明かりを点けて枕元に置いてある温度計を見れば10℃なのでした。これでは冷蔵庫の中の温度と変わらないから寒いはずで、3時過ぎにエアコンの暖房を入れてもう一度眠ったのでした。6時過ぎにやっと目覚めて、居間のブラインドを上げれば、まだ外は真っ暗で夜が明ける気配もないのです。駐車場に停めてある車の窓を見れば、どうやら雨が降っているらしいのです。

 女将が厨房に入ったから、亭主は箸や取り皿を並べて、昨日のおでんの残りが温められるのを待つ。昨日は入りきらなかったはんぺんや袋物が入った土鍋を女将が運んできた。デザートの苺の色が鮮やかなのでした。足元が寒いからエアコンの暖房の他に石油ストーブも点けている。こちらは直接暖かい風が出て来るから暖かいのです。食事を終えて少しからだが暖まったので、二粒の薬を飲んで洗面所に向かい、歯磨きをして髭を剃る。そして着替えるのです。

 ひと休みしたら少し早いけれど、女将に声をかけて車に乗り込んだらプールに向かうのでした。最近は駐車場も9時半を過ぎるともう混んでしまうので、9時20分に着いて空いているスペースに車を停める。地階のスーパーは9時から営業しているので、五目そばの材料を見てこようと思っているのです。さがしても鶉の卵とヤングコーンは見当たらないので、係の女性に聞けば鶉の卵は普通の卵のコーナーにあるという。ヤングコーンはなくなったのだそうな。

 冷凍した大きな海老とイカを買って、四階のスポーツクラブに行けば、ちょうど10時15分前なのでした。着替えを済ませ、階段を下りてプールの扉の前で待てば、すぐに明かりが点いてドアが開けられた。並んでいた年配の女性達と争うようにシャワーを浴びて、歩くコースに入って50mのウォームアップ。隣のコースがもう3人も泳いでいたので、そのまた隣のゆっくり泳ぐコースに入って泳ぎ始める。今日も去年よりは沢山泳いで20分たったらプールを出る。

 家に帰って昼の支度をすれば、白菜の残りを使い切って欲しいと言うので、中華鍋に沢山の具材を入れてあんかけ湯麺の汁を作る。野菜たっぷりの昼食で女将も亭主も身体が温まるのでした。腹が一杯になったところで、ひと休みしたら女将はスポーツクラブへ出掛け、亭主は寝室に入って午後の昼寝です。1時間ほどして目が覚めれば、雨はすっかり上がって陽が差していたから、午後の散歩に出掛けるのでした。今日は昔の家まで出掛けてみたのです。

 懐かしい道に懐かしい家々が昔と変わらぬたたずまいで、静かな風景を見せてくれる。門を開けて陽当たりの好い庭に入れば、沢山の水仙が咲き始めていた。根元まで切り倒したはずのウチワサボテンは、また新しい芽が出ているではありませんか。昔の亭主の書斎は障子を開けたまま、冬の陽射しが部屋の奥まで差し込んでいる。来週には地元の不動産屋に鍵を渡す予定だから、もうこれが見納めと昔ペコと歩いた公園の方まで行ってバス通りに戻るのでした。

 スポーツクラブから女将が帰って、先に散歩から戻っていた亭主は、「寒くなかった?」と尋ねるのでしたが、2km近い道を歩いて来たばかりだから暑いらしい。林檎を剥いてくれたので食べながら、亭主は書斎に入って年賀状の返信の文案を考える。夕飯の支度を始める女将に、残り物を尋ねれば結構沢山あって、白菜のキムチと昨日のトンカツを温めてまずは一杯飲み始めるのでした。真蛸の刺身が出て、チーズ揚げと納豆揚げを食べたら、もうお腹は一杯。

 問題は明日のプールに行くかどうかで、続けてはいかない方が身体が休まるのですが、大した距離を泳ぐわけではないので、行った方が好いのかも知れない。金曜日もプールに行く予定だから、三日連続になってしまうのです。昼は寒い日だと言うから女将の手前、蕎麦を食べるというわけにもいかない。暖かい蕎麦にして天麩羅を載せてもいいのかも知れないが、蕎麦はやっぱり冷たい方が美味しいのです。明日の天候を見てから考えようと思う。


1月7日 木曜日 今朝は今季一番の寒さか…

 夕べは10時に床に就いたけれど、やはり寒さで夜中に2度ほど目を覚ましたのです。3時過ぎに部屋の暖房を入れてまた眠ったら、6時半までしっかりと眠る事が出来ました。新聞を取りに玄関を出れば、駐車場の車も周りの畑も真っ白な霜に覆われて、さすがに寒さはいつもと違うと感じるのでした。居間の暖房を点けてもなかなか暖まらないから、石油ストーブを点けて暖める。コーヒーを淹れて飲み終わる頃に女将が奥の座敷から現れて食事の支度を始める。

 今朝は黒豆ご飯におでんの残り。三日目なので味か沁みて美味しい。食事を終えたら、洗面と着替えを済ませて居間に戻れば、女将が「今日はプラゴミの日だから頼みましたよ」と玄関脇に置いた黄色の袋を指さす。女将が食器を洗っている間に、亭主は西の小径の階段を下りて、集積場までゴミを運ぶのです。隣の畑は朝日を浴びて、陽の当たるところだけが霜の溶けているのが判る。陽の力というものは素晴らしいのです。空が青く今日は好い天気になりそう。

 プールへ行く用意をしてまたコーヒーを淹れる。今日はどれだけ泳げるだろうかと思いながら、立体駐車場に車を停めてまだ開いていない店の前の通路を歩き、エスカレーターに乗って3階の通路を歩いたら、またエスカレーターに乗って4階まで上がる。プールは混んでいて30人ほどのご婦人達が歩くコースに入っていたのです。木曜日は水中エアロかなにかの教室があるので、それまでのウォーミングアップのようでした。亭主も20分たっぷりと泳いだのです。

 家に戻れば女将は午前中の散歩に出たようで、「寒いと思ってマフラーをして出たら、暑くなって汗をかいてしまったわ」と言って帰ってきた。「それじゃあ蕎麦でも好いの?」と、すかさず亭主が言えば大丈夫だと言うので、早速、天麩羅を揚げるのでした。インゲンとおでんで使わなかったちくわと海老を揚げて、沸かしておいた鍋で蕎麦を茹でる。ちくわの天麩羅が思ったよりもカラッと揚がったので、美味しい昼飯を食べられた。亭主は例によって1.5人前。

 食べ終えたらお茶をもらってすぐに寝室に入る。12℃しかなかったのでエアコンの暖房を入れて横になれば、すぐに眠くなるのでした。1時間以上眠ったところで女将が「お父さん、お願いします」と起こしに来た。スポーツクラブの予約をしなければいけなかったのでした。林檎を剥いてくれて無事に予約を取ったら、椅子に座ってテレビを見る。今日はクリント・イーストウッドの『ブロンコ・ビリー』という映画で、初めて始めから観たのです。

 3時半に映画は終わって、その間に女将は買い物に出掛けて、帰って来た頃にやっと映画が終わるのでした。今度は亭主が午後の散歩に出る番なのです。冷たい風が強くなってきたけれど、近場で好いからと小竹の集落の間を通って、自宅の前のバス通りの向こう側の広い畑と家々を、ぐるっと回る形で歩いて行くのでした。早咲きの菜の花がもう咲いていて、遠く駅前の高層マンションが見える。夕飯はジャガイモのグラタンだと女将が言っていたのを思い出す。

 家に戻ればもう女将が厨房に入って、ジャガイモのグラタンの用意をしていた。亭主は白菜のキムチと玉葱天を焼いてもらって、今宵の酒の支度をするのでした。ニュースを見ながらちびりちびりと酒をすすれば、次第に腹が減ってくる。ジャガイモのグラタンが出来た頃には、すっかり食べる支度が調っていて、久し振りのグラタンに舌鼓を打つのでした。煮豚を賽の目に切って載せたところが今日のヒットで、これがまたとても好い味なのでした。

 明日は金曜日だからまたプールへ出掛けようと思うけれど、土曜も泳げば連続四日になってしまう。月曜日はお袋様と買い物に行く日だから、プールには行けないので日曜日も泳ぐとすれば、五日連続のスケジュールになるのです。火曜日がスポーツクラブの定休日なので泳ぐことは出来ない。身体の疲れ具合を見て考えるほかにないだろうと思うのです。今日も3000歩以上歩いたから、まずまずの運動量なので、一晩眠って身体の調子を見なければ…。


1月9日 金曜日 羽毛布団を冬用に替えたらよく眠れて…

 女将が冬用の羽布団を出してくれたので、夕べは暖かくして眠れたのです。11時に床に就いて朝の6時過ぎまでぐっすりと眠れたので快適だった。エアコンの暖房を入れた居間の部屋に行けばとても寒く感じたから、温度計を見れば12℃とまだ寒い朝なのでした。湿度はLLと表示が出て低すぎて数字が出ない。隣の畑を見れば、いつもなら真っ白な霜が降りているのに、霜も見えないほど乾燥しているのです。熱いコーヒーを淹れて石油ストーブを点けました。

 間もなく女将が厨房に入って、「今朝は私がエアコンを入れたから、まだ暖まっていないでしょ」と言うのです。起きてすぐに白湯を飲むのが女将の日常だから、その時に暖房を入れたらしい。朝食が終わってお茶をもらったら、女将は自分の部屋に引っ込んで、亭主は洗面と着替えを済ませる。そして、寒い中を生ゴミの袋を持って西の小径の階段を降りるのです。我が家ではゴミ袋半分くらいしかないのに、ご近所は皆袋一杯のゴミがあるのでした。

 トイレに20分ほど籠もって排便したら、すっきりしてまたコーヒーが飲みたくなるのでした。少し早めに女将に声をかけて、車に乗り込めば車外温度は9時半だというのにマイナス2℃なのでした。空は晴れて陽射しがあるけれど、今日は相当に寒いのです。早めにスポーツクラブについてロッカールームに急げば、まだ10時までには10分ほどある。椅子に座りながらゆっくりと着替えて、準備運動をするのでした。階段を降りればもう小母さん達が並んでいる。

 楽しそうな会話と大きな笑い声が、プールの前の階段に響き渡るのです。4番手で入り口を入れば、プールサイドを走る女性達に圧倒されて、シャワーの順番が最後になってしまうのでした。皆さんやる気満々なのです。明日からの三連休のせいか、今日のプールは随分と混んでいた。帰って女将に話をすれば、連休中は主婦はなかなかプールになど行けないと言うのです。昼は先日作って冷凍したカレーを温めて、煮豚を切って上に載せたカレーライスです。

 美味しい昼食を腹一杯食べたら、すぐに眠くなるから嬉しいのです。陽の当たらない寝室は12℃の冷たさだから、エアコンの暖房を入れてベッドの上に横になる。それでもすっと寝入ったのはまだ12時前なのでした。1時間ほどで目が覚めれば、女将はスポーツクラブに出掛けて行ったらしい。昼に飲みかけのお茶を口に入れて、テレビを点けて映画を観る。ちょうどBSで古いジョン・ウェィンの映画をやっていたので、最後まで観ていたら女将が帰ってきた。

 3時過ぎだから散歩に出るには少し早すぎる。「お酒を買ってくるんじゃないの?」と女将に言われて、今夜の酒がないことを思い出したのです。車に乗って国道沿いの酒屋まで行っていつもの黒伊佐錦を買って帰る。居間のテーブルに酒を置いたら、そのまま散歩に出掛けるのでした。西の小径の階段を降りれば、ちょうど西日は正面から照りつけて暖かいのです。調整池の周りを回って帰って来れば、帰りも陽の当たる道を歩くことが出来ると、ゆっくりと歩く。

 家に着いて万歩計を見れば、それでも今日は5000歩に届かなかった。スポーツクラブの地階で強炭酸だけを買っただけで、いつもなら店内をうろうろと歩いて、他の買い物をするから目標の歩数に届くのです。強炭酸だけはここが安く、酒屋の半額で同じものが買える。家に戻れば4時半で、女将はまだ厨房に入っていなかった。今夜は常夜鍋にすると言っていたから、亭主は氷をワイングラスに入れて、白菜のキムチを肴にちびりちびりと酒を飲み始めるのです。

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2025年12月下旬



12月21日 日曜日 今朝は朝から霧が出て…

 霧の濃い朝でした。寒さもそれほどではなく、細かな雨が降っていました。7時前に女将が厨房に入って朝食の支度を始めたので、亭主は例によって小鉢や箸をテーブルに運ぶのです。今朝は久し振りに豚汁が出たので、冷蔵庫から七味を持って来た。新鮮な大根の葉はじゃこと和えても臭みもなく柔らかかった。今日はお昼に鰯の天麩羅をする予定だったから、朝はベーコンエッグで我慢するのでした。食事がマンネリ化しないように心がけているらしい。

 駐車場から見る隣の畑も霧がかかってぼうっとした景色。家の四方の狭い庭にもちょうど好いお湿りで、近ごろ元気のない野ボタンも、これで蘇るのでしょう。小さな蕾がまた増えている。西の小径に沿って植えたアリッサムやスノーランドも、寒さに強いと言うだけあって、元気に花を咲かせています。野菜類は気の長い話で、やはり冬場はそれほど伸びないのでしょう。ひととおり庭の植物を見回って、次の季節を待つのでした。暖かいけれど雨なのです。

 プールにも今日は出掛けずに、家でゴロゴロしていました。向かいのサツマイモ農園は、今日も営業していた。時間も長く開けているので、ぽつりぽつりとお客も来ていたようなのです。11時になったら天麩羅を揚げる用意をして、海老と葱の掻き揚げと蓮根の天麩羅と鰯の天麩羅を揚げる。プールの帰りに買って来るはずだった冷凍蕎麦が一人分しかなかったので、うどんを一つ茹でて今日はうどんと蕎麦を食べたのです。「蕎麦の方が汁が好く絡むわ」と女将。

 あさのひと眠りをしなかったので、昼は1時間ほど昼寝をしました。夕べは早くから床に入ったら、今朝が4時前に目が覚めてしまったので、ちょっと寝不足だったのかしら。雨が降っているので散歩にも行けず、午後の暇な時間は厨房に入ってシチューを作るのでした。厨房に置いてある背の高い椅子に座って、のんびりと人参やジャガイモの皮を剥き、玉葱を大きめに切って肉と一緒に鍋で煮込んでいく。あとはルーと牛乳を入れるだけだから簡単です。

 夕刻になってピザ作りの二回目。前回の反省を踏まえて、生地を作って発酵させたら、伸し棒が見つかったので綺麗に丸く仕上げ、トマトソースを塗って具材を載せていく。それから更に20分焼いたら綺麗なピザ・マルガリータが出来上がりました。昼に作ったシチューもあったので、亭主は一枚全部は食べきれなかった。女将はと言うと、カリカリと焼けたピザが美味しいと全部食べきったから凄いのです。夕食は酒も飲まずに時前の料理で腹が一杯になる。



12月22日 月曜日 暗い朝、不思議な天気…

 ついこの間までは、外が明るくなって目を覚ましたら、ちょうど好い時間だったのに、最近は目を覚ましてもまだ外は真っ暗なので何時だか判らない。今朝も部屋の電気を付けたら時計は6時前で、11時に眠ったから7時間の睡眠でとても健康的なのです。夕べは随分と暖かかったので、ある程度の室温があった方が睡眠にも適しているのかも知れない。朝飯前にゴミの袋をぶら下げて、西の小径の先の階段を下りて集積場まで行くのでした。空を見上げれば…。

 所々に青空が見えて、陽の光で雲が赤くなっている。予報では曇りとなっていたけれど、早朝の雨は上がったし、まんざら悪い天気でもなさそうなのでした。朝のご飯は昨日亭主が作ったシチューを温めて、亭主は残したピザをレンジでチーンして食べる。まるで洋画のワンシーンのような朝食だけれど、これが案外と美味しい。これだといつもより早く朝食にありつけるから、忙しい世代だとあり得るのだろうと思うのでした。滅多にない朝の風景なのでした。

 食事を終えた頃には少しだけ陽も差して、天気予報よりもずっと好い天気になるのでした。今日は、お袋様と買い物に出掛ける日だから、暖かいのに越したことはないのです。顔を洗って髭を剃り、着替えを済ませてブログの続きを書いておく。土曜日に女将と買い物に出掛けたばかりだから、今日はそれほど買うものはない。果物と肉とコーヒーを買えば十分なのです。昼前に市役所に電話をして辞めた蕎麦屋の償却資産の申告書をどう書けば好いのかを聞こう。

 空も晴れて来て青空が覗き、車外温度も11℃まで上がってきた。お袋様を乗せて買い物に出掛ければ、農産物直売所で知り合いの農家の親父様に会う。大根ばかり沢山出しているので、小松菜やホウレン草はないのかと聞けば、「なかなか大きくならないんだよ」と言う。柚子も出していたので、白菜と一緒に柚子ももらってくる。隣の町のスーパーでは、女将のメモにある食材の他に、昼の食材にとカルボナーラのソースを買って帰るのでした。

 トンカツも一緒に買って帰ったので、昼の支度は朝食で食べきれなかったシチューの残りと、スパゲッティーを茹でて一緒に温めたカルボナーラのソースをかけてトンカツを載せる。ちょっと多すぎたので、シチューは半分残して夜に回すのでした。腹一杯になった午後は奥の寝室でベッドで横になってひと眠り。隠居生活を始めてから、どうも午後の時間の使い方がルーズになっている。部屋に運んだ荷物の片付けを少しずつでもやれば好いのだけれど…。

 亭主が昼寝をしている間に、女将はいつものようにスポーツクラブに出掛けていったらしい。少しは身体を動かさないといけないと考えて、散歩に出る用意をしたら、今日は昨日歩いた森の道を反対側から回ることにした。空は晴れて寒い冬の陽射しが辺りの木々を照らしていました。誰に出会うこともなく、今朝までに降った雨でぬかるんだ細道を歩けば、いつもバス通りから眺めている景色を反対側から見ることになる。こんなにも風景が違うものなのだ。

 家に帰れば、もう女将が帰っていて、まだ4時過ぎだったので、郵便局に行って役所に電話をして聞いた償却資産の書類を出して、追加の年賀状を買おうと車に乗るのでした。ところが月曜日の午後だというのに、郵便局はお客で混んでいました。先に向かいのコンビニで切手を買って投函したら、インクジェットの葉書があるというので、もう一度郵便局に行かずに済んだのです。家に戻れば女将が夕食の支度をしてくれていた。今夜はカツ煮で一杯やることに。


12月23日 火曜日 今朝は久し振りに真っ白な霜が降りて…

 寒い朝でした。向かいの畑には真っ白に霜が降りて、空には雲一つなかった。夕べは9時半に床に就いたから、今朝は3時過ぎにはもう目が覚めてしまうのでした。コーヒーを淹れて飲みながら、今日の予定を考える。朝食を終えて床屋に行ったら、それから役所に出掛けて、印鑑証明書と住民票を取ってくる。家に帰ればちょうど昼食の支度をする時間だ。厨房に入った女将が朝飯の支度をしてくれている。塩鯖の焼いたものと小鉢を盛り付けてテーブルへ運ぶ。

 車外温度は3℃。外は昨日よりも4℃も気温が低いのでした。8時半に床屋に着けば、ちょうど出て来たマスターが車を誘導してくれた。「好い天気だけど寒いね」と言うから、「お替わりありませんか」と年を取って見える身体を気づかうのでした。「お名前はなんでしたっけ?」と確認されたので「顔は覚えているんでしょ?」と言えば「でも、最近名前が出なくなっちゃったのよ」と、客のカルテを捜している。「スポーツ刈りですよ」「脇はバリカン入れるのね」

 次のお客がやって来ても「ちょっと待っててね」と言って髭を剃る。三人目のお客はさすがに「午後から仕事だからまた日を改めてくるよ」と言って帰って行った。1時間あまりで終わったので、家に戻って役所に行くのを待っていた女将を乗せて、再び駅前まで出掛けて行く。出張所はいつになく混んでいたのです。住民票と二人分の印鑑証明書をもらって、駐車場まで帰れば、もう11時前なのでした。家に戻って昼のラーメン餃子を用意し始める。

 厨房に入って大鍋と小鍋に湯を沸かし、長ネギを一本刻んで小なべに入れる。薄切りのもも肉を二枚入れて、小さめのラーメンの丼に汁を入れたら麺を茹でるのです。空いた火口で餃子を焼いて、麺が茹で上がったら薄味のラーメンの出来上がり。餃子は少し焦げたくらいでちょうど好い。寒い日の昼食には身体が温まって好かったのです。食事が済んだら女将は洗い物を済ませて奥の座敷に入り、書道を始める。亭主は寝室に入って食後のひと眠りです。

 1時間ほどしたら「時間なんだけれど」と女将に起こされて、スポーツクラブの予約を済ませるのでした。午後の予定がなかった亭主は、しばらくはテレビを見ていたけれど、少しは身体を動かさないとと、いつもの時間に散歩に出るのです。下の家の奥さんが西の小径を通って二匹の犬の散歩に出た後を追うように、亭主もみずき通りまで出て坂道を下る。ちょうど夕陽が家々の影に沈む時刻で、早い日の暮れに驚くのでした。公園までは行かずに階段を登る。

 家に戻れば女将が厨房で夕食の支度を始めていた。今日は何にするのかと思っていたら、白菜も葱もしらたきもあったから鶏鍋にすると言うので、亭主はコンロをセットして、取り皿を用意するのです。久し振りのような気がして美味しく食べられた。最後にうどんを入れて汁と一緒に食べたのです。寒い日には温かい食べ物がちょうど好い。少しだけ残したから、残りは明日の朝に汁として食べれば好い。今日もこうして日は暮れた。明日はプールと医者に行く。


12月24日 水曜日 クリスマス・イブとは言うけれど…

 今朝は6時半になってもまだ外は真っ暗なのでした。夕べも9時半には床に就いて、3時過ぎには目を覚ましたから、このところの早寝早起きの習慣が定着してしまったようなのです。でもさすがに3時起きでは5時にはまた眠くなるから、また1時間ほど眠って目を覚ましたのです。7時前に女将が厨房に入ったので、箸や小鉢をテーブルに運んで魚が焼けたら二人で朝食を食べ始める。道路は乾いていたけれど、今にも降り出しそうな空模様なのでした。

 洗面と着替えを済ませてプールに出掛ける用意をして、少し早めに家を出れば、立体駐車場のいつも停めている階が満車だった。しかたがないから地階に降りて、エレベーターで3階の連絡通路まで行くのでした。スポーツクラブのロッカールームに着いたのは、いつもの時間だった。水着に着替えてプールへの階段を下りれば、常連の小母さん達が賑やかに笑っている。シャワーを浴びて50mだけ歩いたら、いつものコースでゆっくりと泳ぎ始めるのです。

 帰りは地階のスーパーに寄って、シマダヤの石臼引きの冷凍蕎麦を3袋も買い、伸ばし海老と乾燥木耳を買ってレジに並ぶ。外は雨が降りだしたようで、駐車場を出ていく車が列を作っていました。家に帰ればもう11時前だったから、厨房に入って昼の支度を始めるのです。女将がやって来て、白菜の葉をちぎってくれる。海老とイカを解凍して、キクラゲと一緒に戻したら、モモ肉を一枚ずつ広げて一緒に炒めて中華鍋に食材を入れあんかけ風に仕上げた。

 寒い昼だったからあんかけの湯麺は身体が温まる。猫舌の亭主は熱くてラーメンもなかなかすすれない。冷たいキムチを食べながらスープを飲んでやっとのことで食べ終わるのでした。雨はひとしきり強く降って、女将がスポーツクラブに出掛けるまでは、送って行こうかと言っていたので、結局、昼寝は出来なかった。午後は予約してある医者に行って薬をもらわなければならない。その合間に、このブログを書いている。今日の受付番号は9番なのでした。

 幸いにも雨は酷くならなかったので、女将は歩いて出掛けたし、亭主は紅茶を淹れてテレビを見る。3時前に家を出て内科に着けばまだ受付は始まっておらず、玄関は閉まっていました。しばらく車の中で待って受付を済ませれば、4番目に名前を呼ばれて顔見知りの看護師さんに血圧を測ってもらうのでした。150-90と少し高めだったけれど、寒いからに違いない。「お店を辞めたら暇でしょ」と言われて、「毎日プールへ通っていますよ」と応えるのでした。

 30分もかからずに医者と薬局が終わって家に帰れば、女将が厨房に入って夕食の支度をしていました。今夜は亭主が以前に作って冷凍してある焼売と野菜の蒸し物らしく、女将は焼売が好きなので好いのですが、亭主はそれほどご馳走とは思えない。冷凍の枝豆をチーンして、焼酎と強炭酸とを用意して飲み始めれば、いつもの蒸し野菜に今夜はサツマイモが加わったのです。ニンジンも蒸かせば甘く美味しいけれど、酒のつまみにはならないから残念なのです。


12月25日 木曜日 予報と違って朝から太陽が出たけれど…

 今朝も暗い朝でしたが、雲がかかっているのかと思ったら、どうやら霧が出ているのでした。夕べは11時まで起きていたので、今朝は6時前に目覚めた。7時間近い睡眠を取った計算になる。10時から11時の間に寝た方が、朝の目覚めも爽やかなので、この習慣を付けた方が好いと思ったのです。女将が厨房に現れる前に新聞を取りに玄関を出て、今日の広告と新聞の記事をざっと見ておきます。新聞を読む習慣がなかった亭主も、最近は少しは文化的になった。

 豚汁と鮭の塩焼きが出て、カボチャと大豆の煮物が小鉢で付いたから、ご飯を一膳食べるには十分なおかずなのでした。朝食を食べ終えて洗面と着替えを済ませたら、プラゴミや金物ゴミを出す日だったから、女将の用意してくれたゴミ袋を、下の通りの集積場まで運ぶのは亭主の仕事。東の空にはぼうっとした太陽が昇っていた。真上の空はたしかに晴れているのです。霧がかかっているようで、遠くの空は霞んで見える。送電線の鉄塔も上の方は霧の中。

 今日までに出せば元日に届くと言う年賀状を仕上げる作業に入って、一年に一度のことなのでプリンターを使うのに、何度も失敗をして葉書を駄目にしてしまうのです。郵便番号の位置がずれてしまったり、宛名の面に写真を印刷してしまったり、年を取ると手書きで書いた方が早いのではないかと思う。やっと30枚ほどの年賀状を完成させて、車でコンビニまで行って投函してくるのでした。年賀状も親戚と古くからの友人達だけにしたら随分と楽になった。

 今のソファーに座って一服したら、昼は蕎麦にする予定だったから、サツマイモとニンジンと海老を冷蔵庫から取り出して、大鍋に湯を沸かし、天麩羅鍋に油を入れて温める。女将が奥の部屋から出て来て、雑用をこなしてくれた。蕎麦はシマダヤの石臼引き。これが今のところ、一番美味しい冷凍蕎麦なのです。喉越しが良くて、粉っぽさがないので、スルスルスルッと食べられるから好い。海老の天麩羅には時間があったから華を付けてみました。

 午後は昼寝もせずに、女将のスポーツクラブの予約の時刻まではだいぶ時間があったので、二人で駅前のショッピングモールへ出掛けました。クリスマスの日とあって地階の駐車場は満杯で、仕方がないからタワーパーキングに昇るのでした。4階まで上って隅の空いた場所に車を停めたら、エスカレーターに乗って地階まで降りるのです。どこも人で一杯で、特に食料品売り場は客で溢れていました。まずは酒屋に寄って亭主の焼酎を買って、魚屋へ行くのです。

 クリスマスでも夫婦は肉よりも魚が好いと、旬の魚を使った寿司を買って、夜は茶碗蒸しにすると言うので、椎茸などを買って帰るのでした。家に帰ればスポーツクラブの予約の時間だから、亭主は時計を見ながら女将のスマホを手に持って無事に予約を済ませる。林檎を剥いて二人で食べたら、女将は更にヨーグルトを食べていた。牛乳や片栗粉を買うからと、再び女将は歩いて買い物に出る。今日はスポーツクラブを休む日だからと出掛けるのでした。

 夜の食事は買って帰った寿司と茶碗蒸し。亭主は4時から厨房に入り、茶碗蒸しに入れるギンナンの殻を、調理ばさみの根元で割って爪で殻を剥がしていく。小さな鍋に水を入れてコンロの火を点けて、お玉でゴロゴロと薄皮を剥がしていくのです。茶碗蒸しに入れる蒲鉾を少しもらって、ギンナンを細い海老串に刺して塩を振る。茶碗蒸しが出来るまでの酒の肴にするのでした。魚屋で買った寿司はとても美味しく、クリスマスには好いプレゼントなのでした。


12月26日 金曜日 今朝は陽射しがあったけれど北風が強い…

 今朝も6時前には目が覚めて、居間の部屋に行ってコーヒーを沸かす。今日は6時半には東の空が明るくなって、森の影が見えるのでした。雲は多かったけれど風があるので流れて行くのでしょう。夕べは珍しく遅くまでテレビを見てしまったから、少し寝不足なのですが、そんなことも言っていられない。朝食を終えたら洗面所に行って髭を剃り、寝室へ行って着替えるのでした。女将が朝ドラを見に来るまでは、ゴミ出しを終えてプールの支度を済ませる。

 居間の椅子に座ってテレビで映画を観ながら、ウトウトとしてしまうのです。9時半になったら車に乗ってスポーツクラブに向かうのです。思った通り強い北風で雲は流されて、青空が広がっていました。陽射しがあるので気温は下がらないが外は寒いのです。立体駐車場は二階も三階も朝早くから満車でした。仕方がないから地階の駐車場に車を止めて、エレベーターで3階まで上がり、まだ開店前のホームセンターの通路を通ってエスカレーターに乗る。

 更衣室で着替え終わったらもう10時になっていた。プールに降りればいつものメンバーがシャワーの前で列を作り、一人二人とプールに入っていく。腰の曲がったお爺さんもプールに入ると元気に泳ぎ出すから不思議です。ひとコースが5人になったところで、隣のコースに移ってまた泳ぎ始める。今日は20分以上水に入っていたから、少しは身体が動くようになったのかも知れない。帰りも1階まで降りて外の駐車場まで歩かなければならないのでした。

 家に戻って時計を見ればまだ11時前でしたが、今日はとろろ蕎麦にする予定だったので、まずは大鍋に水を入れて火にかけ、とろろ芋を切って洗って皮を剥いた。葱を刻んでいるうちに女将が奥から現れて、小鉢の用意をしてくれるのでした。とろろ芋をすり下ろして、沸いてきた湯に冷凍の蕎麦を2.5人分入れてほぐしたら、水で洗って皿に盛り付ける。女将が自分の分を取りに来て、二人で蕎麦を食べるのでした。やはりシマダヤの石臼引きの蕎麦は美味しい。

 朝のひと眠りをしなかったので、昼食を食べたら眠くなったけれど、女将がスポーツクラブに出掛けたら、隣町のスーパーに行って冷蔵庫に足りなくなった食材を買おうと出掛けていく。大根の漬け物を作ろうと思って大根を買い、たまには煮豚を作ろうとロースのかたまりを籠に入れる。明日の昼は焼きそばでもいいと思って焼きそばを買い、夜の酒の肴に真蛸の刺身を食べようと蛸を買う。四つ切りの食パンや冷凍の枝豆も買って、家に戻るのでした。

 女将の帰る前に家に戻って、大根を切って皮を剥き、なた漬けの下準備をしておきます。それからゆで豚を煮て、腹が減ったのでパンを焼いて、女将の作ってくれた柚子ジャムを付けて食べる。女将が帰って来る前に、奥の寝室に入ってやっとひと眠りをするのでした。1時間ほど眠ってすっきりとしたら、厨房に行って水を飲む。4時過ぎに夕食の支度が始まったので、大根の煮物をしている女将の脇で煮豚を切って冷蔵庫に保存したら、蛸を切ってテーブルに運ぶのです。夜は鰯の蒲焼きだから焼酎の準備をして待つのでした。


12月27日 土曜日 天気予報が今日も外れて陽は差さない…

 夕べは11時まで起きていたれど、今朝は5時前に目が覚めてしまいました。少し寝不足な筈なのにもう眠れない。朝の寒さもあるからと暖房を入れて布団に入ればまた眠ってしまうのでした。朝食の時間には再び目を覚まして、慌てて居間に行けば、女将がテーブルにもう皿を運んでいてくれた。珈琲も飲まずに食卓に着き、並んだ料理を食べ始めるのです。昨日亭主が作った煮豚が早速使われて、カボチャの煮物と同じ皿に載られているのでした。

 向かいのサツマイモ農園の朝市の日だったから、早い時間から若旦那が準備を始めていた。寒い朝だけれど風も収まって、熱い焼き芋は売れるのではないかと、女将と窓越しに眺めていれば、カレーを売るキッチンカーも到着して、いよいよ本格的に営業開始なのです。亭主がプールの支度を済ませて車に乗ろうとすれば、「お早うございます」と道の向こうから若旦那が挨拶をしてくれる。乗り込んだ車の車外温度は3℃と最近にしてはとても寒いのでした。

 佐倉地方の天気予報は晴れとなっていたけれど、空は雲に覆われて暗いのでした。スポーツクラブに続く立体駐車場は、今日もかなり混んでいて、やっと見つけた空きスペースに車を停めて、連絡通路を渡ってエスカレーターで3階まで上がり、そこから更に歩いてエレベーターに乗る。2階の大型店が10時からなので、エレベーターに続く通路をネットで塞いでいるから通れないのです。10時前にスポーツクラブに着いて、更衣室でゆっくりと着替えをする。

 まだ閉まっている扉の前で準備運動を済ませて、一番乗りでプールサイドに出たら、シャワーを浴びて歩くコースに入るのでした。土曜日は一般人が泳ぐコースは2コースしかなく、半分は子ども達の水泳教室なのです。それを知っているからか泳ぎに来る人も少なく、誰もいないコースで背泳ぎで泳ぎ始めるのでした。人が少ないせいか誰の邪魔にもならないので、自分のペースでいつもよりも沢山泳げた。10時半には更衣室に戻り、着替えて家に帰るのです。

 家に帰ってひと休みすれば、寒い外から暖かい家の中に入って眠くなるけれど、昼の支度をしなければいけない。今日のお昼は焼きそばの予定だったから、キャベツとニンジンを刻んで昨日作ったゆで豚を入れ、ソースや焼きそばを作るのでした。女将と二人で焼きそばを食べ終える頃には、通りの向こうの朝市には、年末だからか沢山のお客が来ていました。女将は「好かったわね」と応援していた。キッチンカーのカレーも随分と売れているようなのでした。

 昼食を終えてひと休みしたら、女将はニンジンと挽肉で煮物を作っていた。亭主も後ろのコンロで大根の下茹でを始める。昨日買ったヤリイカを捌いて輪切りにしたら、出汁醤油で煮付けるつもりなのでした。女将が煮物を終え手調理台の片付けを終えたら、今度は亭主が白菜の葉を剥がして、みじん切りにする。ボールに入れて挽肉を混ぜたら、酒と醤油と片栗粉を加えて餃子の種を作る。餃子の皮に包んで急速冷凍庫に入れれば午後の仕込みは終わりです。

 寒い夜だったから、夕食は作ったばかりのイカと大根の煮物と、常夜鍋にしました。大根もヤリイカも柔らかく煮えて、味も薄味でちょうど好いのでした。食事を終えて熱いお茶をもらったら、洗い物をしていた女将に「明日の朝は何にするの?」と亭主が尋ねる。「鮭を焼いて大根とイカの煮物と納豆にしようかと思うのよ」と言うのでした。お袋様の都合で明日は買い物に出掛けなければならないのです。女将も一緒に出掛けるから、朝が忙しいのです。


12月28日 日曜日 今季最低の気温の朝でした…

 とても寒い朝でした。5時前には目が覚めて、6時間あまりの睡眠時間で今日は始まったのです。今日は晴れると見えて6時の東の空はうっすらと明るくなっていました。寒かったけれど外に出て、東の空の写真を撮った。季節は違うけれど「山際少し明かりて…」とはこんな風景なのかも知れない。昨日女将が言っていたように、朝の食事は簡素なものなのでした。亭主が昨日煮込んだ料理がすべて出て来たので、納豆を入れてとても美味しく頂いたのです。

 お袋様のところには8時40分に着くようにして、隣町のスーパーの9時開店に間に合うようにと、女将とお袋様とで出掛けたのですが、10分前に着いたのにもう長蛇の列なのでした。さすがに亭主も今日はマスクをして、二人の買い物をサポート。混んでいるからカートを押しながらあちこち行くのは難しいのです。店内をよく知っている亭主が言われた食材を取りに行って、二人の籠に入れていくのでした。3人の共同作業でレジの混まないうちに店を出られた。

 お袋様を家まで送って、今日は荷物が重かったから、亭主が荷物を持って階段を昇ったのです。家に帰れば、向かいのサツマイモ農園の朝市は今日もやっていたので、結構、お客が入っているのでした。買った食材を冷蔵庫にしまったら、女将も大根や人参を買いに道路を渡るのでした。亭主は厨房に入って、コンソメスー部を作りブロッコリを茹で、沸かしておいた大鍋でスパゲッティーを茹でてミートソースを温める。たまには違って美味しい昼食なのでした。

 寒い昼だというのに向かいのサツマイモ農園の店は人が入っている。つきたての餅や米まで売っているようなのです。女将が買い物に出掛けると言うから、何を買って来るのかと思うのだけれど、彼女は少しでも歩いて身体を動かすことに意味を見いだしているらしい。亭主は昼寝から覚めてコーヒーを淹れて飲みながら、居間でテレビを見て過ごすのでした。テレビ会社も人気のある番組を長い時間続けてやるものだから、なかなか飽きないので不思議なのです。

 買い物から戻った女将が、夕刻になったら居間にやって来て、「夜は何を食べようか」と言うので、「大根のなた漬けは今日食べられるよ。銀ダラでも煮付ければ」と応える亭主。結局、なた漬けとニンジンと挽肉のそぼろ煮を亭主が小鉢に盛り付けて、女将は銀ダラを煮付け、あっさりとした夕食を食べるのでした。ニンジンが甘かったのが印象的でした。夜も亭主はテレビを見ながら、コマーシャルになったらパソコンに向かってこのブログを仕上げたのです。

 今夜も寒さは厳しく、明日も朝から曇りで寒いという予報です。今日は一日中居間のエアコンの暖房を点けたままでした。それでも21℃までしか温度が上がらないから、床の近くは冷えて仕方がないのです。明日はガソリンスタンドに行って、灯油を買ってこないと年末年始の寒さには耐えられないのではないかと思うのです。月曜日だけれど、お袋様が正月お花を活ける教室があるからと、今日のうちに買い物に行ったから、亭主はスポーツクラブに出掛けて泳げるのです。たぶん明日が最終日だと思うから行ってみよう。


12月29日 月曜日 今年最後のプールでの水泳の後は…

 今朝も真っ白な霜が降りていました。昨日よりは暖かかったけれど、やはり寒い朝なのです。今年は新しい家だから大掃除もなく、障子は張り替えたし、年末にすることはあまりない。女将もいつもの時間に厨房に入って、料理をカウンターに並べてくれるから、亭主がテーブルまで運ぶだけで、早い時間に朝食が食べられる。今日は今年最後のフールへ出掛ける予定だったから、亭主は髭を剃って着替えたら、もうプールの支度は終わっていたのです。

 年末は駐車場も混むので少し早めに家を出て、連絡通路に向かえば、青空が出て好い天気なのでした。今日が年内最後のプールの日だから、年末と言うこともあってプールは空いていました。人の入ってくる前にゆっくりとバックストロークでアップをして、人が来たら前の見えるクロールで泳ぐのです。15分ほどでプールを出て、地階のスーパーへ行って買い物です。年末までのお昼の材料と、大晦日の年越し蕎麦と海老を買って家に帰りました。

 昼は野菜をたっぷりと入れた湯麺を亭主が作り、女将と二人で食べるのでした。今日は片栗でとろみを付けた汁にして、額に汗をかきながら麺やスープをすすったのです。向かいのサツマイモ農園は今日も営業していました。店を開けていればお客は来るもので、焼き芋も相当に売れているようでした。昼食を終えてひと休みしたら女将は買い物に出掛け、亭主は寝室のベッドに横になって昼寝をするのです。1時間ほど眠ったら頭もすっきり、身体も休まった。

 午後は最初に灯油を買いにガソリンスタンドに出掛け、ポリ容器を一杯にして帰って来ました。空は雲一つなく、車外温度は15℃とかなり暖かくなっていたのです。みずき通りの坂を上ってバス通りに出れば、我が家はすぐそこ。買い物から帰った女将が林檎を剥いてくれました。向かいのサツマイモ農園そろそろ後片づけを始める時刻で、この三日間よく働いていたのです。蕎麦屋をしていた昔を思い出し、毎年、大晦日まで店を開けていたことを懐かしむ。

 4時半になったら女将も厨房に入って、夕食の支度を始めたから亭主も箸や小鉢の盛り付けをしてテーブルまで運ぶのでした。今日の夕食は昼に亭主が買ってきた鰤を照り焼きにしたのです。値段は普通の魚の倍はしたけれど、柔らかい白身でとても美味しいのでした。女将に鱠を作ってくれと言われていたのをすっかり忘れていたから、明日は大根と人参を刻んで少し多めに作っておこう。正月料理の口直しにはちょうど好いのです。

 女将が洗い物を終える頃に亭主も調理場に入って、明日の出汁取りの準備をしておく。ついでに女将の買ってきてくれた肩ロースの塊をゆで豚にする。昆布を入れて塩味を付け、ネットでくるんだ肉を茹でるだけなのですが、やはり肩ロースだと柔らかく美味しく仕上がるのでした。風呂に入る前になって、薄く切って容器に汁と一緒に入れたのですが、煮汁が余ったのでこれでラーメンを食べたら美味しいだろうと、残っていたラーメンを茹でて食べてしまう。



12月30日 火曜日 今朝も晴れて畑には一面に霜が降りて…

 夕べは7時間睡眠で、今朝は5時前に目が覚めました。まだ外は真っ暗なので、コーヒーを淹れて5時のニュースを見る。昨日は一日テレビの前にいたから、テレビも見飽きたから、今朝は朝飯前のひと仕事に出汁取りをするのでした。半年前までは毎日のように出汁を取っていたから、さすがに段取りは覚えている。一番出汁と二番出汁とを取って、量が少ないから30分ほどで取り終えたのです。女将の起きてくる前に、鍋やざるを洗って洗いかごに伏せておく。

 6時半前に新聞を取りに玄関を出れば、東の空が薄明るくなっているのでした。昨日よりも晴れた空になりそうな雰囲気なのです。陽が昇れば昨日のように暖かくなるのでしょうが、この時間には吐く息も白くなり、氷点下なのは明らかです。少し明るくなってから外に出て隣の畑を写真に撮ったら、それこそ真っ白に霜が降りていました。車の窓も屋根も白く凍って、暖かい家の中に逃げ込んでくるのです。16℃の居間が暖かく感じられるのでした。

 朝食は納豆と卵がメインで後は小鉢の煮物とホウレン草。サツマイモの煮物と切り昆布は昨日の夜女将が作っていたもの。これであっさりと食事を済ませれば、今日は何もないから亭主は10℃の寝室でエアコンを入れてベッドに横になるのでした。目覚めれば9時をだいぶ過ぎていて、洗面と着替えを済ませて、居間に戻る。油がないから買って来て欲しいと女将に言われていたので、隣町のスーパーに出掛けて行くのでした。30日も駐車場は混んでいた。

 入り口の近くに林檎が出ていたので二つだけ籠に入れて、ホウレン草と小松菜を買う。明日の天麩羅用に生椎茸を買って、頼まれた油を探しに行く。ある場所は知っていたからすぐに判ったけれど、他に何を買えば好かったのかと自問する。取りあえず家の冷蔵庫に肉がなくなってきたから、肉のコーナーに行って、やっぱり肩ロースを煮た方が使い勝手も好いと、少し小さめの肉の塊を買うのでした。思い出したのがあんかけや焼きそばに入れるヤングコーン。

 レジに並んでいつもの煙草も買えたから、買い物の目的は達成されました。家に帰ればもう10時半だったから、冷蔵庫の焼きそばや食材を出して調理台の上に並べる。水を切ったり戻したりしなければならないものは先に、まな板を出して切らなければならない白菜やホウレン草は後で、肉は一番最後に女将に冷蔵庫から出してもらう。今日は油で焼いた焼きそばの上に、中華鍋であんかけを作って五目焼きそばにする予定なのでしたが、塩を入れるのを忘れた。

 食べ始まって女将が「味がないわね」と言うので気が付いたのです。仕方がないから二人とも醤油を掛けて食べるのでした。食後は女将が自分の部屋に入って年末最後のお習字をする。亭主は例によって1時間ほど昼寝なのです。昼寝から覚めた亭主は、溜まっていた仕事を片付けるために、厨房に入ってまずは鱠を作ります。大根と人参の皮を剥いて、スライサーで切って酢と塩と砂糖で味付けをし、その間にゆで豚を作ったのでした。タッパに入れて冷蔵庫へ。

 これで亭主の明日の大晦日と元日の支度は終わり。今年は二人だけだから、正月の料理も造らずに過ごそうと決めているのです。冷蔵庫には、筑前煮やサツマイモなどの煮物類が沢山入っている。明日の朝は魚を焼いて煮物をおかずに朝食を食べ、昼はスパゲッティーにでもして、夜はお袋様を交えて天麩羅を揚げて蕎麦を食べる予定なのです。夕食にはゆで豚と酢蛸を切ってなた漬けを小鉢に盛り付ければ、女将がホウレン草を茹でてくれた。



12月31日 水曜日 いよいよ大晦日だけれど…

 夜中に一度目を覚まして一服したけれど、朝の6時過ぎまで十分7時間は眠りました。途中で寝室のエアコンを入れたので、ぐっすりと眠れたのかも知れない。それでも朝は例によって氷点下で、日の出前の畑には真っ白に霜が降りていました。朝食は豚汁と鯖の味醂干しに小鉢三つで、亭主は小鉢をチーンしたらテーブルに運び、せっせと女将を手伝うのでした。魚もちょっと変わったものをと思って味醂干しを買ったけれど、これは案外難しいのでした。

 女将の朝ドラも年末だから総集編とかで面白くないと言って、新聞を持って奥の座敷に引っ込んでしまった。残された亭主は手持ちぶさたで、十分に眠ったからひと眠りも出来ないので、靴を履いて散歩に出ることにしました。霜はやっと溶けてきたけれどまだ寒い外気に首をすくめて、お隣の畑を巡る近道を歩いて調整池まで降りたのです。途中、階段を下りる手前で、森の影からお袋様のマンションが見えて、朝から沢山洗濯物を干しているのが彼女の家です。

 調整池の見える道路に降りる階段は、かなり古びていて上から見ると落ちてしまいそうなので怖かった。後で女将に言ったら、彼女は怖いからこの階段を昇る方向でしか歩かないのだという。調整池を眺めて左手には西の小径の階段が見えていたから、そのまま家に戻ったのですが、これだけではまだ1000歩にしかならないのです。それでも気分良く歩けたので好しとすることにして、家の中に入れば暖房が入っていたから随分と暖かいのでした。

 女将は亭主が帰ったので今度は自分がとばかり散歩に出る。一緒に行けばいいのにと思うけれど、女将の歩く速さに足の具合の悪い亭主は付いていけないのです。11時前には厨房に入って、昼の支度を始めれば、わずか15分ほどでスパゲッティーもブロッコリーも茹で上がってしまう。ちょうど女将が帰ったので、一緒に昼を食べるのでした。夕方にはお袋様が来て年越し蕎麦をみんなで食べる予定だから、少し早めでも好いのでした。

 昼食を食べ終えてお茶をもらったら、テレビを点けて珍しく女将も一緒に見ていたけれど、すぐに飽きてしまうから、亭主も寝室のベッドで横になる。陽の当たらない亭主の寝室は15℃しかなかったけれど、30分ほど眠ったのだろうか起き出してコーヒーを淹れた。午後はまず正月の酒を買ってこなくてはと、ショッピングモールまで車で行ったけれど、立体駐車場も屋上まで満杯で買い物の出来る状態ではないと、コンビニで煙草を買って家に戻るのでした。

 3時になるまでテレビを見て、それから厨房に入って夕食の仕込みを始めました。天麩羅は有頭海老を買ってあったから、皮を剥いて包丁を入れて身を伸ばす。後は生椎茸とサツマイモを切って用意しました。女将も厨房にやって来て、茶碗蒸しの準備を始めるのです。ガスレンジが2台入っているから、こんな時は便利で、お袋様が到着したら、亭主は奥のレンジで天麩羅を揚げ、蕎麦を茹でるのでした。揚げたての天麩羅は美味しいとお袋様が言う。

 「最初に見た時よりは広く感じるね」と言って、奥の座敷や風呂場を見て歩いたお袋様も、シマダヤの石臼引きの冷凍蕎麦を美味しい蕎麦だと喜んでくれたのでよかった。サツマイモの天麩羅が美味しいというので、廊下に袋に入れてあった残りのサツマイモを帰りに持たせたのです。女将も話し相手がいるから好く喋り、やはり亭主だけでは話し相手にはならないようなのでした。日が長くなったので5時半になってもまだ明るかったので、お袋様は一人で帰った。